休暇は終わった!
「お兄ちゃん! 朝ですよー」
やかましい妹の声が俺の部屋の前から響いてくる、あと五分くらい寝たいんだがな……
「お兄ちゃん? もしかして今日も休みだと思ってます?」
!? 今日から平日じゃねえか!?
俺はベッドから飛び起きて時計に目をやる、午前七時半を指している。どうやら寝過ごしてしまったらしい。
「悪い! 今から行く!」
俺としたことが、睡に説教しておいて自分が休みの終わりを忘れていたなど笑い話にもなりゃしない。
急いで制服に着替えて部屋を出て顔を洗って目を覚ます。やれやれ、面倒な授業がまた始まるのか……
少し憂鬱な気分になりながらキッチンに向かう。椅子に座って目の前のトーストに手早くバターをたっぷりと塗って口に入れる。
「お兄ちゃん、急ぎすぎです。まだもう少し時間はありますよ」
時計を見ると40分を指していた、ふむ……もう少し余裕があるな。俺は紅茶を飲みながらテレビを眺める、変わらないありきたりなニュースを見ていると再び眠気がやってきた。さすがに寝るわけにはいかないのでテレビを消してインスタントコーヒーを一杯入れた。
「お兄ちゃん、私にも一杯」
「はいよ」
二つのマグカップに粉を入れ、ポットから湯を注ぐ。ドリップほど美味しくはないが眠気覚ましに味を求めることもないだろう。
持っていこうとしたところで睡のカップに砂糖を入れるのを忘れたことに気づき三本のスティックシュガーを入れる。アイツは絶対認めないが、俺はアイツがブラックコーヒーを飲めないことを知っているので砂糖を多めに入れておく。ミルクはいかにも飲めないのを無理している感じがして嫌と言うことなので、見た目の変わらない砂糖を多めに入れて苦さを誤魔化してやる事になっている。
「ほら」
「ありがとうございます」
ピンク色のマグを睡の前に置いて登校前の一時を過ごす、睡は平気な顔をしてコーヒーを飲んでいるが、無理をしているのが顔のそこかしこから予想がついて気の毒になった。
ピピピ
スマホのアラームが鳴る、どうやら登校時間になったようだ。俺はマグをシンクにおいて水に付けておく、睡もカップを流して水に浸して俺に向き直る。
「じゃあお兄ちゃん、行きましょうか!」
こうして俺たちは久々の登校となったわけだが、当然のごとく家を出るなり重が挨拶をしてきた。
「おはよう、誠も睡ちゃんも久しぶりね?」
「そうだな、あんまり休みの間会わなかったもんな」
「別に無理して会いに来なくてもいいんですよ?」
「あらあら、睡ちゃんは私に負けるかもしれないって思ってるの?」
「はぁ!? 負けるってなんですかね? 私は常勝無敗ですよ?」
睡が半ギレでそう言い返す、この二人はなんだかんだ言っても仲が良いのだろう。軽口を言い合っているが本気で絶交するようなことはない。
俺は構わず歩を進めると睡が後からついてきた。
「さあお兄ちゃん! 行きましょう!」
そう言って腕と腕を絡めてくる、それを見ていた重が呆れ顔で言った。
「そうやってベタベタしてるから彼氏の一人も出来ないのよ?」
「私にお兄ちゃん以外が必要だとでも?」
言っても無駄だと察したのか重もそれ以上は言わず俺に近寄って歩み出した、ちなみに必要以上に近寄ると睡が警戒するので多少距離を取っている。
「えへへ……こうしてると恋人みたいですね!」
「お前の恋人は周囲に喧嘩を売るのが得意なのか?」
そんな愚痴も聞いていないようにどんどんと進んでいく。そうこうしているうちに学校が近づいてきた。
「そろそろ離れろ、学校が近い」
「いーじゃないですかー! たまにはこのまま登校しましょーよ!」
「勘弁してくれ恥ずかしい……」
少しムッとしたように睡が反論してきた。
「お兄ちゃんは兄妹の仲が良いのを恥ずかしいと思うんですか?」
「いや、仲が良いとかそういう問題じゃなくて……」
そこに重が割って入った。
「はいはい、学校での立場ってものもあるんだから二人とも離れた離れた!」
「ちぇ……」
睡はやはりとても不満そうにしているが、とりあえず普通の高校生活が送れそうで安心する。
教室に入ると取り立てて注目されることもなく席に着くことが出来た。どうやらいつものことと認識されているらしい。それがいいことなのかはさっぱり分からないのだが。
教室に担任が入ってきてHRが始まる。
「お前ら、良くゴールデンウィーク何事も起こさずに済ませたな! 褒めてやるぞ!」
見た目二十代の女教師がそういう、どうやら本気で俺たちが手間をかけさせなかったことを安心しているらしい。ゲスい発送だが事なかれ主義というのは嫌いではない。
「じゃあ今日の英語は休み明けの小テストが入るから心するように、あ! 他にも何人か小テスト考えてた先生もいたぞ。精々頑張れよー」
そういって教室から出て行ってしまった。突然のテスト宣言に教室は悲嘆に暮れる羽目になっていた。俺たちは復習もやっていたのでその範囲から出るだろう問題も予測済みでそれほど慌てることは無かった。
もっとも、俺と睡が張ったテストのヤマを延々クラスメイトに聞かれるのには嫌気がさしたものだが……
それからしばらく小テストや、復習の質問が授業に入り、その度に皆面倒くさがりながらも答えていった。なぜ教師というのはこうも生徒の裏をかくのが好きなのだろう? あるいは嗜虐趣味でも持っていないと教師など出来ないということなのかもしれない。
全部の授業が終わった後、HRにて先生から『家のクラスは割と成績が良かったみたいだぞ、お前らよくやったな!』という有り難いお言葉を頂いて、ようやく帰ることができるようになったのだった。
「睡ちゃん、ちょっと分からないところが……」
「ここ教えてー!」
などと大人気だった睡を置いて帰ろうとしたが、むき出しの殺気を感じたので一緒に帰ろうと誘ってようやく安心することが出来るのだった。
当然重も一緒に帰ることになったのだが、このことについては多少睡が不満らしく『お兄ちゃんと二人じゃないなんて……』などと愚痴っていた。
「しかし……あなたたちまともに勉強してたのね? てっきりイチャついてて勉強なんてしてないかと思った」
「失敬な! 私たちはいつもパーフェクトに勉強してますよ!」
「はいはい、出来れば私もご一緒したいものだけど」
「むう……」
睡はそれに威嚇で反応した。
「ま、それは追い追いって事で、今日はありがとね、助かったわ」
重は俺たちにお礼を言って別れたのだった。
帰宅後睡は久しぶりの登校で疲れたのか、ソファに倒れ込んでしまい、俺が夕食のカレーを作るまで起きてこなかった。
そうして夕食を食べた後、お風呂に入ってようやくゴールデンウィーク明けの一日は終わったのだった。
――妹の部屋
「ふぇええ……お兄ちゃんと久しぶりの登校ですね……」
私は身体の奥が熱くなってきます。お兄ちゃんと一緒だと何でもかんでも楽しいのが困ります。世間一般で苦行とされていることですらお兄ちゃんと一緒なら文句の一つもありません。それが一般的なことではないのかもしれませんが、私は確かに満足しています。
私は意識が落ちていく中でお兄ちゃんのぬくもりを感じながら暗闇に落ちていきました。