星屑の降る夜
「わあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!??????? うわあああああああああああああああああんんんんん!!!!!!!」
俺はついつい長い叫び声を上げてしまう。
バタン
「お兄ちゃん!!!! どうかしましたか!?」
睡が俺の悲鳴に飛び込んでくる。
「ああ、睡……睡ぅ……」
俺が睡に言葉にならない言葉をあげていると睡は訝しげな目で見てくる。
「ちょ!? お兄ちゃん!? どうしたんですか!? いつもは動じたりしないでしょうが!」
俺も少し冷静になって睡に説明をしようと漫画雑誌を突き出す。
「なになに……『星のカケラ、次号完結』? コレがどうしたんですか?」
「どうかしたんですかじゃねえよ! この漫画一巻から全巻コンプしてるんだぞ! 最終回なんて耐えられないだろ!?」
睡はしかし澄ました顔を崩さない。まるで他人事のようで興味なさそうにしている。
「お兄ちゃん、漫画が一つ完結したくらいでわあわあ言わないでくださいよ?」
「なんだよ! 俺は一巻からリアルタイムで本誌だって追いかけてたんだぞ! 悲しいに決まってるだろうが!」
この漫画は有り体に言えば尊い漫画だった。部活内での人間達の関係性、思い通りにいかない理不尽さ、それを乗り越えた時の達成感。そういったものを毎月読んでいたので最終回は大変堪える。
この漫画が最終回なんてあっていいはずがない、ずっと続くと思っていた、終わりなんて想像もつかなかった。漫画の中でも時間は過ぎていく、確かにキャラだって成長するんだ、永遠なんてことはあり得ない。それでも、それでも……ずっと続いて欲しいと願ってしまう。
「お兄ちゃん、いいですか? 始まりがあればいつか終わりは来るんです! 終わりもなく打ち切る方が良くないとは思いませんか? 完結ってことは円満終了なのでしょう?」
「そりゃあそうだけどさあ……でもやっぱ悲しいじゃん?」
「まったく……お兄ちゃんは未練がましいですよ? もうちょっと割り切れないものですかね?」
俺は終わりを望んでいない、続くなら何時までだって続いてほしいものだと思う。それが悪いことかね? ずっと続く日常、それは大変尊いものではないだろうか。
「ところでお兄ちゃん、その漫画で一番の推しキャラは誰ですか?」
「この子! 陰キャなのに頑張っててもう尊くて後輩との関係性が最高なんよ!」
「ふむ……お兄ちゃんの好みはこんな感じですか……」
睡が何やら唸っているが俺はあまり興味を持てなかった。ただただ連載が終わってしまうことを残念に思う一心だった。
「お兄ちゃん……その執着の半分でも私に向けて欲しいものですねえ……」
「お前はいつだっているだろうが、突然サ終するソシャゲや打ち切りレースやってる漫画とは違うんだよ」
睡はそれでも不服そうだった。
「お兄ちゃんが私にその情念の一部でも向けて欲しいものです。まあ私はいなくなることが無いですからね、案外当たり前のものの方がありがたさは分からないんでしょうか」
「まあ確かにお前はいなくならなそうだけどさあ……だからこそ儚いものの方が大切に思えることって無いか?」
「そりゃあありますけどね。お兄ちゃんが居れば私は大体満足なんですよ。ちなみにお兄ちゃんには私から離れるという選択肢はありませんよ?」
選択肢が無い……か。俺は結構な数の漫画が二巻完結で終わっていくのを見てきた、やはり打ち切られるというのは辛いものだ。しかし全てがずっと続いていれば作家陣が固定されてしまう。新陳代謝は必要なのだろう……
それはとそれとしてやっぱ堪えるんだわな……
どうしようもないやるせなさを感じる。限りある時間を生きている以上永遠なんて無理なことだ。
だとしても、いつか人は無限のストレージと無限の処理速度を得た脳になって無限に娯楽を楽しめる日が来ると信じている。科学はいつか有限を超えるはずだ。
「睡、アンケ書くから少し一人にしてくれるか?」
睡はやれやれと肩をすくめて言った。
「お兄ちゃんは面倒くさい人ですね、まあそんなお兄ちゃんも嫌いではありませんがね?」
「それはどうも」
「だからお兄ちゃん、お願いがあります」
「なんだ?」
「私とお兄ちゃんが死で別たれた時にはちゃんと涙を流して悲しんでくださいよ?」
「死ぬまで一緒……か……まだまだ先の話だな」
「それでも、今、約束して欲しいんですよ」
「分かったよ、それまでは一緒にいるし、別れる時は悲しむさ」
「ありがとうございます」
そう言って睡は部屋を出て行った。
俺はそれを見送ってから今月号のアンケードハガキに何を書こうか悩むのだった。
その夜の俺は悩みに悩んだ。一体何を書くべきなのだろうか? 書きたいことは山ほどある。しかしハガキのサイズは有限だ。限りあるスペースに書き込めるだけの思いを書き込んでいく。
昔、この本を読んでいる時に大変に感銘を受けたものだった。それを一つ一つ書いていてはそれこそ『余白が足りない』案件になってしまうだろう。
ボールペンをハガキに走らせる。一巻からの思いをまとめて書いていく。文章を簡潔にまとめるのは難しい。俺はそれを出来る限り実行しようとした。
書きたいことはたっぷり、余白はハガキの下半分、ここに大量の思い出を出来る限り小さい文字で書いていく。
そんなことをしていると、先ほどの睡との約束を思い出した。
俺たちもいつかは別れるのだろうか? 喧嘩別れなどは無さそうだが、死という人類誰もが不可避なイベントが待ち構えている以上いつかは離ればなれになってしまうのだ。
二年ごとに別れを繰り返す漫画のように、一生という長いスパンで別れがやってくる睡との向き合い方ももう少しだけ誠実になろうかなと反省をしたのだった。
結局、エナドリを飲みながら書いたハガキにはみっちりと文字が詰め込まれたのだった。
短文でまとめるのは長文でグダグダ書くよりよほど難しいと言うことを脳の奥深くに刻み込まれるような出来事だった。
俺はもう日も沈んだというのに即日で近所のポストにハガキを投函しておいた。お別れは寂しい、でもきっといつかまた何らかの形で会えると信じてポストにハガキを入れたのだった。
――妹の部屋
「お兄ちゃんとの約束……」
それは大変素晴らしいものです。しかしお兄ちゃんがこちらを見ていなかったことは不服です、大いに不服ですね。
まあそんなことを言ったところでお兄ちゃんの心までは奪えないのでコレが限界なのでしょう。
私もいつか、お兄ちゃんが執着してくれるような妹になりたいですね。その夜はお兄ちゃんを独占できないことで心に穴が開いたようでした。




