妹とカードゲーム
「お兄ちゃん! コレで勝負をしましょう!」
そう言って休日の朝から俺に突きつけてきたものはトランプだった。
「別にいいけどさ……どーせまた何か賭けるんだろう?」
「おや、お兄ちゃんにしては察しがいいじゃないですか!」
睡は大仰にそう言う、やはりタダで勝負をしようというわけではないらしい。
「まあ退屈してたしいいだろう、で、何を賭けるんだ?」
多少の賭け事は人生の楽しみだと思う。最近ではめっきり少なくなったがカードゲームの漫画では平然と賭け勝負が行われていた。その頃の感覚からすれば大したことだとは思わない。
「では、お兄ちゃんが負けたら私に膝枕をしてください!」
「俺が勝ったら?」
「そうですねー……夕食のお肉を二倍にしましょう!」
「乗った!」
最近健康的な食事が多いせいでたんぱく質が物足りなく感じていたところだ、その条件は美味しい。
負けても大したデメリットでもないので勝負しない理由も無いだろう。
「で、勝負は何にするんだ? ババ抜きか? ブラックジャックか? ポーカーか?」
「んー……じゃあババ抜きで勝負といきましょうか!」
「おーけー、早速始めようか」
俺がカードを切ってそれを睡に渡してカードを切る。さすがに積込は無いはずだ。事前にチェックしてみたがどこにも不自然なところはなかった。
そうして俺たちにカードは配ることになる。睡は自信があるのかカードを配る役目を俺に任せた。
交互にカードを置いていく、どこにも違和感はない。正々堂々とした勝負をするようだ。
「じゃあ始めましょうか、準備はいいですか?」
「もちろんだとも!」
そうして俺たちに戦いに火蓋が切って落とされた。
まずはペアを片っ端から捨てていく。二人で勝負をする場合、ラストでジョーカーを押しつけ合う勝負になるので序盤の捨て札の量はあまり関係ない。
「じゃあお兄ちゃんから引いてくださいね?」
「わかったよ」
睡の方から一枚を取る、ダイヤの9、ペアが揃って二枚捨てる。
睡が引いたのはスペードの3、俺が持っていないカードなので睡の方でペアが揃い二枚捨てられる。
「なあ……思ったんだけどさ……」
「なんですか?」
「二人でババ抜きをすると結局ラストまで差がないんじゃないか?」
片方が持っていないカードならもう一人の方で揃ってしまう。つまり二人で勝負をすると最後の最後まで関係ない茶番をする必要があるはずだ。
「お兄ちゃんは細かいことを気にしすぎですよ? 細かいことにこだわる人は長生きできないんですよ?」
「いや……緊張感の欠片もない勝負になるじゃん」
睡は面白そうに笑う。
「まあ最後のジョーカーと一枚で勝負をしてもいいんですがね? ま、そこまでの過程が楽しいっていうのもあるじゃないですか」
謎理論によって勝負は続くことになった。どんどんカードは捨てられていき、あっという間に俺がラスト二枚、睡がラスト一枚となった。
「さて、ここからが本番ですよ!」
睡は俺から一枚を取る、それはジョーカーだった。
「ちっ」
舌打ちをしてシャカパチをする睡、あまり行儀が良くないと思うのだがこの手のカードゲーム仕草をどこで覚えたんだろうか?
「ではお兄ちゃん、どうぞ!」
睡から差し出されたのは二枚。試しに手を伸ばしてみたのだが、睡の表情には一点の揺らぎもなく静謐さを持ってどちらに手の向けても僅かばかりも動くことはなかった。
俺は少し悩んで一枚を取る。ジョーカーだった。どうやらもう一回勝負することになるようだ。
「ふっ……お兄ちゃん! 甘いですよ!」
俺から睡はスペードのAを引いてペアを捨てる。くそ……負けたか……
「じゃあお兄ちゃん! 膝枕をしてください!」
「はいはい」
俺はテーブルを離れてソファに座る。即、睡が俺の膝の上に頭をのせてきた。
「ふぇーー……極楽極楽……」
とても満足そうに俺の植えに寝転ぶ睡を俺は適当にあしらいながら、テレビのリモコンを使ってYouTubeを流す。
のんびりした時間が流れていく、しばらく経ったらもうすでに睡は眠っていた。
カチャン……
ソファの上に睡のポケットから出ていたものが転がる。なんだ……?
ソファ間に挟まったそれを取りだしてみると、それはポケットサイズのカッターだった。
「ん……お兄ちゃん? どうかしましたか?」
「睡、ちょっとトランプを確かめていいかな?」
「ふぇ!?!? なんでそんなことを!? 勝負はもう着いたんだからいいじゃないですか!?」
露骨に慌てるやつだ。俺はさっき睡のポケットから落ちたものを突きつける。
「じゃあこれを持ち歩いていた理由を教えてくれるかな?」
「ふぇ!? 何故それを!!?」
「大層都合の悪いものらしいな?」
分かりやすい奴だ。
「いいえ、ちょ……ちょっと図工の宿題がありまして……!」
「高校に図工の授業はねえよ!」
俺はテーブルの上にまだ散らばっているカードを集めてそろえて指を滑らせてみる、すると上下の部分に不自然な引っかかりがあった。
そのカードを取り出してみるとジョーカーの一枚で、よく見てみると上下に細かく傷が入っていた。
「睡……これはどういうことかな?」
「な、何のことでしょうね?」
「イカサマは良くないって知らなかったのかな?」
睡は土下座をして俺に謝った。
「ごめんなさい! ちょっと勝ちたかったので! 大変反省はしています! していますから嫌いにならないでください!」
「はぁ……分かったよ。どちらにせよ気づかなかった俺も俺だしな……」
イカサマは気づかなかった方の責任だ。こんな初歩的なトリックなんて気づいてしかるべきだったものを見逃した俺にも問題はある。
俺はソファに座って膝をぽんぽんと叩く。
「ほら、もうしばらく膝枕くらいならしてやるから寝てろ」
睡はポカンとしてから驚きの表情に変わる。
「いいいいいいんですか!? 私はちょっとだけイカサマをやったんですが……」
「負けは負けだよ、確かに褒められたことじゃないけどここまで分かりやすいトリックに気がつかなかった方も悪い、それと……」
「それと?」
「どうやったのかは知らないが気づかれないように細工をする手際の良さは敬意を払うよ」
俺はまったくイカサマに気がつかなかった、それも問題だが睡が俺に気取られることなくイカサマをやってのけたことは確かにすごかった。
「やった! だからお兄ちゃんは好きなんです!」
そう言って俺の膝の上に寝転んだ。俺は柔らかな感触を膝の上に感じながらカードについた傷を眺めていた。
なお、その夜のカレーは肉がいつもに三倍くらい入っており、大変美味しかったので俺は文句を付ける気も失せたのだった。
――妹の部屋
「ひゃっっっほうううううういいいいいいいいいい!!!」
お兄ちゃんは優しいですねえ! これはまた勝負を仕掛けるのもアリですね!
私は後頭部に感じた膝の感触の記憶を楽しみました。お兄ちゃん相手にあまり誠実とは言えないことをしましたが、お兄ちゃんは度量がありますね!
今日のいい思い出を私は忘れることができそうにありませんでした。
そして私はその晩、配信サイトでカードゲームアニメを深夜まで見続けたのでした。




