妹とレイドバトル
「おにいちゃーん!!!! 助けてください!」
どこぞの猫型ロボットに泣きつくメガネくんのような勢いで俺に抱きついてくる睡、大変暑苦しい。
「とりあえず離れろ! 離れろってば!」
睡と距離を取って話を聞く。スマホを取り出した時点で大したことではないのだろうと予想が付いた。
「お兄ちゃん! レイドバトルに協力してください!」
まあそんなことだろうとは思った。深刻な話にならないのはわかりきっていた、しかしやはりしょうもない話だと俺のテンションも下がってしまう。
「レイドバトルって協力戦のことだよな?」
「はい……そうなんですぅ……」
「お前さ」
「なんでしょう?」
「友達いないの?」
その一言に反応して睡は顔を真っ赤にする、図星だろうか。
「私にはお兄ちゃんがいればそれでいいんですよ! 有象無象の友人なんて必要ありません!」
断言する睡だがなんだか悲しいことのような気がする。まあ俺にも友人らしい友人なんていたかどうかかなり怪しいところではあるので、そこを追求すると誰も幸せになりそうもないので黙っておこう。
「で、俺はお前がやってるゲームなんてほとんどやってないんだが、レイドバトルなんてやってもボッコボコにされて終わりな気がするんだが?」
睡のやっているソシャゲは妹モノが多い、リアルで胸焼けがするほど妹を摂取しているというのにゲーム内でまでご機嫌取りはしたくない。
「大丈夫です! ボス自体は私一人でもぶっ倒せますからね! 参加条件が二パーティ以上なのでお兄ちゃんがソロパーティ組んで私と共同で戦えば余裕で勝てますよ!」
ゲーム内ですら友達のいない睡に同情した。
「じゃあお兄ちゃん、このゲームを入れてください! そうそうそれです!」
俺のスマホ画面を覗き込みながらゲームのインストールを眺めている、楽しいのだろうか?
直にダウンロードは終わって起動する。
『お兄ちゃん大好き』
そんなボイスが流れてきた。妹で胸焼けがしそうだった。
しかもアプリ自体のダウンロードが終わったのにコンテンツのダウンロードで更に待たされる。その間延々とゲーム内の妹キャラの声援を聞き続けなければならない、何で俺がこんな事を……
そうしてしばらく待ったところで今度こそ全てのダウンロードが終了した。
ようやく起動すると『お帰りなさい、お兄ちゃん!』と初プレイなのに流れた。大丈夫かこのソシャゲ……
「じゃあお兄ちゃんはクエストのメニューからパーティ編成を選んでください。あ、初回十連もありますけど初めから持ってるキャラだけでも十分勝てますよ? 準備はいいですか?」
「いいも何も俺が役に立つとは思えないんだがな」
「お兄ちゃんは私の側にいてくれれば良いんですよ!」
そうしてクエストが始まった。開幕早々敵キャラの雑魚敵っぽい奴と戦闘になる。一発殴られただけで俺のキャラは沈んだ。
「なあ睡……」
「お兄ちゃんの貴い犠牲は無駄にはしませんから安心してください!」
勝手に犠牲にされてしまう方の気持ちを考えたことがあるのだろうか? なんにせよ、睡のキャラは無双の限りを振るって雑魚敵をバタバタ倒していった。俺のスマホの画面には睡のキャラの行動が映されている。どうやら途中でリタイアしたら仲間の画面を眺める機能が付いているようだ。
そんな風にザコをスキル一発で画面中に光を出してザコを一掃したりしながら進んでいき、ボス部屋の前にたどり着いた。
「ドキドキしますね?」
そんなことを言っているが俺のキャラはさっき睡が一発で吹き飛ばしたザコの一体にすら勝てずに沈んでしまっている。コレのどこをどうしたらドキドキするのだろうか?
