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お兄ちゃんの側には私がいるからそれでいいよね? 正ヒロインになりたい妹の努力と執念の日々!  作者: にとろ
一年生二学期

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秋の訪れと、変わりそうで全く変わらないもの

「ようやく涼しくなってきたなあ……」


「ですね」


 そうは言っても相変わらず睡は寒そうにも暑そうにもしていない、真夏も真冬も平気な顔をしているのでどう感じているのかはさっぱり不明だ。


 俺は学校から帰って一杯目のコーヒーを飲みながら考える。コイツは真冬になっても制服だけで平気な顔をするんだろうな……


 そんなことを考えると人間としての基本スペックの差を感じてしまう。フィジカルの差というのはこういうことを言うんだろうか?


「あ、お兄ちゃん、私にも一杯お願いします」


 食器棚からマグカップを出してきて言う睡。俺はサーバーから一杯それに注いで言う。


「砂糖とミルクは好きなだけ入れろ」


「はーい!」


 そう言ってスティックシュガーとミルクの粉を大量にぶち込む睡。味覚に関して言えば、やはり俺と睡は違うらしい。


 俺と睡のいつもの光景だが、なんだか睡が少し落ち着いていないように見えた。


「睡、何かあったのか?」


 すると睡はモジモジしながら俺に一枚の便箋を差し出した。


「なんだこれ?」


「実は今日頂きまして……」


「読めと……?」


 コクリと頷く睡になんだか不穏なものを感じながらその便箋に書かれている文字を読んだ。


 結論から言えばそれは所謂ところのラブレターだった。


「ええっと……ラブレターだよな? 今時古風な……まあそれはさておき何で俺に見せたんだ?」


「お兄ちゃんは可愛い妹がこういう物を貰うとどういう反応をするのかなと思って……」


「どうって言われてもな……というかこういうの俺に見せない方がいいんじゃないか?」


 そう言うと睡は露骨に不機嫌になった。そしてその便箋を受け取るとクシャクシャと丸めてゴミ箱に放り込んだ。


「ちっ……」


「なんでそんな不機嫌になるんだよ?」


 理不尽も極まりない睡の反応に俺も困ってしまう。


「どーせこんなものだろうと思ってわざわざ要らないのに受け取ったんですよ? お兄ちゃんが嫉妬してくれるかなって思って見せたんですよ? なんですかその薄い反応は!」


 えぇ……理不尽な睡の言葉に俺も反応ができなかった。というか渡した人が気の毒すぎませんかね……?


「返事はどうするんだ?」


 睡は『はぁ!?』と声を上げてから即答した。


「無視に決まってるでしょうが! お兄ちゃんの初々しい反応が見れたらちゃんと断ってあげようと思いましたけどその反応では時間を無駄にしただけですしね」


 あまりにも冷たい対応をされるラブレター発送者だった。塩対応の方がまだ優しいだろう。液体ヘリウムより冷たい対応だった。


「お前には人の心ってものが無いのか……」


「私には妹としての心しか生憎と入ってないんですよね」


 ナチュラルボーン妹という割り切りすぎた考え方についていけない、しかし本人はいいことを言ったという風にドヤとしている。さすがに恋文をこのデジタル時代にわざわざ書いた哀れなやつに同情を禁じ得ない。


「それよりお兄ちゃんが妬いてくれなかったことの方がよほど問題なのですが?」


「何が問題なんだよ? こちとら全年齢対応の人生を生きてるんだよ、誰がどう見たって健全な反応だろうが!」


「いえ、お兄ちゃんの場合童貞臭い生き方と言っていいかと」


「お前言って良いことと悪いことがあるぞ!?」


 酷い言われようだ……俺はただ正直な感想を述べただけじゃないか、何が悪いって言うんだ。


 落ち着くためにコーヒーを一口すする、液体の熱が口に伝わって脳がシャープになる。落ち着け、こういうときはどう反応するのが正解だ? 睡のご機嫌を取るか? しかし……


「俺は兄妹仲良く出来れば大抵のことは許せるんだよ」


 この言葉に嘘はない、しかし睡がどう反応するかは別問題だ。正直なところ、睡にしては行動が過激で褒められたものではないと思う、しかし俺との関係性は壊したくないので結果として無難な言葉を選んで伝えた。


