エナドリとゲーム、禁忌の組み合わせ
深夜だというのに隣の部屋からは大音量のスマホゲーの音が聞こえてくる。まだ九時だが勉強をしているならまだしもソシャゲの大音量を流されたのではたまらない。
いろいろ考えた末、隣の睡の部屋に向かうことにした。せめて音量を下げて欲しかった。交渉の余地くらいあるだろうと思いドアをノックする。
「睡? 今ちょっといいか?」
「はーい! 構いませんよー」
ドアを開けるとそこには十本を超えるであろう五百ミリリットルのエナドリ缶が散乱していた。
人間のカフェイン耐性がいくら強いとはいってもこの量は度を超えている。越えちゃいけないライン考えろよ……
「睡……大丈夫か?」
「あ! お兄ちゃんじゃないですかあ……なんだか今日のお兄ちゃんは二人にも三人にも見えてきますね……夢でしょうか?」
それはきっと悪夢だろう。明らかにエナドリの飲み過ぎだった。
「睡、エナドリは程々にしろって言わなかったかな?」
「ふっ……私は過去にこだわらない主義なんですよ!」
かっこいいようなことを言っているが部屋に転がっているのは格安エナドリの缶だ。この空き缶の山ではどんなことを言っても格好が付きそうにはない。
「それよりお兄ちゃん! 一位取ったんですよ! 褒めてくださいあがめ奉ってください!」
「エナドリは心身を燃やして熱量に変換するものだから使いすぎはやめろってあれほど言っただろうが!」
睡はポワンとした目をしながら言う。
「何を言ってるんれすか? 私がエナドリごろきでダウンすりゅわけないでしょうが!」
「ああもう! お前はいいからとにかく寝ろ!」
俺は睡をベッドに押し倒してキッチンに向かいスポドリを取ってくる。
それをベッドに倒れたままの妹の口にスポドリを突っ込む。とりあえずカフェインを薄めて失われた水分の補給だ。
「とりあえずコレ飲んで寝てろ! お前は自分の体を生贄に捧げる気か!?」
睡はその一言も大したことではないように言う。
「エナドリで作業が捗り、その後お兄ちゃんに看病してもらえるなんて数え役満じゃないですか!」
お前なあ……俺がいないと破滅まっしぐらじゃないか……
「睡、もうちょっと自分の体を大事にした方がいいと思うぞ?」
「私とお兄ちゃんは一心同体! 私はお兄ちゃんが死ぬまで死にませんよ?」
重い、ヘビー、まるで白色矮星のごとく脅威の重さをしていた。
そんなブラックホールほどの吸引力を誇る睡を前にして俺は気丈に言った。
「お前な……俺より長生きする気なのかもしれないがどう考えてもこんな生活してたら俺はお前の葬式に出ることになると思うぞ?」
睡は胸を張って言う。
「カフェインごときで早死にするのは初戦耐性が足りないんですよ! 私ほどの上級者になれば一日に十本だっていけますよ!」
そんなことを机に座ってスマホを操作している睡と不毛な議論をしていたら……睡が倒れた。
俺は落ち着いて脈を確かめる。以上はなさそうだ。胸が膨らんでいるかを確認するときちんと拡張と収縮を繰り返しているようなのでコレが身体的なトラブルではないことを理解した。
俺は布団に睡を運んで掛け布団を掛けて部屋を後にした。その後ついでに気休め程度のアイスノンをタオルにくるんで頭の首の付け根に当てておいた。
俺が少し経過を観察してから、呼吸も心拍も問題無く正常に働いていることを確認して部屋を後にした。
その日の深夜……
コンコン
俺の部屋のドアがノックされた。
「お兄ちゃん、ちょっとお話いいですか?」
「こうなると思ったからエナドリの飲み過ぎは止めたんだよ……入ってこい」
俺がそう言うと睡はうつろな目をして俺の部屋へ入ってきた。まるでそれほど痛んでいないゾンビのような目つきにはどこか怖いものさえあった。
「お兄ちゃん……膝枕ぷりーず……」
言うが早いか俺の膝の上に頭をのせて寝てしまった。無茶が相当たたったのだろう、今の睡眠欲が三大欲求の中で最上位に位置しているのだろう、横になるなり即眠ってしまった。どこぞのメガネ少年もビックリの早寝の技には舌を巻くほどだ。
その時ふと興味がわいた。そう、俺は睡に付き合わされてゲーム内でアライアンスを組んでいる。同アライアンスのメンバーのレベルや状態は自由に見ることができるので、睡の努力の成果をのぞき見することにした。
スマホを取り出し消音モードになっているのを確認してゲームを起動する。
起動画面が終わるとカムバックログインボーナスが入ってきた。なんだかもらうのが申し訳ないような気さえもした。
ようやくホーム画面になったのでアライアンスなので横にあるアイコンをタップする、ちなみにもちろんこのアライアンスのトップは睡だ。
キャラが出てきた、一番人気のツインテールの妹キャラだ。しかし何故だろう? ガチャ報告がSNSに上がって自慢をしている人たちの画像は見たことがあるが、この姿のキャラを持っている報告は上がらなかった。
少し調べてみると、最大まで限凸するとキャライラストが変わるという情報にヒットした。どうやら本当に徹夜で育成をしたらしい。
半ば呆れながらもついでに、今回のイベントでのアライアンスにおけるボス討伐数の記録を参照してみた。そこには間違いなく『一位』の金文字と共にランキングトップに鎮座していた。
いくら何でもやりすぎだ。こんなプレイをしていたらいずれリアルの肉体の方が破綻を来す。
俺はそれ以上を追求するのが恐ろしくなってスマホからアプリを閉じた。決めた! 何も見なかったことにしよう!
ただ単に睡が徹夜で華ゲームをしただけ、それ以上でもそれ以下でも兄。そう信じ込んで今日の有様から目をそらした。
一通り他のメンバーのステータスを見てから、極端に強い人がいないので一体一人でどれだけのことをやったのだろうと薄ら寒くなった。
「ん? お兄ちゃん? ふぁ……おはようございます」
「今は真夜中だぞ?」
「まあそんなことはどうでもいいです、ちょっと眠気がやべーので寝ますね。一緒に寝ますか?」
「そのくらい軽口をたたけるならもう大丈夫だよ。おやすみ」
そう言って部屋を出たのだった。
――妹の部屋
「ふぁ………………………」
クッソ眠いです。エナドリをもう一本飲みますか。もう少しで上位ランクが見えてくるんです! リアルのスタミナもゲーム上のスタミナもいくらでもアイテムに頼りますよ!
私はそうして徹夜をしたのでした。翌日はゲロが出そうなくらい気分の悪いものとなりました。




