妹は餌付けがしたい
「お兄ちゃん! 今日の夕食は何がいいですか?」
こんな事を睡が聞いてきた、現在はまだ朝食を食べている時期であり、昼食すらも食べていなかった。
「いいよなんでも」
睡はため息をついた。
「そーゆーのが一番困るんですよねえ……お兄ちゃんだって晩ご飯がサルミアッキとか言われたら困るでしょう?」
「いいや別に」
味にはこだわらないし、キャンディが夕食というのは少し奇妙だが量さえ十分なら問題無かった。まあサルミアッキを茶碗一杯食べろといわれても確かに困るのではあるが、味としては文句はなかった。
「もぅ……じゃあカレーとかハンバーグとかでどうです?」
「ああ……さわやか行ってみたいな」
「ここをどこだと思ってるんですか……静岡ローカルのファミレスに行けるはずがないでしょう……」
まあそうだろうな……睡の作ったものなら味の心配はないので好きに作ってくれて構わない。とはいえ俺に指定をしてもらいたいようだ、特にこれというものが無いので俺に聞かれても困るのだがな。
「じゃあ……唐揚げ」
なんとなく揚げ物の気分だった。まあカロリー的にはやばいのかもしれないが一々そんなことは気にしていない。人生を延長しようなどと思っていないので体にいい食事など知ったことではない。
「ふむ……では学校の帰りに鶏肉を買って帰りましょうか」
「そうだな、近所に専門店があったろ? そこで買うか?」
睡は頷く。
「ですね、スーパーのより美味しいですし……」
鶏肉にせよ牛肉にせよ専門店の方が美味しかった。まあスーパーも頑張っているのだろうが専門店には敵わないのだった。
「じゃあ学校行こうか?」
そんなことを話している間に登校の時間になっていた。話し込んでいる間に時計の針が随分と進んでしまった。
「そですね! じゃあお兄ちゃん! 期待していてくださいね!」
そう元気よく言って鞄を持つ。俺も鞄を持って玄関へと向かう。
ドアを開けるとやや冷たい空気が俺たちを撫でていった。真夏に唐揚げを作ってくれといういうほど俺も無茶は言わない。このくらいの季節なら揚げ物だって作れるだろう。
ちなみに鶏肉を売っている店では唐揚げも売っていたりする。手作り至上主義の睡からすればお惣菜で済ませるというのは我慢ならないらしかった。プロが作ったものでいいじゃんとは思うのだが、それを言うと怒られるので黙っておく。沈黙は金とはよく言ったものだ。
キーンコーンカーンコーン
終業のチャイムが鳴る、相変わらず学校で教わることに新鮮味はなかった。予習の範囲しかしないなら自宅で学習しても変わらない気さえする。
「お兄ちゃん! 帰りましょう!」
そう言って腕を絡めてくる。こんな事もいつものことなので誰一人として気にしていない。
「さて、唐揚げですが……胸肉ともも肉、どっちが好みですか?」
帰り道で睡が聞いてくる。少し考えてから答えた。
「もも肉かな」
さっぱりしているのが好きという人も多いだろうが俺はガッツリこってりとしたものの方が好きだった。ヘルシーなんて概念は知ったことではない。体に悪いものは大抵美味しいのだった。
「オーケー、それじゃあ買いに行きますよ!」
そうして商店街を通って中程の鶏肉店で睡が『もも肉を……五百グラム!』と注文していた。多いような気もするのだが、睡は俺にたっぷり食べさせることが好きなようで、毎回奮発する時は大量に買ってしまっていた。
そんなことを考えている間に買い物が終わったらしくビニール袋にたっぷりと鶏肉をいれていた。
「持つよ」
睡は逡巡してから答えた。
「では二人で持ちましょうか!」
そう言って俺が持っている隣に自分の手をかけた。こうして持つと重さが半分になるのだろうか? 体感的には全く変わっている気がしなかった。
「ねえお兄ちゃん?」
「なんだ」
「私、頑張って作りますからちゃんと褒めてくださいね! 私は褒めて伸びる子なのですよ!」
「はいはい頑張ってるなえらいえらい」
「今じゃないです……」