ボスはドラゴンで、炎のブレスを吹いてきた。もろに睡のキャラが直撃を受ける。体力ゲージは僅かに減っただろうかと疑問に思う程度にしか効いていなかった。
ザシュ
一発睡のキャラが大剣を振るう、かすっただけでドラゴンのHPの十分の一くらいがごっそり削れた。ボスキャラのHPをそこまで削るなんてゲームバランスがぶっ壊れってレベルじゃないだろう。
しかもその上、ドラゴンに入ったダメージが赤く表示されたのと同時に睡のキャラに緑色の数字が表示された。ドラゴンに出た数字と同じ値だった。
「なあ睡、その武器ドレイン効果持ってんのか?」
「そうですよー、ソロプレイの必需品ですね!」
悲しい事情がありそうだがそこについては黙っていることにしよう。
ザク……サク……スパァ……ドゴーン
哀れにもドラゴンは睡にボコボコにされて消滅した。アイテムを残して消えていったドラゴンくんに合掌する。
俺は睡がドラゴンの残骸からアイテムを回収しているのを自分のスマホで眺めながらコーヒーを淹れることにした。こんなワンサイドゲームを見せられてもどらごんくんかわいそうくらいの感想しか浮かばない。
「あ、お兄ちゃん! 私にも一杯お願いします」
「はいよ」
二杯分の水を入れてスタートボタンを押す。豆が挽かれ、沸騰した水が垂れ落ちていく。
ドリップ中にスマホの画面を眺めていたが、睡がレイドダンジョンから抜けた時点で視点のミラーリングは解除されており、俺のキャラは瀕死でホームポイントに戻されていた。
もう問題無さそうなのでアプリを終了させておく。
ピッという音がドリップのおしまいを告げる。マグカップ二つにコーヒーを注いで睡に問いかける。
「睡、コーヒーに砂糖とミルクは?」
「そうですね……今日はブラックでお願いしましょうか」
珍しいこともあるものだ。時々思いついたようにブラックで飲むがかなり渋そうな顔をしていることがほとんどなので、素直に砂糖を入れろといつも言っているのだが。
コトリと二つのマグカップを置いて椅子に座る。睡の方もレイド戦が終わったからかスマホをしまっていた。
ずず……と飲みながら話をすることにする。
「珍しいな、ブラックか……」
「私だってたまには飲みますよ。お兄ちゃんのおかげでレアアイテムも手に入りましたし、今日はお兄ちゃんに合わせようかなってね……」
どうやらさっきのドラゴンはレアドロップをしたらしい。ソシャゲに運を使うのは無駄遣いのような気がしないでもないが、運の良さを使わずに死んでいくくらいならくだらないことでも楽しいなら良いのだろう。
「ねえお兄ちゃん……また付き合ってくださいね?」
「パーティを組むだけなら構わんよ。育成はする気がない」
「フフフ……お兄ちゃんらしいですね。いいですよ、それで十分」
こうしてお茶会は終了したのだった。
後で調べたところあのボスは初回撃破時にガチャチケットを落とすと言うことで皆一回は倒しておきたい敵だったようだ。
その晩『ふぇえええええええん』と隣の部屋から聞こえてきた。子細を聞かなくてもガチャで爆死した時の声だと分かったのだった。
――妹の部屋
ふっふふーん
心が弾みますねえ! ガチャが! 無料で! 回せる!
なんて素晴らしいことなのでしょう! このゲームの運営はガチャアイテムの配布が渋すぎるんですよ! もっとメンテの度にじゃんじゃん配って欲しいんですがね……
贅沢を言ってもしょうがありません! 五回! ガチャチケットを五枚ドロップしたんです! これで最高レアが来るはず……大丈夫、今日の私は最高にツいてます!
パン……パン……パン……
あれれー? レアすら出ませんねえ……SSRが一回くらいは出ると思ったのに……
いいえ、まだ二回残っています!
パン
くっ……またノーマル……次です! 次こそSSRを!
パー! パパン! ピコーン!
お! コレはSSR演出です! 勝ち確来ましたね!
パーン
『よろしくね! お兄ちゃん!』
被りじゃないですか……もう持ってますよこの子……
私は世の理不尽さに嘆きの声を上げて布団にダイブしました。




