妹とカメラ
「お兄ちゃん! 写真を撮らせてください!」
唐突に睡にそんなことを言われる、もちろん俺の答えは決まっている。
「悪いけど写真を撮られると魂を抜かれるっておじいちゃんが言っていた」
「お兄ちゃんのおじいちゃんは私と同じ人だと思うんですが? 私はそんなこと言われてませんよ?」
くっ、逃げられない。
「睡だってさあ、もうちょっと写真映えしそうなものを撮れよ? 俺なんかうつしたってしょうがないだろう?」
「お兄ちゃんと写真を撮ってインスタに上げて自慢したいじゃないですか!」
妙に食い下がる睡、なんで今日に限ってこんななんだ?
「睡、お前SNSに向いてないんだからやめておけよ?」
「失礼な! 私はこの新型1インチセンサーのカメラ付スマホを試してみたいだけですよ!」
ああアレね……買う金がどこから出ているのかはもう突っ込まないことにしてだ。
「インスタに上げる必要性を感じないんだが? 陽キャパリピがウェーイしているところは俺みたいな陰キャが登場するには眩しすぎる」
「お兄ちゃんはインスタに偏見を持ちすぎですよ! 普通に皆使ってますって!」
俺にはキラキラSNSは似合わない、そのくらいのことは分かってる。大体飯だのBBQだのの写真を上げていてコイツらはそのために食べ物を用意したのかと思えるほど見た目にこだわっている。
「俺がインスタなんてやったら炎上しそうだしな、ツイ廃やってる方が性に合ってる」
しかし睡が滔々とインスタの良さについて語る。
ストーリーがどうの、いいねがどうのと言っているがいいねがそこまで欲しいわけではないので俺の知ったことではない。
そもそもの話スマホカメラが実質必須であり、PCからは大したことができないというのも気に食わない。
大体カメラで撮るようなことが日常でそんなに無いだろ。
「お兄ちゃんはビビりすぎなんですよ! インスタは怖くない……ほら怖くなくなってきたでしょう?」
「怖いってか、好きじゃないんだよなあ……皆よく顔出しなんてやってると思うよ」
「お兄ちゃんだってiPhone使ってるじゃないですか! 毎年カメラの進化ばっかり強調してるんですからカメラで撮影してねっていう意味なんですよ!」
確かにカメラがやたら注目されているが……
「飯の写真とか撮って楽しいか? 俺なら迷わず食べる方を優先するが」
睡はかんで含めるように俺に粘り強く言う。
「素敵なものがあったら写真に残したいでしょう? それを人に見せたくなりませんか?」
俺はにべもない。
「いいや全然、心のフィルムに焼き付けておけば十分って思ってるからな」
「お兄ちゃんのケチ!」
そう言って睡はお昼ご飯を作りにキッチンに向かった。ようやく解放されたのかと安心した。
そうして昼ご飯……
「じゃあとりあえず写真を撮りましょうか!」
なんだかよく分からないものが真っ白な皿に僅かばかりに乗って、それにソースが僅かに垂らされている。
「コレが昼ご飯なのか?」
「そんな細かいことよりお兄ちゃんもインスタに登録くらいはしてるでしょう? この料理の写真を撮ってください!」
確かに俺は見るだけの専門としてアカウントは登録している。投稿したことは一度も無いのだが、投稿しなければならないのか……
「俺がアップロードする必要性を感じないんだが?」
「まあまあ、いいから一枚取ってアップロードしてください、この後ちゃんとしたお昼ご飯作りますから」
渋々iPhoneを取りだして一枚料理の写真を撮ってアップロードする。もちろん人の顔は写っていない。
「よしよし、では私も」
睡もレンズを向けて写真を撮る、フルサイズのセンサーを積んでいるならそれなりに高画質なのだろう。料理動画が高画質である必要性を考えてはいけない。
「コレに何の意味があるんだ? 楽しいのか?」
「ふっふっふ……私とお兄ちゃんが同じテーブルにのっている料理を撮影しましたね?」
「ああ、それがどうした?」
「見る人が見ればコレは同棲の証拠になるのですよ! ネットの特定班は瞳に反射した景色からでも特定しますからね! これで私とお兄ちゃんのアカウントが分かる人には紐付くわけですね!」
良い笑顔で碌でもないことを言う睡。というか兄妹なんだから一緒に暮らしているのは当然だろう、そこを気にする人がいるのだろうか?
「お前……炎上は度々してるのにこういうことには知恵が回るんだな……」
「ふっ……私も炎上を通じて学習しているのですよ!」
俺は炎上を通じての学習などしたくなかった。アカウントが燃えるのを想像するだけで気分が悪くなる。特定班など動こうものならアカウントを片っ端から削除するだろう。
「そもそもフォロワーそんなにいるのか? 普通なら気にもされないと思うんだが」
「私だってフォロワーくらいいますよ! アイドルほどたくさんはいませんが……」
そんな匂わせる写真をネット中にばらまくなんて物好きにもほどがある。俺は写真は必要以上に取らないし、スマホのカメラはと言えばもっぱらQRコードの読み取りにばかり使用していた。
「睡、一応言っておくが俺の写真はアップロードするなよ?」
「えー……いいじゃないですか! ツーショットをアップロードしましょうよー!」
「お前なあ……自分の写真をアップするまでは自由だが俺の写真はやめろ。ネット上に顔出しする気は無い」
「前時代的ですねえ……」
双子だというのにジェネレーションギャップがあるというなんとも奇妙な差だった。一応同じ環境で育ったはずなのにPCでネットを見ているのかスマホで見ているのかでここまで差が出るのか……
「じゃあお兄ちゃんを撮影して顔にぼかしを入れたものはどうですか? 顔バレはありませんよ?」
意地でも俺との写真を撮影したいようだった。そんなことをしたがる理由はよく分からないが、とにかく俺と一緒に写真を撮りたいらしい。
「顔はスタンプで隠してくれよ?」
「了解です!」
俺は渋々了承した。断ってもいつまでもごねられそうなので諦めて次善の策をとることにした。
「じゃあお兄ちゃん、私の隣に来てください!」
睡に引かれてピタリとくっつく。シャンプーのよい香りが漂ってくる。
「じゃあ取りますね!」
睡が伸ばした手でカメラアプリのシャッターを押した。パシャリと音がする。
「じゃあコレに加工してアップロードしますね!」
「アップする前に俺に見せてくれ、念のため確認したい。
「別にいいですよ」
睡はスマホの画面を操作している。ぼかしか何かを加工で入れているのだろう。
「お兄ちゃん、こんな感じでどうですかね?」
睡の差し出してきたスマホには二人が写っており、俺の顔には黄色の顔マークのスタンプで隠されていた。
「俺の方はいいけどさ……睡の方は未加工に見えるんだが?」
「私は隠すようなことはありませんからね!」
自信満々に言う睡を見て俺は睡との間に飛び越えることができない価値観の溝があるような気がしていた。
「じゃあアップしますね!」
楽しそうにアップロードして、ワクワクしている睡を止める気にはならないのだった。
俺はその日、スマホのカメラばかりが進化していくのを恨みがましく思ったのだった。
――妹の部屋
「いいね……付きませんねえ……」
お兄ちゃんとのツーショット、バズり確定のつもりでアップロードしたのですが、満足にいいねが付きません、クラスの知り合いが数人付けてくれただけです。
「もっと、映えるモノが必要なんでしょうね……」
私はお兄ちゃんの隠し撮りも辞さないことを決意するのでした。




