妹と兄と或る休日
その日は休日であり登校の必要も無い俺はだらけきっていた。
「お兄ちゃん! だらしないですよ!」
睡のお小言が耳に響く。俺の脳はそれを右から左へとスルーしていく。休日にだらけなくっていつだらけると言うんだ、休日こそ合法的に堕落できる素晴らしい日じゃないか。
「お前もだらけていいんだぞ? そんな風に毎日を必死に生きてたらその内心が折れるぞ」
俺も小学中学と必死に生きてきたがその中で分かったことがある。休日は休めと言うことだ。
せっかく一週間に二日だけだらけても良い日が存在しているのに、その日にせせこましく働くなど馬鹿げている。
「まったくもう……お兄ちゃん? 私がだらけたらお兄ちゃんがどんどんダメ人間になるでしょうが!」
「そう言うなよ……今度のテストまでちゃんとノートをとっておいてやるんだからそのくらいチャラにしてくれよ」
しかし睡は不満そうだ。
「はぁ……じゃあお兄ちゃん、一緒に買い物に行きましょうか? そのくらいは付き合ってくれるでしょう?」
「しょうがないなあ……」
まあ買いたいものもなくはないし、そのくらいはいいかな。
「財布取ってくるから待っててくれ」
「はーい」
俺は自分の部屋に戻って机の上にある財布をポケットに放り込む。後は……引き出しを開け頭痛薬のストックを確かめる。ここのところよく使ったので減っていないだろうか?
アスピリン……よし。ロキソニン……もいいな。
PLとセデスは必需品ではないし急ぐこともないだろう。後一回分くらいはそれぞれ残っている。
そして俺は悩みの種に目をやる。机の上には歪んだUSBーCのケーブルが転がっている。この前ACアダプタに刺さっているものを寝ぼけたまま踏みつけてコネクタが曲がってしまった。
micro-USBに比べて耐久性があるそうだが、アダプタに固定されたまま横向きに全体重をかけられるほど頑丈ではないようだ。
困ったことにType-Cのケーブルは少々お高くなるので買いに行く気が起きなかった。AtoCケーブなら安いが5Vしか流せないため充電用にはCtoCのケーブルが必須となる。
財布の中身を開けて確かめる。千円札が五枚ほど入っていた。安いものではないが買えなくはない程度の経済状況だ。口座から引き出すのは気が重いがこれだけあれば現金で買ってもしばらくは持つだろう。
ちなみに怪しいケーブルならお安く売ってはいるのだが、20W以上を流すケーブルを怪しいもので済ませてしまうほどの度胸はないため国内でまあ一般的と言える店で購入することにしている、AtoCケーブルなら100円ショップで売っているのだがPD対応ケーブルとなるとそうもいかない。
「おにーちゃん! まーだでーすかー?」
おっと考えすぎたらしい。財布を持ってスマホをポケットに入れて睡の元に向かう。
「で、お兄ちゃんが買いたいものってなんですか? 私と一緒に買いたいものなんですよね?」
「ん……USBケーブル」
「は!?」
「だからケーブルだよ、CtoCのやつ、アレは高いから買うの渋ってたんだがそろそろ予備が無くなりそうなんだ。ストックに一本そこそこの長さのやつが欲しい」
睡は心底呆れたようにため息をついて俺に言う。
「お兄ちゃんはデートでそんなものを買うんですか……ロマンのカケラもありゃしないですね……」
「妹と買い物に行くのにロマンも何もないと思うが……」
「そーいうところですよ?」
睡はため息をついて俺の方を眺めて顔をそらす。
「ま、しょうがないので付き合ってあげますよ!」
こうして俺たちは休日に家電量販店に来ていた。通販でもいいのだが、最近Amazonでも某国産の見返り付レビューが増えているらしいのであまり信用がならない。ケーブル自体がゴミというのなら諦めもつくが、何しろ繋ぐものが十万を超えるのだ安易な方に走って過電流でも流れてしまうと目も当てられない。
俺はAnkerの製品を探して比べてみる。国産でもいいのだが多少高い。Ankerレベルなら極端なハズレ品はまず無いのでその辺が妥協のしどころだ。
「はぁ……」
なんだか後ろからため息が聞こえるがそんなことより値札と長さを調べてみる。二メートルあればまず大丈夫だが、オーバースペックかもしれない。
