妹と新規実装クエスト
「ひゃあああああああああああああほおおおおおおおいいいいいい!!!!!!」
やかましい声が隣の部屋から聞こえてくる。聞き覚えのある声、アレは睡がガチャで最高レアリティを引いたときの奇声だ。全くもってやかましい。
やかましいと言ってやりたいところだが、そう言うと推しがピックアップになっただの、新規実装シナリオが尊いだの延々と語られるために俺は文句を言う気は無くなっていた。
今までで何回もあるもんなぁ……ソシャゲというのはかくも罪深いものだな。
俺はPCのディスプレイをつけてソシャゲのニュース一覧を眺める。新規シナリオ実装や新規キャラ実装のニュースがずらりと流れる。実際のところは日々新規ゲームが公開されていて、キャラの衣装違い等もあるのでここに流れているフィードよりはるかにたくさんのキャラがいる。そのどれかは分からないが睡の琴線に大いに触れたキャラクターがいるのだろう。
探すのを諦めて横になる。世の中にはソシャゲが多すぎる。人一人が追いかけるにはあまりにも多い、アタリショックの再来を心配するくらいの数だった。
まあ……アイツの機嫌が良いのは良いことだ。明日の朝食も少し豪華になるだろう。
その事を考えると少し気分が良くなった。隣の部屋からは変わらず奇声が上がっているが好きにすればいい。
眠りにつきながら、隣からは『お兄ちゃん! 大好き!』などとキンキン声が聞こえてきたような気がしたアイツの趣味はよく分からんな……
翌朝になった。ありがたいことに祝日だったので朝から食事には期待できそうだった。機能の喜び具合からすればそれなりに豪華なものになっているだろうと思うとすこし楽しみになった。
「ねむー……朝ご飯なんだ?」
「おはようございますお兄ちゃん! 朝ご飯はこれです!」
そこにはノリの佃煮と真っ白のご飯が並んでいた。あれ? 豪華な朝食は……
「睡……その……朝ご飯なんだが……」
睡はプイと俺から目をそらす、コイツ何かやらかしたな……
「なんで朝食がこれだけなのかな? なにか汁物の一つくらいあってもいいんじゃいか?」
「ええ……お兄ちゃんには大変申し訳ないのですが……その……昨日なんですけど、いける気がしましてね」
「ガチャか?」
「おや、ご存じで?」
「分かるよ、兄妹だからな。何年の付き合いだと思ってるんだよ?」
睡は少しホッとしたような顔になって俺に言う。
「そういうことでしたら話が早いです! ガチャで爆死しましてね、それで朝食が質素になったというわけです!」
「なんで自慢げなんだ……」
「幸い食費一日分くらいなので今日だけは我慢していただこうかと思いまして」
「本当になんで自慢げなんだろうな!?」
呆れた、生活費をガチャに回すのは止めておくべきだった。失敗した。
「でもお目当てのキャラは無事引けましたよ!」
「それが生活費を犠牲にしたことじゃなければ喜んでやったんだがな……」
「ふっふっふ……今回の実装は最強の人権キャラ間違い無しですよ? しかも妹キャラです! そりゃあ引くしかないでしょう?」
楽しそうだが俺は朝食が質素なものになってしまい大変憂鬱だった。しかも今日の食費をまるっと犠牲に下ということは昼食と夕食もこの調子になることが確定している、つらい。
「で、その人権キャラが力を発揮する場はあるのか? どうせエンドコンテンツも全部クリアして周回してるくらいなんだろう?」
コイツはソシャゲをプレイするなら即全クリを目指すという恐ろしい性格をしている。無課金でやり抜くことも多いが多少の課金は平気でやる奴だ。
「ま……まあ、確かにシナリオは全部終わってますし……エンドコンテンツも周回メンバーは決まってますけど……」
「最近のソシャゲはPvPだって少ないだろう? 人権だったとしても活躍の場が少ないんじゃないか?」
睡は目尻に涙を湛えて俺を非難した。
