94 謁見
しばらくして、以前来たことのある国にたどり着いた。
ぺスウェンの本国の外装としては、白と灰色といった印象を強く受けた。
灰色のレンガに、白い雪。
そして、丁度城下町の門の屋根下に、二つのランタンが釣り下がっている。
俺は、マリアレットとソフィアが二人で入国許可を取っているときに、少し揺れている二つのランタンを、ただ漠然と眺めていた。
空も灰色に染まっていて、その二つだけが色を放っているようにも感じた。
だからだろうか。俺は妙にその揺れ動いている炎が気になってしょうがなかった。
「入国許可が出るまで、しばらく待っててください、だそうです」
ソフィア……いや、今はクリストは、それだけ言うと、馬車の中の毛布にくるまってしまう。
まあ、布の壁があるこの馬車内でも寒いのだ。話すためとはいえ外にいた彼女がこうなるのも理解できる。
遅れて入ってきたマリアレットは、近くの膨らんだ毛布を一瞥した後、半笑いで俺に話しかけてくる。
「情けないねぇ。こんな寒さ、ぺスウェンじゃ大したことないんだよ?」
「……なんで煽ってんだよ」
……だが、彼女の言葉は本当らしく、どこか胸を張っている。
彼女の着ているつなぎに何か仕組みがあるのかと探りたくなるが、流石にそれをするのは常識にかけすぎている。
しばらくした後、御者台に座っているメンティラと兵士が一言二言話すと、馬車が動き出した。
馬車の窓にあたる場所から外を見渡すと、城壁となっている灰色のレンガとは対照的に、黒色の建物と、ログハウスなど、様々な色の建物があり、人々の生活感が感じられた。
道行く人も地面を覆う雪を踏みしめながら、マフラーや手袋など、各々防寒具を着て、往来を歩いている。
人同士の会話もあまり多い方ではなく、どこか物静かな印象を受けた。
「イゼルとは対照的でね、この街はあまり活気がある方ではないのだよ。だが、こういった落ち着いた雰囲気は、イゼルでは味わえないとは思えないかい?」
「……まあ、確かに」
「イゼルが嫌になったら、すぐにこちらに来るといい。私の部屋でよければ、住まわせてあげよう」
「ちょ、何言ってるんですか!?」
マリアレットが俺をからかっていると、何故かソフィアが声を張り上げる。
そういえば、今俺はソフィアの助手と、マリアレットの部下、二足の草鞋を履いているのだ。
不忠とは思うが、後者も前者も成り行きなのだから、深く考えてはいなかった。
「……何故君が反応する?」
「あ……、いや、えっと、ラザレスはイゼル国民です。ぺスウェンに受け入れられるわけがありません」
「確かにそうだが、今我々は同盟を組んでいるのだ。それでも咎めるものはいるだろうが、説き伏せることくらい彼でもできるだろう?」
「……うぅ、そうですけど」
何だか知らないが、何故かソフィアとマリアレットが口論になっていた。
助け舟を求めようにも、ザールは我関せずと本を読み、メンティラは何も言わず前を向いている。
というか、正直なところ前の研究所に一度戻りたいというのが本音だった。
「……それとも、本当に部屋に住まわせたいのは君なのかね?」
「そ、そんなこと……ない、です……」
語尾が段々と弱まっていく。
流石にいたたまれなくなり、助け舟を出そうと声をかけようとすると、急にマリアレットがソフィアの左胸に手を置いた。
「……え?」
「……心拍数が上がっているね。なるほど、興味深い結果だ」
マリアレットの言葉に耳まで真っ赤にするソフィア。
マリアレットが一瞬こちらを見てニヤリとした気がしたが、そんなことは気にしない。
それよりも、メンティラがただ黙って前を向いていることに気が付いて、そちらの方が気になってしまう。
「……メンティラさん、どうかしましたか?」
「え? ああ、いや。なんでもないよ。ラザレスこそどうかしたの?」
「いや、なんかずっと前向いているなぁって」
……我ながら何を言っているんだとは思う。
御者が前を向いてくれないほど、怖いことはない。
だが、流石に馬車の中がここまで騒然としていたら流石に一瞬くらいは振り向くとは思うのだが。
「……うん、何でもないんだ。少し疲れているのかも」
「そうですか? なら、無理はしないでくださいね」
「ありがとう。でも、もうひと踏ん張りだから」
……城につくまで、ということか?
その時、彼の横顔に、どういうわけか一滴汗が垂れていたのに気付いた。
城の手前にある馬小屋に馬車と馬を預け、俺たちは兵士に招かれ城内を歩いていく。
城内は灰色を基調としたレンガでできていて、床に敷かれたレッドカーペットと、壁に立てかけられているランタン以外の色はない。
物静かとだけで表すには、どこか寂しくも感じた。
それよりも、気になるのはすれ違う兵士たちの視線だった。
誰も彼もが視線の中に殺意や憎悪が混じっていて、目をそらそうとしてもその先からその視線が送られてくる。
だが、俺以外のだれもそれを気にした様子はなく、ただ堂々と招かれた方向へと進んでいく。
「ここが謁見の間です。それでは、これで失礼します」
それだけ言うと、彼は足早に俺たちから去っていく。
マリアレットはそれに肩をすくめた後、謁見の間につながる扉を勢いよく開ける。
だが、彼女はそのことを気にもせず、ずんずんと謁見の間に歩いていく。
「……こらこら、もっと優しく開けてほしいんだけどなぁ」
「これは陛下、失礼しました。無礼の詫びに、腹でも切りましょうか?」
玉座の方から聞こえてきたのは、やけに若々しい声だった。
それでいて、どこか聞いたことがある。
その声は、少し笑って彼女に対して言葉を放つ。
「この城にカーペットと炎以外の赤はいらないよ。君の血が緑色とかなら、奇麗かもしれないけどね」
「それは、ご期待に沿えず申し訳ございません。以前最後に確認したときは、それはもう真っ赤な鮮血でございました」
彼女はそうおどけて陛下と呼ばれる存在に話しかけていく。
玉座の間はただただ広く、それだけで城の半分はありそうなほどだった。
だが、玉座とランタン、そしてカーペット以外にインテリアはなく、両隣の壁には複数もの窓が敷き詰められていた。
呆気に取られて眺めていると、周りが頭を下げているのに気付き、慌てて膝をつく。
しかし、彼はそれを咎める様子はなかった。
「それで、君の好奇心を満たせそうなものはあったかい?」
「はい。今は『魔法』と『異世界』という面白いワードが耳に入りまして、陛下の方に聞き覚えは?」
「ある」
その質問に対する即答に、一瞬身構える。
その時、頭を上げてしまい、国王と呼ばれる存在と目が合ってしまった。
瞬間、俺の中の疑問が吹き飛んでいった。
彼の声を聞いたことがある気がした、と先ほどは思った。
だが、聞いたことがある気ではなく、二度ほど聞いたことがあるのだ。
「……君は、あの時の」
目の前には、黒髪の、不敵な笑みを浮かべた少年。
それは、俺の夢に出てくる存在とうり二つだった。