そんなやりとりをしていると自宅まで帰ってきた。夕食にはまだ時間があったが、睡はじっくり下ごしらえをしたいらしく鶏肉にタレを揉み込んでいた。
俺が手伝おうか? と聞いたところ『私が作るから意味があるんですよ? 大体お兄ちゃんに手伝ってもらったら味が変わっちゃうでしょうが!』とけんもほろろに断られてしまった。俺が手伝っただけで料理の味が変わるのかは疑問なのだが、とにかく料理の腕については信用が全く無いようだった。
下味をつけるために漬け込んだのか、ビニールパックに詰め込んで冷蔵庫に放り込んでいた。
「お兄ちゃん! 今日の唐揚げはマジで期待しててくださいね?」
「ああ、期待してるって。お前は料理上手いもんな」
睡は胸をはった。
「そうですとも! 私は料理上手なんですよ! お兄ちゃんから料理の才能を奪ったんじゃないかと不安になるくらいですね!」
「俺の料理は自分で食べる分には困らないくらいにできるぞ?」
睡は驚きつつ答える。
「それはお兄ちゃんの胃袋がストロングスタイルなだけでしょう……」
酷い言われようだった。ちょっと素材にないはずの色が出てきたり、冷凍のものを炒めたはずなのに芯がカチコチだったりするだけだろう、食べるには困らないじゃないか。
「お兄ちゃん、私の料理が食べたかったらずっと私の側に居てくださいね!」
そう言って冷蔵庫から鶏肉を取り出すのだった。
睡は取り出した鶏肉に唐揚げ粉をまぶしている。ニンニクやショウガの香りが漂ってきた。基本的に口臭などと言うものを気にする関係でもないので香辛料をガン積みしている。
「さて、揚げますかね」
そう言って鍋に油をなみなみと注ぐ、新品のオリーブオイルだった。その内オリーブから作り始めるんじゃないかと不安になったりもする。
しばし、火にかけて温度が上がった油に鶏肉を放り込んでいる。ジュウジュウと肉が揚がる音がする。
揚げ物特有の香りが漂ってきて食欲を刺激された。
「お兄ちゃん! お皿を出しておいてください!」
そう言われ、揚げ物をいれる取り皿にキッチンペーパーをしいて睡の隣に置く。後は二人分の唐揚げをいれる皿だが……洗い物の手間を考えて一人一皿ではなく大皿を一つ用意した。
唐揚げを取り出したかと思うと、睡はしばし油を温めて二度揚げを始めた。俺はそこまで味にこだわりは無いが美味しいにこしたことはないので睡の気遣いは立派だと思う。
そしてパリパリに揚がった唐揚げが取り皿に並んでいった。
睡は火を止め俺に向き直って言う。
「では、ちょっと早いですが食べましょうか!」
現在は午後5時、夕食には少し早い。
「分かりますよ? 確かに少し早いですよね。でもお兄ちゃんに揚げたてを食べて頂きたいので食べましょう!」
そうして夕食が始まった。ご飯もしっかりと炊いており問題無く夕食が進むかと思ったのだが……俺はそこでミスに気がついた。
そう、唐揚げを一皿に盛ってしまった。別皿に分けていれば『レモンをかけるか』は自由だが、一皿にまとめてしまってはかけるかけないかの二択になってしまう。俺は少し考えてレモン果汁をかけて食べた。
恐る恐る睡の方を見ると笑顔だったのでどうやら正解だったようだ。
「お兄ちゃん、早く食べましょう!」
そうして早めの夕食は進んでいった。さすがに五百グラムの鶏肉は多かったが食べ終わった時の満足感もひとしおだった。
「お兄ちゃん、美味しかったですか?」
「ああ、とっても」
そう一言言うと睡は満足げに頷いていた。こうして夕食は終わったのだった。
なお、夕食後、お風呂に入って出た時に風呂場から睡の小さな悲鳴が聞こえたのだった。
まあ……五百グラムは体重に影響するよね……
俺は睡の体重について聞くのはしばらくやめておこうと心に決めるのだった。
――妹の部屋
「ふぅ……食べ過ぎました」
もっとお兄ちゃんに食べてもらえば良かったですね……少々体重が増えたくらいで狼狽えるとは、私も精神修行が足りません。
しかしまあ……お兄ちゃんの美味しかったの一言で私の努力は報われたのでした。だからこそ、満足しながら眠ることができたのでした。