とはいえ……
「二メートルの次が一メートルか……」
できれば1.5メートルを用意して欲しいのだがこの店には無いようだ。皆通販をしているのか、県庁所在地まで出向いているのか、あるいは妥協しているのかは知らないが、この店に無ければかなり遠出をする必要がある。
必要な物を買うためなら遠出くらいは構わないが、電車代込みで考えたとき二メートルケーブルを買った方が安いという現実がある。
とんでもなく安いものがある秋葉原や日本橋ならともかくとして、この地方都市ではわざわざ出向くよりも多少高くても買った方が安上がりになる。
「あーもう! お兄ちゃんはじれったいんですよ! これが欲しいんですね?」
睡が二メートルの方のケーブルの箱を掴んでレジに持っていった。俺はそれをポカンと眺めている。
「はい、お兄ちゃんへのプレゼントです! というかせっかくのデートをケーブル選びに時間消費されたらたまったものじゃないんですよ? お兄ちゃんももう少し空気を読んでください!」
そう言って睡にケーブルの入ったビニール袋を渡される。
「ええっと……代金は……」
俺が財布を探ろうとすると睡がその手を止めた。
「お兄ちゃん! この近くのカフェで一杯奢ってください! それでチャラにします!」
「いいのか?」
「ええ、そのくらいは構いませんよ。お兄ちゃんとデートっぽいことがしたいですしね」
こうして俺たちは近所のメニューの量が大きいことで有名なカフェに来ていた。俺はアイスコーヒーを、睡はアイスティーを注文した。
「お兄ちゃんはデートって知ってますか?」
「所謂ところの逢い引きだろう? それがどうかしたか?」
「いえ、言葉の定義を聞いたのではないのですが……お兄ちゃんは他の人が相手でも家電屋で過ごそうと思うんですか? しないでしょう!」
「いや、そもそもお前くらいしかあんなとこに付き合ってくれるやついないしな。USBPD対応のスマホだってAtoCケーブルで充電してるやつが結構いるんだぞ? そんな中対応ケーブル買いに行くからなんていったら百円ショップで買えるじゃんって言われるぞ?」
睡はしばし考え込んでから頷いた。
「まあお兄ちゃんに付き合えるのが妹の私だけってことですね? それはそれは……まあ、今日のところはその言葉で許してあげましょうか」
なんだかよく分からないが、睡の方もなんとか納得はしてくれたらしい。俺はアイスコーヒーをぐいっと飲み干してケーブルを眺める。しっかりとした箱に入っており安くはなかったはずだ。
そう思うとここの会計くらいは……と思って伝票を手に取って眺める。コーヒーと紅茶で千円以上の金額が書かれている。結構いい値段だとは思うが、睡が機嫌を直してくれるなら安いものだ。
「睡……」
「なんですか?」
「ありがとな……」
睡が紅茶を喉に詰まらせたのかゲホゲホと咳き込む。俺の方にも紅茶が少し飛んできた。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですけど……お兄ちゃん、デレるんならもうちょっとフラグを意識してくれませんかね……? こういう唐突なのは心臓に悪いです」
「?」
「ああ、分かってないですね。まあいいです……もう会計にしましょうか」
俺はレジで代金を支払って先に出ていた睡に合流した。
「ねえお兄ちゃん?」
「なんだ?」
「今日くらいはこのくらいいいですよね?」
そう言って俺の手をギュッと握ってきた。いつものことだが、それよりはかなり力が弱かった。いつもの絶対に離さないという意志が無さそうな力の弱さだった。
「ん、いいかな」
俺はその手を握り返して二人きりの帰り道を進んでいった。なんだか夏が過ぎているというのに俺の頭はぼんやりと温かかった。
――妹の部屋
「お兄ちゃんの馬鹿……」
まあ確かにお兄ちゃんも最後にはデレてくれましたよ? でももう少し早くにそうしてくれたっていいじゃないですか!
電気屋に行くまでなんて手も繋いでなかったんですよ!
私はどうにもならない感情と、愛情の塊を抱えたまま、休日だというのに全く休めた気がしませんでした。




