兄と妹と偏頭痛
俺はその日、朝も早いうちにのたうち回っていた。時々あるんだよな……
そう、俺を悩ませているのは頭痛だ。現在、頭が割れるようにいたい、まあ割られた経験が無いのであくまでも比喩表現ではある。
この『頭が割れるようにいたい』と言っている奴の中に実際に頭を割られた経験のあるやつが一人でもいるのだろうか? 頭が割れても生きているなら結構なことだ。
俺はとりあえずこの頭痛を治めるために引き出しを漁る。ピンクの錠剤と白い錠剤、どちらを使うかしばし悩んだ。
俺はこの日はなんとなくアスピリンの気分だった。ロキソプロフェンナトリウムの錠剤は二錠で飲むのがデフォになっていてすっかりジャンキーっぽくなっていたので、たまには趣向を変えてアスピリンを使うかと決めた。
「げぇ…………」
やはり純正は錠剤のサイズが大きく飲んだ感が非常にきつい。500mgならもうちょっと小さくもできそうなものだがそんなものを作る気は全く無いらしい。
俺はとりあえず飲んだがすぐには効かず頭痛を抱えたままキッチンに向かう。
今日の学校は無理だな……
とにかく頭が痛かった、ズキンズキンと脈打つように疼痛を伝えてくる。偏頭痛は遺伝なのだろうか? なんにせよ今日はまともな行動は取れそうになかった。
キッチンにつくと睡がテーブルに突っ伏していた。
「おい、どうしたんだ?」
食事の用意が無いあたり非常事態なのを伝えていた。コイツは意地でも食事を作るのが生きがいになっているからな。
「あ゛……お兄ちゃん……ちょっと頭が痛くって……」
「お前もかよ……」
「お兄ちゃんもですか……? 奇遇ですね」
「全くもって嬉しくない偶然だがな」
俺は冷蔵庫を開けてストックしているゼリードリンクを二つ取り出し、片方を睡の前に置いた。
「とりあえずコレ飲め、頭痛薬は持ってきてやる。希望はあるか?」
睡は顔を伏せたまま答えた。
「お兄ちゃんの持ってる奴で一番効くやつをお願いします……」
どうやらかなりキツそうだ。ロキソプロフェンか、アスピリンかだな。胃に優しい成分は要らないだろう。
俺は部屋に戻る、イブプロフェンやアセトアミノフェン等の無難なあまりキツくない痛み止めにしておきたいところだが、俺の状態を考えるに睡の方も相当な状態だろう。
俺は多少体に悪かろうが、今痛みを取り去れる方がいいと思う。我慢すれば次の日には痛みはないのかもしれない、弱い痛み止めでも我慢くらいはできるのかもしれない。
でも俺は睡に苦痛を感じて欲しくはないのでアスピリンを選択して一錠はさみでシートから切り取り持っていった。
キッチンでは相変わらず睡が机に突っ伏しているものの、俺が着たのが分かると体を起こした。
「お兄ちゃん……持ってきてくれたんですか?」
「ああ、コレ飲んどけばとりあえず大丈夫だろう」
そう言って睡に一錠渡してコップ一杯の水を隣に置く。
睡は即座に錠剤をシートから取り出し水で流し込む。
「おっと……俺は欠席の連絡を入れてくるな、お前も今日は休め」
「そうですね……さすがにこの状態で学校とかキツいですし」
それを聞いてから電話をかけた。欠席はあっさりと認められて少し拍子抜けした。まあ体調が悪いと言われれば断ることもできないか。
「お兄ちゃん、欠席は大丈夫でしたか?」
「ああ、お大事にって言われたよ」
「それはまた随分とお優しいことで」
俺はソファに横になった。
「そういえばお兄ちゃんも休むんですか?」
俺は素っ気なく答えた。
「お前、自分と同じくらいキツい状態の奴に学校に行けって言うのかよ」
「それもそうですね」
まったく……兄妹だからって頭痛まで同じように遺伝させる必要も無いだろうに、運命というのはなんとも酷いことをする。
