妹と新しいスマホ
「ふぅむ……コレはなかなか……」
睡が何やら小声でスマホの画面に声を上げている。何を見ているのだろうか? まあこの手のことは関わらないのが一番と昔から言われているので俺はしれっと無視をしようと目をそらして目の前の食事に取りかかった。
スクランブルエッグもトーストもよくできており、卵の少しの塩気がパンへの食欲をそそる。今日も何事もない平和な一日……
「お兄ちゃん! これどう思いますか?」
平和な一日とはいかなかったようだ。睡がこちらにスマホの画面を突き出してくるので、俺は嫌々その画面を見る。そこにはよくあるスマホの画像が写っていた、普通じゃないとすれば価格が100$って事くらいだろうか。
「お前……またスマホを増やす気か? いくら安いからって地雷を踏みにいくのは感心しないが」
100ドルのスマホって時点で明らかに地雷であるはずなのに、睡が表示しているサイトはAmazonではなくもちろんキャリア公式でもなく、直訳したのであろう怪しい日本語が飛び交ういかにもなサイトだった。
「ふふふ……地雷の一つや二つ踏み抜かないと物事を見抜く目はつきませんからね!」
「100ドルでAndroidがまともに動くわけないし、値段の時点で核地雷なのが目に見えてるんだよなあ……」
呆れてため息をつくものの、睡の方は掘り出し物を見つけたという気分らしく楽しげにしていた。
「そもそもその手のサイトクレカ使えないところが多いだろう? 要するにクレカ会社も『あそこはやべー』って認識だから使えないようになってるんだよ、支払い方法にクレジットカードが無い時点でヤバいサイトだって気がつこうよ」
俺の嘆願も睡は全く気にしていないようで、スマホを眺めながら楽しそうにしている。あとあと泣くことになっても知らないからな……
「ところでお兄ちゃん、一つ聞きたいのですがスペックがRAM8G、ROM128Gになってるんですけど信用できると思いますか?」
「ないな、現時点でその値段でそのスペックはまず無い。ベンチ回したら落ちるレベルのものに決まってる」
俺も遊びでガジェットを買うことはあるが一通り遊んだら捨てて構わないレベルのものしか買うことはない。日本円にして一万円を超えるものを怪しげなネット通販に頼るもんじゃない。
「ちなみに解像度はフルHDらしいです」
「もうすでにヤバい香りしかしない」
「なんと5G通信に対応!」
「やめろよ! どこからどう考えても地雷案件だろうが! わざわざ地雷を掘り起こして踏みつけるような真似をするんじゃない!」
そりゃあまあいずれ6G通信が登場して実用レベルになって半導体の集積密度が一気に増えればあり得ない話じゃない。しかし現時点で5Gすらまともに整備されておらず、ミリ波なんてほとんど飛んでないのに対応を謳うのはどう考えても危険信号だ。
「お兄ちゃんは慎重すぎるんですよ! もっとリスクをとっていかないと立派な大人になれませんよ?」
「立派な大人は地雷ガジェットを収集したりしないんだよなあ……」
「というかそんなもの買って一体何に使う気だ?」
「お兄ちゃんとのメッセンジャー用と、動画用はもうあるのでギリギリ動けばいいレベルのSNS用が欲しいんですよね」
情報が抜かれるとまでは言わないが……正直全くお勧めしないブツだった。どう言えば分かってもらえるんだろうな。
「素直にそこそこのミドルレンジ一個買ったらどうだ? それなりに使える外国産をAmazonでも売ってるだろう?」
睡はそこは否定しないらしい。分かっていても地雷に突っ込む性格は誰に似たんだろうか……
「でもせっかく安いのですし……」
言っても聞かなそうなので俺は自分の黒歴史を睡に披露することにした。
「ちょっと待ってろ、『安いもの』がどういうものなのか教えてやる」
「へ!?」
あっけにとられる睡を尻目に俺は自室へと帰り、押し入れからジャンク用の箱を取り出す。その中から安さだけに釣られて買ったものを一個手に取り睡のところへ持って行く。
キッチンでは睡が相変わらすスマホを眺めていたので、俺が一台の格安スマホを差し出す。
「なんですかコレ? お兄ちゃんのスマホですか?」
「ああ……そうだな。昔安かったからノークレームノーリターンで買った一台だ」
「へぇ……」
ジャンク品でも定期的にバッテリーの膨らみ等がないかチェックしているので充電不要で起動する。その使えないスマホがホーム画面を表示した。
「何の変哲もないホームですね……お兄ちゃんの趣味全開のアイコンが並んでるかと思ったんですが」
俺だって根拠無く買い物に反対しているわけではない、苦い経験から学んだことから安いだけのものを買うのに反対しているんだ。
「ちょっと操作してみるといい」
「へ!? お兄ちゃんのスマホを自由にしていいんですか? 最高ですね! 私の手腕で調べつくしてあげましょう!」
そうして睡はとりあえず動画の閲覧履歴を見てみようと思ったらしい、YouTubeのアプリを開いた、そしてスマホは……無慈悲にもそのアプリを強制終了した。
始めはたまたま何かとかち合った偶然の落ち方だと思っていたようで四、五回ほどそれを繰り返して『このスマホではYouTubeアプリが動かない』と言うことに気がついたらしい。
次いでSNSを検索しようとツイッターのアプリを起動する、起動した瞬間先ほど同様に落ちた。
我慢強い睡は各種メッセンジャーを起動する、アカウントを移行していないので起動しても何も無いのだがそもそも起動しないので何も無いことにすら気がつけないのだった。
次第にアプリの起動で全て落ちることを学んだらしく、今度はブラウザを開こうと試みる。
ブラウザは一応起動した、しかし睡の指が動いてからそれなりにラグが発生してからスクロールやページ遷移が行われる。イライラしている様子を隠そうともしないが粘り強くYouTubeまでたどり着いたらしい。
そしてページを開いた瞬間……ブラウザが落ちた。
「はぁ!? なにコレ!? 全く何も動かないじゃないですか!? ネットすら見れないってコレは実はスマホに見えるただの石版なのでは……」
結局、睡が俺のスマホの中身を僅かばかりでも覗くことは出来なかった。そもそも重要なデータをいれていないというのもあるし、ファイラすら起動すると落ちるので中身がなんなのか、ファイルの中身以前に名前すら表示されなかった。
「お兄ちゃん、コレどこで買ったんですか?」
「どことは言わないけど日本のお隣の国の激安通販」
「えぇ……」
あきれ果てたように睡が言った。
「お兄ちゃん、もう少しお金の使い方は考えた方がいいかと思いますよ?」
「お前が買おうか悩んでたものだってこれとそう変わらんよ」
「マジですか……?」
「マジ」
そう、まともな価格帯からかけ離れている商品がまともであるわけは無いのだった。
そんなどうしようも無い事実を突きつけられ、いよいよ睡は落ち込んで諦めたのだった。
余談だが浮いたお金でその日の夕食のお肉がいつもより多かったのだった。
――妹の部屋
「うぅ……お兄ちゃんの黒歴史……そそりますが残念ですねえ……」
私は新型を買ったら旧型はお兄ちゃんの部屋の近くに隠してかんs……もとい、見守りカメラとして運用するつもりでした。残念ですがその野望は崩れ去ってしまったようでした。




