妹と紅茶
「睡、たまには紅茶はどうかな?」
睡が目を丸くした、そんなに驚くようなことかなあ……
「お兄ちゃんがコーヒー以外を入れられるとは意外ですね」
酷い言われようだ。俺だってそのくらいはできる……たぶん……
「ふふふ……お前は紅茶にも種類があることを知らないのか?」
「種類? ダージリンとかアールグレイとかですか?」
俺はもったいぶりながら言う。
「なんと、水を入れるだけでできる紅茶があるんだなあ!」
俺はパックに入ったパウダーを見せながら言う。
「呆れますね、そんなものが作れなかったらヤバいレベルでしょう」
失敬な、この発明をした人に謝って欲しい、粉から紅茶ができる画期的な発明じゃないか!
「じゃあコーヒーにするか?」
睡は逡巡してから答える。
「まあせっかくなのでお兄ちゃんのいれた紅茶を飲みましょうか」
そう言ってマグカップを差し出す。どうやら飲んでくれるようだ。俺は二つのカップに水を注いでスプーンでパックから紅茶の粉を何杯か水に入れる。軽くステアして完成だ。
「はい完成」
「ほとんど何もしてないじゃないですか……」
まあ水に粉を溶かしただけだからな。お説ごもっともなのだがあまり手の込んだ料理をさせてもらえない以上この程度で我慢して欲しい。
「まあコレが俺が作っても文句を言われないレパートリーなんだ、そのくらいは認めて欲しいんだがな」
「お兄ちゃんの料理って軒並みアレですからね……さすがにこの程度はいけるみたいですね」
冷静な分析どうもありがとう。まったく、人をなんだと思っていればこんなにも信用できなくなるのだろう。誹謗中傷だぞ?
「やっぱり手厳しいな……」
睡はいたずらっぽく笑う。
「お兄ちゃんは褒めると調子に乗るタイプですからね!」
俺も笑いながら返答する。
「そこは褒めて伸びるタイプと言って欲しいな」
俺はぐいっと紅茶を飲み干す。妙な甘ったるさが口の中に残るタイプの製品だったらしく、紅茶を飲んで喉の渇きを癒やしたはずなのに水かコーヒーを飲みたかった。
「ま、私がいれたほどは美味しくないですね」
そして睡は一言付け加える。
「お兄ちゃんが作ったというプレミア感を抜きにすれば、の話ですがね!」
愛おしそうにちびちびと俺が作った紅茶を飲んでいる。美味しいの一言くらい言えばいいのにとは思ったが、実際に美味しいお茶ではないのでそれは正直な感想なのだろう。
「それはそれは、好評のようで何よりだ」
そして睡は俺に頼み事をする。
「やっぱりお兄ちゃんと言えばコーヒーの方が上手いですね。この紅茶砂糖のいれすぎのような気がするのでコーヒーも入れてもらえますか?」
「ミルクと砂糖を大量に入れればさして変わらないと思うんだがな……」
「細かいことはいいんですよ! 私はもっとお兄ちゃんの作った飲み物を飲みたいんです!」
俺は苦笑しながら水をコーヒーメーカーに注ぐ。豆はストックが入っているのでフィルターをセットしてスタートボタンを押す。
ガガガガと豆が砕かれていく。それと共にコーヒーの香りが漂ってきた。
「いい匂いですね、なんとなくお兄ちゃんの匂いって感じがします!」
「勝手に人をコーヒー扱いしないでくれるかな?」
「イメージの話ですよ」
コポコポとドリップが進んでいく。嗅ぎなれた香りが漂う、やはりこちらの方が落ち着くものだ。
この調子なら睡も目覚ましのカフェイン錠剤は必要無いだろう。ドリップ設定を濃いめに設定している。
「お兄ちゃんはコーヒーと紅茶でなんで両方淹れられないんですかね」
「何でもかんでも出来るわけじゃないんでな。得意不得意くらいあるだろう?」
ピッと鳴ってドリップが終わったのでマグカップに注ぐ。紅茶の後なので水で流すくらいはした方がいいのかもしれないがそこまで味にこだわる方ではない。
黒い液体を二つに分けて注ぐ、睡の方にはミルクも砂糖もたっぷりと入れておく。苦いのが苦手なら無理して飲まなくてもいいんじゃないかと思ったこともあるが睡はコーヒーをそれなりに楽しんでいるようだった。
コトリと二つをおいて椅子に着く、現在は夕食後の暇な時間だ。この時間に飲むと眠れない人もいるようだが俺も睡もカフェインの耐性はそれなりにあった。
ズズズとコーヒーを飲んで一息つく。
「やっぱりこっちの方が落ち着きますねえ……」
「満足いったようで何よりだ。この後ちゃんと歯は磨いておけよ、砂糖たっぷりなんだからな」
「そうですね、この甘さは罪深い味がしますもんね」
どんな味だか知らないが、カロリーが多いことだけは確かだろう。そう言われれば罪深いというのも分からなくもない。
「カロリーは美味しいからな」
「どうして体重になりそうなものに限って美味しいんでしょうね……?」
「人間の本能だろう、多分食うや食わずだった頃のことを遺伝子が覚えてるんだろう」
「そういう冷静な解説は必要無いんですがねえ……」
そんな話をしながら飲んでいたコーヒーがなくなった。全部飲み終わったのでもう一杯飲もうかと考えてコーヒーメーカーをみると、豆のストックがほぼ無くなっていた。新しく開ければまだあることはあるのだが一杯のためだけに封を開けようとは思わなかった。
そんな会話をしていると睡の方も飲み終わったようだ。
「ごちそうさまでした、美味しかったですよ!」
「それは何より」
「もう一杯もらいましょうかねえ?」
睡はおかわりを要求するが俺は説明する。
「やめとけ、この時間にマグ二杯のコーヒーは明日に堪えるぞ?」
睡は残念そうにカップを手放した。シンクに持っていて水で洗い流してから俺の方を向いて言った。
「まあ、お兄ちゃんのコーヒーなら今後もまだまだ飲めますからね!」
その微笑みは心の底から楽しみにしているような表情だった。
俺も自分のマグカップを洗いながら睡に聞いた。
「しかし紅茶派のお前がコーヒーを好き好んで飲むのも変な話だな?」
手間はそれほど変わらない、だったら紅茶でも変わらない気がするのだが。
「フフフ……『お兄ちゃんの淹れた』コーヒーが好きなんですよ?」
「特別製ってやつかな?」
「そうですね、そんなところです」
「お兄ちゃん! これからもずーーーーーーーっと私にコーヒーを淹れてくださいね?」
「ははは……善処するよ」
こうしてその日のお茶会は終わったのだが、何故か胸が熱くなるような感覚を覚えてその日はなかなか眠れないのだった。
――妹の部屋
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん! フヒヒヒ……」
おっと心の叫びが漏れていました。しかしまあ善処してくれるという一言だけでどうしてこうも嬉しくなるのでしょう?
私はやっぱりお兄ちゃんが……ふふふ……そこで意識はぷっつりと途切れました。




