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96 人々

 窓から顔をのぞかせている月が、彼を照らしていた。

 彼の名は、フィオドーラ=イフ。

 四年前、賢者の法として俺たちの前に立ちはだかった男だ。

 だが、戦争が終わったのち、彼の姿はなかった。


 ……だが、今彼はここにいて、メンティラのものであろう臓物を、槍の先端が貫いていた。


「……何故、お前がここにいる」


 何とか声を絞り出す。

 しかし、彼はこちらを一瞥もせずに、後ろにある窓から飛びおりて、どこかへと消えてしまう。

 だが、状況がうまく呑み込めない俺は、ただ呆然と立ち尽くし、やっとのことで思いついたのは、ソフィアに危険を知らせなくてはならないということだった。


 俺は急いで駆け戻り、扉を開ける。

 そんな俺の異様な雰囲気を感じ取ったのか、扉の先にいたソフィアは、目を丸くしていた。


「ソフィア、メンティラが……死んでいる」

「え?」

「メンティラが、死んでたんだよ! 部屋で、フィオドーラに殺されて!」

「……フィオドーラ?」


 彼女は一瞬その名前を忘れていたようで、一瞬だけ首を傾げると同時に、その言葉の意味を理解したように、表情を曇らせる。


「ラザレス、ザールはどこですか?」

「わからない。でも今は、それどころじゃなくて……!」

「わかっています。ラザレスはこの国の医者を呼んできてください。もしかしたらまだ息があるかもしれません」


 ……息がある?

 彼女は彼の死体を目の当たりにはしていない。

 だから、こういった希望的な観測ができるのだ。


 だが、目の前にいる彼女は錯乱してそういったわけではないらしく、落ち着き払っているように見えた。

 そのため、彼女の言うことに異議を唱えず、ただ医者を探すために大急ぎで城の中をかけだした。



 しばらく駆けていると、城内を見張っている兵士を見つけた。

 俺は彼に駆け寄り、自身の上がった息を整えながら、話を要約する。


「……医者を、医者を呼んでくれませんか! 仲間が、危ない状態なんです……!」


 俺はようやっと彼に助けを呼ぶが、その彼はどこ吹く風と聞き流してくる。

 先ほどと同じ内容のことを二度三度彼に説明するが、それでも彼は俺の言葉に耳を傾ける様子はなかった。


 ……なんだ、この違和感は。

 耳が聞こえないにしても、俺のことを完全に無視などできないはずだ。


 俺は彼に話しても無駄と判断し、今度は近くの召使であろう太った女性に話しかける。


「助けてください! どうか、医者を呼んでください!」


 だが、俺の言葉が彼女の意識に触れることなく、城内をこだまする。

 俺は周りを見渡すと、あることに気付いた。


 皆、こちらを白い目で見ているのだ。

 まるで、俺が存在しない者であるかのように。いや、存在しない者にしようとしているかのように。


「誰か、誰でもいいんです! 医者を、医者を呼んでください!」


 俺は完全に錯乱し、その場で立ち尽くし、助けを求める。

 しかし、俺の助けから遠ざかるように、人々が消えて行ってしまう。


 ……まさか、俺たちがイゼル国民であるから、この仕打ちをされているとでもいうのか?


 そう思うと、段々と彼らに怒りがわいてくる。

 ベテンブルグがしたことは、国を売った行為には違いないが、それには深い理由がある。

 それに、今は人の命がかかわっているのだ。


 その時、俺の肩に手がかけられた。


「やあ」


 そこには、先ほど会ったぺスウェン国王が、俺の肩をたたいていた。

 俺はその手を取り、すがるように助けを乞う。


「助けてください! 医者を、お願いします! このままでは、メンティラが……!」

「ああ、もうすでに手配してあるけど、多分無駄だと思うよ。彼、もう死んでるから」


 彼は、涼しい顔をしてそう告げる。

 ……メンティラが死んだ。俺でも理解できた単純な事実だというのに、彼の言っていることが理解できなかった。

 それでも、俺の様子を気にもせず、彼は話し続ける。


「見せたはずだよ。君は夢で、彼の死体を見たのだろう?」

「え……?」

「僕の呪術は、夢で未来を見せる力。その対価として、僕は時間を奪われた」


 ……呪術?

