妹と消えたアプリ
「お兄ちゃん! 大変です!」
「どうしたんだよ一体? どうせくだらない話なんだろう?」
「話す前から決めつけないでくださいよ!?」
睡が俺に泣きついてくるときは大抵大した用事ではない、本当に重要な用件は自分で叩き潰してしまうのが睡という妹だ。
「で、何があったんだ?」
「聞いてくださいよお兄ちゃん! 私の愛用のアプリがストアから消えてるんですよ!」
やっぱりくだらない話だった。もうすでにやる気も無さそうな俺を見て不満げな睡だった。
俺からすればそんなことで泣きつかれても困るのだが、まあストアからのアプリ削除はよくあることだ。幸い睡が持っているのはAndroidなのでapkファイルを再度ローディングすればインストールができる。世間の好事家は片っ端からストアのアプリを収集している人がいる。
本当に些細なアプリでも探せば野良で転がっていたりするのがAndroidの良くも悪くも特徴的なところだ。
「まあ落ち着け、とりあえずスマホを貸してみ?」
「は、はぁ……?」
睡はおずおずとスマホを差し出す。俺はAndroidの設定を開いて設定からビルド番号の場所を連打する。何回かのタップで開発者オプションがアンロックされたので、非公式からのアプリインストールを許可しておいた。
「ほれ、後は適当にどこかからアプリのファイルをダウンロードすればインストールできるぞ」
「そうなんですか……ちなみにどこからダウンロードできるんですか?」
「それは自分で探しましょう」
俺はにべもなく答える。
「そんなー(´・ω・`)」
微妙にイラッとする回答を言外に感じる。なんにせよその程度は自分で調べないようではダメだ。口を開けているだけで餌を運んでくれるとは限らないのだ。
ここは厳しくしておこう。
「いいか、|非公式からのインストール《サイドローディング》に手を出すとな、危ないアプリでも平気ではいるんだよ。俺はそこまで責任を持てない」
「ケチー……」
「うっさい! そんな拾い食いみたいなマネを薦められる分けないだろうが!」
「拾い食いって……そんなに危ないんですか?」
「Windowsのアプリダウンロード画面を見せてやろう、これが『自由』にインストールできると言うことだ」
俺はPCを開いて某フリーソフトを公開しているサイトを開く。
「さてこの中で本物のダウンロードボタンはどれか分かるか?」
俺は『簡単な』質問を睡にする。
「そんなもんチョロいじゃないですか! 舐めないでいただきたいのですが…………」
睡が顔を固めて画面を睨んでいる。そこには大量の「Download」「ダウンロード」「DOWNLOAD」「DL」と大量にリンクが画面一杯に広がっていた。
「なんですかコレ?」
「ダウンロードページ」
「ひぇ……」
睡は恐る恐るページを眺める。初見で正解が分かる奴は少ないだろう。
「ちなみにAndroidにはちゃんとマルウェアがしっかりあるからな? パスワードとか抜かれないように気をつけろよ?」
「無理ゲーじゃないですか!? なんでストアからダウンロードしないだけでこんな目に遭わないといけないんですか!?」
そんなことを言われてもなあ……
「商売でやってるんだからしょうがないだろう? 結局金になるからこうして非公式アプリを保存してるんだよ」
「Androidでも似たような感じなんですか?」
「詳しくはないが似たようなもんだろ? 良心的なところもあるらしいがな。まあそんな感じだからお勧めはしないよ。で、何のアプリがストアから消えたんだ?」
「退屈しのぎに読んでたWEB小説のビュワーですね。広告もなくて便利だったんですが……」
「ああ、よくある話だな」
商売にしていないと確かにユーザとしては嬉しい、しかしいつ無くなるかなんて分かったもんじゃないというわけだ。
「まあそういうのを集めているところはあるが……自分で探してくれ」
睡は不満そうだった。
「お兄ちゃんは知ってるなら教えてくださいよ! 気になるじゃないですか!」
「そんなことを言われても……いくらroot化してないと言ってもパスワード抜いたり、通信のログ取ったりするアプリも普通にあるし……自己責任でやってくれ以外の言葉が無いんだが……」
残念だがストアで公開できないのにはそれなりの理由があるアプリも多い。Googleのポリシーに反するものくらいならマシな方で、法律にさえ違反しているアプリもそれなりに登録されているサイトはある。
「お兄ちゃんはこういうサイトに手を出さないんですか?」
「俺はiPhoneだから。Macが無いと自作のアプリさえインストールできないんだぞ?」
「で、でも! お兄ちゃんにだってアプリが消えて悲しんだことくらいあるでしょう?」
ある、それなりにあるのだが、だからこそむやみやたらにそこかしこから拾ってきたものをインストールする危険性もよく分かっている。Windows界隈なんてちょっとニッチなアプリを使おうとしただけで抱き合わせでいろんなソフトが入ってくるものだ。
「まあ俺はPC使ってるからな、怪しいアプリの匂いみたいなものが分かるんだよ」
「匂い……ですか……?」
キョトンとしている睡に俺の感覚的な話が通じるかは分からないが答えてやる。
「『怪しい』アプリってなんとなく独特の怪しさを放ってるんだよな。例えば日本語対応なのに所々日本語が怪しかったり、入れる時にどさくさに紛れてツールバーとかをインストールしようとしてきたりな。まあその辺は感性の問題なのだが」
「じゃあ私はどうすればいいんですか?」
「WEB小説だろ? 素直にブラウザで見ればいいんじゃないか? わざわざリスクを取る必要も無いだろう?」
「むぅ……ブラウザだとUIが不便なんですよね」
「それは運営に言ってくれ」
「はぁ……分かりましたよ、諦めた方がいいってことですね……」
「端的に言えばそうなるな」
睡はしょぼんと肩を落として部屋を出て行った。俺は少し悪いことをしたかなとは思ったが、スマホに何でもかんでも個人情報を詰め込んでいるのだから気を使うべきだと思いフォローはしなかった。
後日、睡が広告まみれになったスマホを俺になんとかしてくれと泣きついてきたのは言うまでもない。結局初期化をすることになったのだった。
――妹の部屋
「お兄ちゃんのケチ……ドケチです……」
私は兄妹モノを読むのが好きなのですが昨今妹モノが少なくなってきています。そこで私はWEB小説にフロンティアを見出したのですが、どうやら何もかもが私の邪魔をするようですね。
私はなんとなくスマホで「Android アプリ 非公式」とワードに入れて出てきたページを探っていくといくつも非公式アプリのアーカイブが見つかりました。
なんでしょう? お兄ちゃんはこんなに簡単に見つかるものを教えるのを渋ったのでしょうか?
私はアプリ名を検索して出てきたファイルをインストールしました。そのついでに便利そうなアプリもまとめて入れておきました。
数日後、そのアプリが原因でお兄ちゃんに泣きつくことになるのをその時の私は想像もしていませんでした。




