妹と炎上案件
「ぎにゃああああああああああああああああああ!!!!!!」
隣の部屋からやかましい悲鳴が上がる。俺もなんとなくくだらないことだなと判断がついた。呆れるような話だがどうせまたくだらない話に巻き込まれたのだろう、この間はブラクラを踏んで閉じられないと泣きついてきたのだが、その時と同じような悲鳴だった。
ブラクラと言ってもブラウザを強制終了が必須のようなものではなく、タブを閉じれば終了するしょうもない物だった。もっとも、似たようなブラクラを張って逮捕されたアホな事件もあったようだが……
とにかくくだらない内容なのだろうから俺は一々関わるのを諦めようと思う。まあ例えば……『おにいちゃーん!!!!』とやかましい叫びが部屋の外から聞こえないならば、だが。
俺は嫌々ながらドアを開けてその前に立っている睡を見る、半泣きなのはこの手のことではいつものことだが一応親切そうに対応をしようと思う。
「で、何があったんだ?」
「お兄ちゃん! 妹に塩対応すると嫌われますよ!」
そんな重箱の隅をつついてくる睡に言い返す。
「じゃあ聞くがそれなりに大事なんだろうな? まさかまたスマホが壊れたとかいわないよな? この前も壊してたろう?」
よくやることだが、睡はスマホの扱いが雑だ。次を買えばいいと考えて雑に扱って再度ローディングをガンガンしたあげくroot化扱いの判定を受けて壊れたと泣きつくことが当たり前だった。
そりゃあそんなことに対して一々細々とした対応をしていてはキリがない。
「これですよ! これ!」
そう言って睡が差し出してきたスマホには画像掲示板が映っていた。なにやらずいぶんと荒れているようで、そのスレッドでは『死ね』だの『回線を首ごと切り落とせ』だのと言った随分と乱暴な物言いが増えていた。
すぐに通報を始める現代のネットでここまで荒れることは珍しかった。『○ね』くらいの伏せ字にする程度の配慮はあるものだが、このスレッドには現文ままの暴言があふれかえっていた。
「ずいぶんと荒れているようだが……コレがどうした?」
「このスレッドを立てたの私なんですよ! この言い方は酷くないですか!?」
そりゃあ確かに乱暴な言い方だが……
大抵こういう荒れ方をするときには言われる方にも何かの理由があったりする。悪いとは言わないが何も理由が無いのに人は他人をむやみやたらに攻撃しないものだ。
とりあえず睡の立てたスレッドのタイトルを覚えて自分のスマホの検索エンジンに放り込む。一ページ目に表示される程度には注目を浴びているようだった。
なお、そのスレッドには……
『【悲報】義妹容認派、増える』
えぇ……タイトルだけでも呆れかえりそうなものだったが、スレッドの内容はもっと酷いものだった。
『義妹容認派は悪魔の手先』、『義妹派は常識を知らない』、『義妹を許すのは宇宙の法則に逆らう』などといったワードがあふれかえりむせそうになるほどアレな内容だった。というか一般的な神は義妹も実妹も認めている方が少数派のような気がするんだが……
まあそんな正論をぶつけたところで睡が納得してくれるはずもないことはこのスレッドの流れを見ただけで察してしまう。
「とりあえず土下座して謝罪したら? それでひとまず炎上は収まるだろ」
初手土下座は炎上阻止の基本だ、たいていの場合初期対応でひたすら謝っておけば『馬鹿がいた』以上の炎上はすることが少ない。ここで延々開き直ったり、謝罪している風で『お前も謝れ』という雰囲気を出したり、『通報しました』とかをやると思いっきり炎上が続く。所謂炎上している場所にガソリンをぶちまけるような行為だ。
呆れる俺を尻目に睡は大層憤っていた。
「私が絶対正しいのに……」
「お兄ちゃんは賛成してくれないんですか……」
「まさかお兄ちゃんは義妹の方が……!」
「くだらないことを妄想してる暇があったらさっさと謝罪しようか?」
「でも……」
イマイチ気が乗らない睡のスマホをチラリと見て気がついた。そのスマホにはWi-Fiのマークが立っていた。つまりこのスマホはウチの固定回線を通じて書き込んだわけだ。
俺はそれ以上の問答が面倒くさくなり、自分で開いていたスマホから書き込む、この掲示板はIPアドレスで個人を判別しているはずだ。
『この度は大変申し訳ありませんでした。これ以上書き込みはやめておきます。この場を荒らしてしまったことにお詫び申し上げます』
一番手っ取り早い鎮火方法だし、睡がWi-Fiを使用していたことが幸いした。IPアドレスのみで個人を判別するという単純な認証が幸いした。
その掲示板の書き込みは……
『まさかの謝罪wwww』『反省がダイナミックで草』『人はここまで短時間で反省できるのか』
こんな様子でそれなりに盛り上がっては居たものの特定やエクスプローイットの書き込みは潮が引くように消えていった。
「うぅ……絶対に私は負けませんよ!」
そう言って睡が部屋に逃げようとしたので俺は素早く呼び止めた。
「まあ話してみろ、落ち着くかもしれないだろ?」
「お兄ちゃんが話を聞いてくれるんですか……うぅ……」
俺は睡が延々と愚痴を言い始めそうになったので部屋の中に招き入れながら涙を拭くティッシュを取りながら手を伸ばしたついでにこっそりとルータの電源ボタンを二回押す。
ルータはリブートを始めて一旦Wi-Fiが途切れる。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……う゛ぇえええんんん……」
睡の泣き顔を眺めながらルータが無事再起動を遂げるのを確かめる。幸いウチの契約しているプロバイダは固定IPアドレスなど導入していないのでルータの電源をプツリと落とせばIPアドレスは変化する。
俺はこっそりとさっきまで開いていた掲示板に『謝罪記念』と書き込んだ。無事IPアドレスが変化していてユーザIDが変わったことを確認する。
「ほら、泣いていいから忘れて寝てろ、な?」
「おに゛ーじゃーん」
そんな愚痴を聞きながら、反論の書き込みを頼むからしないで欲しい旨を伝えておいた。
俺は睡が落ち着くのをじっくりと待ってからようやく泣き止んでくれたので「謝らなくていいからしばらく見ないようにしておけ」と伝えてなんとかそれは理解してくれたようなので炎上は俺の偽装謝罪で無事鎮火したようだった。
「じゃあお兄ちゃん……またいじめられたら慰めてくださいね?」
「あ、ああ……分かったよ」
百パーお前が売ってきた喧嘩じゃねえか……とは思ったものの、再びそのスレッドを開かれてはかなわないので黙っておいた。
そしてその晩は、睡は悲惨な炎上を逃れ、俺が心をすり減らすだけで済んだのだった。めでたし……めでたし……なのか? 深く考えるのも面倒になって横になって意識をシャットダウンした。
――妹の部屋
「お兄ちゃんが慰めてくれました!」
私は浮かぶ心を必死に抑えようとしました。お兄ちゃんが優しくデレてくれる機会なんてレア以外のなんでもないですからね! 多少浮ついてしまうことくらいはしょうがないですね!
私は頭を撫でてくれたお兄ちゃんの手の感触を思い出しながら心地よく眠りました。
幸いなことに炎上はそれで収まったらしくそれ以上の騒ぎになることはありませんでした。やはりお兄ちゃんは頼りになりますね!
気持ちのいい眠気が私にやってきたのでそれに身を任せて微睡んでいくのでした。