俺はぐらぐらする頭をなんとかハッキリさせる。あまり気分のいいものではない。
「睡、そっちはどうだ? 薬で良くなったか?」
睡の方からは泣きそうな声が返ってきた。
「まだですね……そんなすぐ頭痛薬は効きませんよ」
それもそうか、俺は痛む頭と意識を抑え込んで意識を眠りの淵から突き落とした。
そうしてしばらく、いくらばかり眠っていただろうか? 俺はソファの上でなんとか目を覚ました。
そして意識がハッキリしてくると頭の後ろに柔らかいものが当たっていることに気がついた。気がついたのだがそれが何であるかハッキリしない。
体を起こして後ろを振り返ると睡の顔があった。
「え!? 睡!? 何をやって……」
「膝枕ですよ?」
「それは分かるが……え? お前頭痛は?」
「そりゃあ薬で良くなりましたよ! というかお兄ちゃんはあんな薬を常用してるんですか? 体に悪いと思うんですが……?」
「薬なんて多少なりとも体に悪いもんだよ、飲んでりゃ慣れる、それよりなんで膝枕なんだ?」
「いえ、頭痛がよくなったのでお礼にと思いまして……」
お礼ってなんだっけ? そんな言葉に対する意味を考えさせられる出来事だった。
「一応お礼は言っておくよ、ありがとう」
「いえいえ、お気になさらず」
外を見ると日が傾き始めている。もう夕方になってしまったようだ。スマホを取り出して睡眠トラッキング機能を呼び出してみる。今日の一日の大半が睡眠状態になっていた。
やってしまった……これをやるとその晩眠れないんだよなあ。
こうなるから横になっても寝ないように我慢していることが多いんだが。
「お兄ちゃん?」
「いや、何でもない。それよりお前の頭痛の方はいいのか?」
「私の方は昼頃にはすっかり良くなりましたね。もっとも、自分しか食べる人がいない食事は作る気がしなかったのでゼリードリンクで済ませましたが」
「お前はもうちょっと自分を大事にしろよ」
睡は胸を張る。
「私はお兄ちゃんの関係ないことは大概どうでもいいんですよ!」
「偉そうにいうことじゃないからな?」
自分を大事にするという概念は俺の妹には無いらしい。
「じゃあ夕食にしようか?」
「そうですね! お兄ちゃんもさすがに晩ご飯は食べるでしょう?」
「ああ、昼を抜いたせいで腹が減った」
「よろしい、ではラーメンでどうでしょう?」
「オーケー何をすればいい?」
「お兄ちゃんができること……ふむ……」
「いや、そこでそんなに悩まないで欲しいんだが……」
俺に料理の才能が無いからって何かできることくらいあるだろう……多分。
「じゃあ食器の用意でもしてもらいましょうかね」
「分かった」
どうやら意地でも調理の方には関わらせたくないらしい。自信を無くすなあ……
そうして出来上がったラーメンは昼を抜き、アスピリンで痛めつけた胃には大変しみる美味しさなのだった。やはり空腹こそ最強の調味料だな。
まあ……そこに『妹が作った』というのも加味されるのだが、言うと調子に乗りそうなので黙っておいた。
夕食を終え、食器を片付けてその日は終わったのだった。
あまり褒められた生活ではないのだが俺にはそれでも満足のいくものだった。
――妹の部屋
「セーフ! セーフです! お兄ちゃんには何も気がつかれていません!」
いやー危なかったですね……お兄ちゃんが寝ているものだからつい魔が差したじゃないですか。
まあ……記録に残したくないこともやってしまいましたが、お兄ちゃんが気づかなければ全く問題は無いわけですね!
私ほどスニーキング能力に長けていればお兄ちゃんに気付かれずにいろいろしてしまうことだって可能なわけですね! さすが私!
私はその夜、解熱鎮痛剤を飲んだというのに体が火照ってしょうがないのでした。




