妹とネット環境の強化
「お兄ちゃん! コレをルータに繋いでくれませんか?」
そう言って睡が差し出してきたものは四角くて白い箱状のものだった。
俺はそれを裏表にひっくり返して眺める、ほぼ真っ白の箱に色がついているのはイーサネットポートくらいだった。
「アクセスポイントってところか……?」
睡は嬉しそうに頷いた。
「ご名答! ハイエンド品ですよ!」
そう言ってドヤ顔でそれを差し出してくる睡、おれは少し悩んで受け取った。
「ではお兄ちゃん! 設定よろしく!」
「設定は俺任せなのか……」
「じゃあお兄ちゃん! パスワードが決まったら教えてくださいね!」
そう言って嵐のように俺の部屋から去って行った。俺は見覚えのあるコレを手に持ってどうしたものかと悩んだ。
「持ってるんだよなあ……」
そう、現在使っているC社製のアクセスポイントだが、睡が渡してきたのはそれの別バージョンなのだ。多少出力に差があったりはするが、基本的なスペックは一緒でIEEE802.11acのみ対応、スマホで設定可能、PoE対応、何から何まで現在使っているものと同じスペックだった。
ルータもC社製でそろえているのだが、睡はその事をさっぱり知らなかったらしい。
「せめてWi-Fi6にでも対応してれば使い道があるんだけどなあ……」
コレを繋いだところでルータのポートが一つ塞がるだけで大した意味は無いのだが……まあ本人が満足するなら繋いでおくか……
俺はイーサネットケーブルをルータから引っ張ってきて挿し、ACアダプタを繋いだ。PoEについてはインジェクタを持っていないので使えない。
端末の管理はクラウド上で行うのだが、もうすでにアカウントは持っている。
新しいデバイスの登録を行う。アカウントに追加登録なので新規登録よりは難易度が低い、低いと言ってもそもそもこのメーカーにしては日本語対応だったり新規に優しい仕様の製品ではあるのだが。
さて……設定をしておくか。
登録したデバイスのSSIDとパスワードを設定する、RADIUS非対応なのでユーザによって別のパスワードを設定することはできない。まあ使うのが睡だけなので全く問題無いのだが。
俺のアプリから一通りの設定を済ませるが、コレはスマホで設定をするんだから睡が自分のスマホで設定をするべきなんじゃないだろうかと思う。睡にも設定できるくらい簡単にできているというのに……メーカーの人はこれ以上簡単にするのも難しいし頭を抱えそうだな。
個人的にはYAMAHAで統一したいところだが、如何せん流通にのってくれない。エンドユーザーが使うことができないのが欠点だ。RTX1220などは値段も高いがそれ以上に売ってすらいないという致命的な欠点がある。
秋葉原クラスの電気街をローラー作戦で回れば見つかるのだろうが、地方の宿命でありそんな電気街など存在していなかった。
さて、設定は終わったし睡に報告しておくか……
部屋を出て睡の部屋に向かいノックをする。
「睡、設定終わったぞ」
「はーい!」
パタパタと睡が出てきた。
「お兄ちゃん、パスワードを教えてもらえますか? 接続先は“NEMU-WIFI”であってますよね?」
「ああ、IDは分かりやすくしておいた。パスワードは******だ」
「了解!」
睡はスマホを取り出して接続を始める。これといって難しいところはないだろう。
それはともかく、聞いておきたいことがあった。
「しかしまたなんでこんな物買ったんだ? 普通は家庭用に買うものじゃないと思うんだが……」
「ふっふっふ……アレは通信の管理ができるらしいんですね……つまりお兄ちゃんがどこと通信しているかも……ふふふ」
そう言ってニヤニヤしているのだが、俺は自分用のAPを持っているし、そもそも俺のアカウントに紐付けてしまったので、睡から使用状況を覗くことは出来ないのだが……言うと絶対面倒なことになるやつだよなぁ……
昔の人曰く『沈黙は金』だと言われているのでそれに習って俺は余計なことを言わないことにした。一応こっそり覗きたいという程度には隠しておきたいことだろうし、俺に俺の監視方法を聞くようなマヌケなことはしないだろう。
ちなみにSSLを使われるとどこと繋いでいるかくらいは覗けるが、何をやりとりしているかはちゃんと隠される。つまり俺が使おうと大事なところは覗けないようになっているのだ。
「睡が俺の通信を覗いたりしないって信じてるからな?」
「え……ええ……もちろんですとも!」
念のため俺に監視方法を聞かれないように釘を刺しておいた。コレで俺に使い方を訊くようなことはしないだろう。
俺は部屋に戻ってルータの設定をする。念のため睡のアクセスポイントを設定で隔離しておいた。区分を切っておけば睡のAPに接続したデバイスしか覗けない。やり過ぎかもしれないが気をつけるにこしたことはない、俺だって覗かれたくない通信はあるからな、プライバシーってやつだ。
さて……問題が一つある。俺は睡の通信をある程度覗けてしまう。何しろ俺のアカウントに設定してしまったからな……
俺はしばし考えてから、当面の間設定アプリを開くのをやめようと決めた。睡が俺を覗かない以上俺も睡を覗かない、対等な関係だ。
俺はiPhoneのアプリをそっとフォルダの奥深くに移動しておいた。見えなければ気になることもないしな。
そうして夕食時になったが睡はスマホを見ていたのか目が充血していた。そこまで監視に必死にならなくてもいいだろうに。
「睡、ネットは早くなったか?」
一応聞いておく。同系列の機種だが回線速度に影響が出たかもしれない。
「うーん……変わんないですねえ」
ac規格で通信しているんだからやはり変わらんか。しかし睡も買う前に相談してくれればいいのにな。
「なあ、Wi-Fiにそんなにこだわらなくてもいいんじゃないか? お前のスマホの契約は無制限プランだろ?」
一応睡にも監視以外に回線の質を上げたいという理由だってあるだろう。しかしウチはちゃんと4Gの電波が届いている、実用上それほど問題は無いだろう。
「まあそうなんですけど……知ってますか? 同一回線で通信するとトラッキングが同じ人と誤解することがあるんですよ?」
「ええと……どういう意味だ?」
「つまり私とお兄ちゃんが同じ回線を使えばお兄ちゃんの趣味に合わせたコンテンツが表示される可能性があるわけですね!」
「お前本当に……まあいいや」
あきれ果てて俺は食事を片付けたのだった。
ちなみに動画サイトで妹モノアニメの切り抜きが何故か最近表示されることとの関係性について考えるのはやめておいた。
――妹の部屋
「わっかんないですねえ……」
お兄ちゃんの趣味が分かると思ったのですが……どうやって設定を覗けばいいのでしょう……
私は慣れないことはするものじゃないという、基本的なことすら分かっていなかったのでしょう。
私はそのアクセスポイントの代金数万円を勉強代として納得することにしました。それにしても多少金額が多い気はするのですがね。