 睡は手元にあるブラックコーヒーを一杯すすり、苦さで顔を歪めながら俺の言葉を解釈しようとしている。どのみち、俺もそんなに考えて出した言葉ではないので解釈も何も無いのだが、俺の回答を心の中でためつすがめつしているのが端から見てもよく分かった。


 そこで俺はもう一言付け加える。


「ただし……だ」


「なんですか?」


 睡が怪訝そうに俺の様子をうかがう。


「俺は睡が世間を嫌いになって欲しくはないな。確かに社会なんてそんなに良いものじゃないかもしれない、それでも希望は持って欲しいと思うよ」


 俺の取り繕いの言葉を受けて考え込んでいる。睡には世間をパージして欲しくはない、例え俺が浮いてしまおうと睡には普通の暮らして欲しい、それだけが望みだった。


 やがて睡は自分なりの答えを見つけたのか俺の顔をまっすぐに見て言った。


「私にとっての社会というのはお兄ちゃんだけなんですがね……まあお兄ちゃんなりに私のことを考えてくれているのは悪い気はしませんね」


「お前も世間と折り合いをつけて生きていくってことを考えた方が良いぞ」


 睡は小さく頷いてから何か小声を漏らした。


「……ちゃんさえ……好きでいてくれ……いいのに……」


 その言葉ははっきりと聞き取れなかったが、納得はしたが満足はしていないようだった。なんにせよ完全に満足できる答えを俺は持ち合わせていないので、納得だけでもしてもらえれば十分な話だった。手元では温くなったコーヒーが時間の経過を物語っていた。


「ふぅ……」


 睡の考えはようやくまとまったのか考え込む姿勢をやめた。どうやら俺の回答と折り合いをつける気にはなってくれたらしい、一安心だ。


「お兄ちゃん、さっきの手紙を渡しやがった人にはちゃんと断っておきましょう……ただし……」


「ん?」


「私にはお兄ちゃんが一番ですからね! それだけは確かにしっかり心に刻んでおいてくださいね! 石版よりも構成まで変わることのない記録で確かな心ですからね?」


 俺は苦笑して頷いた。


「分かったよ、心の中のロゼッタストーンに刻んでおく」


 睡は満足そうに微笑んだ。


「まあそれだけでもわざわざ手紙を受け取った価値はありましたね」


「酷いなあ……渡したやつより俺の考え方の方が大事なのか……ハハ……」


 少しだけ……ほんの少しだけ心の中に安心が顔をもたげたことについては言わないでおこう。


 そして睡は本日のとびきりの笑顔で言った。


「それはそうですよ! 何しろお兄ちゃんは私のほとんど全部ですからね!」


 そう言って笑ったのだった。


 俺は安心感と睡の将来についての不安がない交ぜになった感情を抱えてマグカップを洗っていた。カップの色素は漂白剤で綺麗に落ちたが、心に刻んだ思いの方はさっぱり落ちることが無さそうだった。


 ――妹の部屋


「ふへへへ……お兄ちゃんが私のことをちゃんと考えてくれました……ふふふ……やりました!」


 私の思いがお兄ちゃんの心の一部に入れたのならこんなに嬉しいことはありません!


 ラブレターなんていう前時代的なものを貰ったこと自体はほんの僅かでさえ心は動きませんでしたし、微塵の嬉しさも無かったですが、お兄ちゃんの心を動かしたことには限りない価値がありました。


 私はその夜、お兄ちゃんの夢に私が出てくればいいなあと思いながら眠るのでした。

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