 ぺスウェンには、その力はないはずではないのか?


 だが、彼は賢者の法だ。

 もしかしたら、四年前から彼は知っていたのかもしれない。

 しかし、今はそんなことは気にしてはいられない。


「さて、メンティラのほかに、君はもう一人死体を見たはずだよ」

「え……?」

「今は、彼が危ない。フィオドーラ……だったかな? 今の彼に、ザールは勝てないよ」


 ……その言葉に、頭から水をかぶったかのような鋭利なほどの衝撃が体内を駆け巡る。

 そういえば、俺は夢の中で腕をなくしていた。

 本当に、彼の言葉が真実だというのなら、こうしてはいられない。


 俺は立ち上がり、ザールを探し始める。

 その時、身長差があるのにもかかわらず、確かに耳元からぺスウェン国王の声が聞こえた気がした。


「彼は中庭にいる。今ならまだ、間に合うかもね」


 その言葉に背中をたたかれたかのように、中庭に向けて走り出す。

 中庭の方向なら、部屋に案内されるときに一度見た。

 それに、ここからあまり遠いわけではない。


 中庭へ続く扉を開けると、緑色の木々や色鮮やかな花が目に入る。

 そして、それとは対照的に既足元に血だまりを作ったザールと、それを見下すフィオドーラの姿があった。

 ……今考えれば、ザールやメンティラに勝った彼に、俺如きが敵うわけがないのはわかっていた。

 だが、それでも俺は奴を許すわけにはいかなかった。


「フィオドーラァァぁぁぁ!!」


 俺は自分でも驚くほどの声量を伴う怒声とともに、彼に硬化させた右腕を打ち付ける。

 だが、彼はこちらを一瞥した後、手にしていた槍で俺の一撃をすんなりと受け止める。


「……喧しいですね。これほど力量の差を見せつけられておいて、それでも向かってくるのですか?」

「まだ、やってみてもねえだろ……!」

「やってみる必要もないでしょう?」


 彼は心底小馬鹿にしたような声で、肩をすくめる。

 口調こそは丁寧なもの、見下したかのような彼の声は、俺の逆鱗を的確に触れていた。


 俺は不意打ちのように左手でコートの中にあるナイフを投げるが、それも彼は槍で受け止める。

 しかし、その瞬間確かに槍が動いたのを見逃すわけがなく、確かに彼の腹に右腕をめり込ませる。


 だが、彼は微動だにもせず、むしろ俺の義手の方が壊れた。


「……なっ!?」

「この程度の技量なら、教えても差し支えありませんか」


 彼は息をついたと思うと、四年前とは比べ物にならないほどの速さで、俺の背後に回り、背後の首筋に冷たいものがあてられる。

 だが、あてられた瞬間、その部分を重点的に温めるかのように、俺の身体から熱いものが流れ出す。

 そのため、その冷たいものが槍と判断するに時間がかかった。


「私は四年間、呪術について研究してきました。そして、私は不完全という無様なものを代償に差し出し、私にふさわしい力を手にすることができたのです」


 ……不完全が、代償?

 確か、代償というものは、本人にとって一番大切なもののはずだ。

 それが、不完全だと?


「私は、()()()()()()()()()()()()()()()を手に入れたのです。どうでしょう? 私にふさわしいものとは思いませんか?」

「……何を言っている?」

「おや、ピンと来ませんか? なら、例を上げましょうか」


「呪術によって死を奪われたメンティラが、何故死んでいるのでしょう?」


 ……やっと、意味が分かった。

 彼は、呪術を奪われ、代償を支払う必要がなくなった。

 だから、彼は死を返還された。されてしまったのだ。


「……フィオドーラ、だったな」

「……」

「生きて帰れると思うなよ?」

「上等です」


 彼はそう言って不敵に笑い、背後を取ったのにもかかわらずもう一度俺の正面へ移動した。

 俺はそんな彼の態度に、心底はらわたが煮えくり返ったのを覚えている。

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