「お兄ちゃんの意地悪! そんな使い道がないことなんて知ってますよ! でも欲しいじゃないですか! 久しぶりに主人公の妹キャラが実装されたんですよ!?」
「知るか、俺はその日の生活費を使ってまで課金はしないんだよ」
睡はむぐぐと唸っている、少しくらいは反省してもらいたいものだ。犠牲になった朝ご飯のことでも考えていただきたい。
俺は白米にたっぷりの海苔をのせて口に運ぶ。やはりいつもの睡の食事からすればどうにも味気ない感じのする食事だった。
「まあ、明日のご飯を楽しみにしているよ?」
「はぁ……期待していていいですよ?」
「まあ今日は我慢だな……それとも俺が昼と夜は作ろうか?」
「ひぇ……お兄ちゃん、夏は終わったんだから怖い話をするのはやめてくださいよ……」
「お前さらりと失礼なことするよな?」
何が怖い話だ。ただの食事だろうが。
なんにせよ、今日の食事は質素なものになることが確定したので俺は持ち出しでスナック菓子でも買いに出ようかと考える。しかし……
俺はロクに食事もせずに待っている妹の前で自分だけ食事をする気にもならなかった。例え原因が妹自身にあろうとも、なんだかそれは兄妹にしてはドライすぎる気がした。
そうして食事を終えて俺は食器を片付けていたのだが……
『お兄ちゃん! すっごーい!』
『お兄ちゃん! 大好き!』
イラッ……
「あのさあ睡、ソシャゲは自分の部屋でやってくれないかなあ?」
やたら高音のボイスで実装されているのでボイス担当さんには申し訳ないが端から聞くにはあまりにも頭に響く。印象に残ると言えば聞こえもいいが、それがいい印象とは限らないと言うことを理解しておいていただきたい。
「お兄ちゃんにせっかくなので今日の食事と引き換えにゲットしたキャラのボイスを聞かせてあげようと思ったんですけど?」
「悪いが妹ならお前一人で間に合ってるんだよ、やたら増やして問題を起こすんじゃない」
「まったく……お兄ちゃんはしょうがないですねえ……まあ、私一人で十分というのは評価に値しますがね」
コイツは一体何を聞いているんだろう? 問題児なら一人で十分だという意味で言ったんだが……
「とにかくソシャゲは部屋に戻ってプレイしてくれ、やるなとは言わないがそのキャラのために今朝質素な朝食を食べさせられたと思うとげんなりするんだ」
「はぁい」
睡は渋々部屋に帰っていった。俺は食器の片付けも終わったのでソシャゲのニュースをチェックする。
とあるゲームに『人権確定! 来期の環境はコレ!』とケバケバしいテキストで表示されていたのだが、俺は人権があまねく全てのキャラに与えられることを祈って止まないのだった。
なお、昼食はケチャップライス(チキンライスなどと言う上等なものではない)で、夕食は水炊き(マジで水に野菜を入れただけの食事)とエキセントリックな料理を披露されて翌日の食事が恋しくてしょうがないのだった。
――妹の部屋
時間は少し遡る。
「こ、これは……」
絶対に引かなければなりません! 私の魂がそう呼びかけるキャラが実装されていました。
私はとりあえず無償チケットでガチャを引きます。しかしいつもの面子しか排出されません。しょうがないので少しだけ、魔法のカードの頼りになりましょう。
スクラッチを削って出てきたコードを入れて課金をします。さて、石を買ってと……
回しますよ……
「はぁ……」
私は深いため息をついていました。残念ながら課金カードを使っても目的のキャラは出てきません。
「これ……使いましょうか……絶対不味いですよねえ……」
分かってはいます……デビットカードというブーストを与えればわざわざコンビニにプリペイドカードを買いに走る必要も無く課金をすることができます。しかしこのカードは生活費に……
「ちょっとだけ……ちょっとだけです……」
私はその日、結局天井まで回す羽目になったのでした。




