91 思惑
「……何もないところだけど、外よりはましだと思うから」
そう言って、メンティラはその場所から少し離れた一部屋しかない木造の小屋の扉を開け、暖炉に火をつける。
そのしぐさは手慣れたものに見え、彼がここにしばらくいたのだろうということが容易に想像できた。
「メンティラさん、これは一体……」
「……少なくとも、僕からいえる確実なことは一つだけだ」
彼は玄関から少し離れた所の椅子を取り出し、四人全員に手配した後、手で座るように促す。
俺たちがそれに従い座った後、彼はそれを確認して口を開いた。
「……マクトリアは、味方じゃない」
「……マクトリアが、味方じゃない?」
思わず、彼の言葉をそのままオウム返しにしてしまう。
だが、マクトリアは俺たち難民を受け入れ、物資を支援してくれた。
「地図を見てほしい。ここが、今僕たちがいる場所だ」
地図を見ると、マクトリアからぺスウェンへ向かう道は大きく外れ、今いる場所の近くに、街と記された場所はない。
多分、あの木箱のような馬車のせいで、位置関係があいまいになってしまったのだろう。
誰もがその事実にどう対応していいかわからずにいると、クリストが口を開いた。
「……もしかして、秘密裏に私たちを始末しようとしていたんですか?」
「う、うん。それよりも、何で君は……」
「あ、その……な、何でもないよ」
怪訝な顔をするメンティラに対し、クリストは話を切り上げる。
……先ほどの口調といい、もしや彼は……。
「メンティラさん。これから私たちはぺスウェンに向かいます。それで、一つ確認してもよろしいですか?」
「……なんだい?」
「……あなたは、いったい何をしていた?」
ザールの指摘にも、彼は一切動じなかった。
それどころか、その質問が来るのを予測していたかのように、眉を八の字にした。
「ラザレスと一緒だよ」
「……ラザレスと?」
「もしかして、魔核のことですか?」
「うん。ここは僕も勘違いしていたんだけど、魔核は壊れないんだ」
何を言っている?
俺は四年前、確かに魔核が壊されるのを見た。
それとも、あれじゃ足りなかったとでもいうのだろうか?
「魔核は、魔力に自我を持たせて人として生きさせる物。だけど反対に、その自我を持った魔力を、人間に移す物体がある。それで、中和しないといけなかった」
「……中和?」
「『聖核』。勇者を導くものだけが持つ、赤い輝きを放つ物体。それがあれば、世界中の人間に魔核の魔力が与えられ、無力化できる」
……勇者を導くものだけが持つ、赤い輝き?
一つだけ、心当たりがある。
確か、リクがそのことについて触れていたはずだ。
「もしかして、昔ソフィアに預けたあのペンダントのことでか?」
「……そうなのかい?」
そう言って、メンティラはクリストの方を向く。
彼……いや、彼女もあきらめたのか、金髪のウィッグをはずし、首から下げているペンダントを机の上に置いた。
「……騙していてごめんなさい。でも、ベテンブルグ家当主が女と、バレるのは不利だと思いまして」
「いいんだ。それより、持っててくれたんだね、俺のペンダント」
「はい。帰ってくる約束の、担保ですから」
そう言って彼女は微笑む。
俺もそんな彼女に微笑み返すと、今度はマリアレットが口を開いた。
「さて、私からも一つ質問いいだろうか?」
「……ど、どうぞ」
「何故、そのことを知っている?」
マリアレットはあくまで値踏みするような視線で、彼の姿を見る。
だが、彼はその視線に恐怖を感じてしまっているらしく、少しだけ戸惑いが見えた。
その間に、割って入る人物がいた。
「……そのことについては、私から説明しますわ」
……俺は、その声を聴いたことがある。
少なくとも、俺とザール、そしてソフィアは。
だが、一番動揺するはずであろうメンティラは一切顔を背けず、俺たちを見据え続けた。
「……ダリア」
「……今の私に実態はありませんわ。私は既に、魔核に見捨てられましたもの」
「ふざけるなっ、貴様のことなど信じられるものか!」
ザールはそう憤ると、持っていた大剣で彼女の体をなで斬りにする。
しかし、彼女の言う通り実態はないらしく、そのまますり抜けてしまったが、それよりも俺には聞きたいことがあった。
「……魔核に見捨てられたとは、どういうことだ」
「私たちは魔核の一部。でも反対に、魔核は私たちの一部。つまり、乗っ取るのも乗っ取られるのも、彼女の意思次第ということですわ」
「……意味が、わからねぇよ。つまりお前は、魔核に乗っ取られて世界を支配しようとしてたとでも言いたいのかよ!」
「いいえ、支配しようとしてるのは私の意思ですし、今も変わりませんわ。でも、私は利用価値がない、と見捨てられましたの」
「なら、何故俺たちに協力する!? 魔核に対する復讐に、俺たちを利用するつもりか!?」
「……ラザレス、落ち着いてください」
ソフィアが片手で俺の会話を遮り、至極落ち着いた声で話をつづけた。
「……あなたは、どの立場なんですか?」
「少なくとも、賢者の法の味方ではない、とだけ」
「……それを私たちに信じろと?」
「賢者様を助けたのは、誰でしたでしょう?」
……そういえば、彼女は一度俺のことを助けたことがある。
きっと、あそこで助けられなかったら、もう二度と目を覚まさなかっただろう。
「……ラザレス、どういうことですか?」
「……後で、必ず話す」
もう、誤魔化せない。
その事実に、少しだけ頭が痛くなった。
「……メンティラさんは、どうしてダリアと協力しているんですか?」
「聖核のことを話してくれたのも、協力を持ち掛けたのも、彼女だよ。嘘で、僕を殺そうとしていても、僕は知っての通り死なないからね」
「……死なない?」
その言葉に、マリアレットが反応する。
だが、今彼女に口を開かれては、次いつ発言できるかわからない。
そのため、急いでダリアに質問する。
「お前の目的はなんだ、ダリア」
「……そうですわね、言ってしまいましょう」
「魔女を、滅ぼしていただきたいのですわ」
彼女の放った一言に、奇妙な沈黙が流れる。
メンティラは知っていたかのように、顔を伏せて黙っていた。
「賢者の法の目的は変わり、今となっては平等を目指す意味の分からない集団になっているのはご存知でしょう?」
「……ああ」
「それ自体は別に構いませんわ。でも、彼らはあろうことかこの世界の人間と手を組んだ」
「……」
彼女がこの世界の人間に何をされたかは知っている。
だから、彼女の奥底にある深い憎悪が、俺の視線に見え隠れしてしまっていた。
「それに、私はもう未練はありませんもの」
「……ダリア」
「ミケル……いえ、メンティラ様と、こうしてまた会えた。今もこうして、私だけを見てくれています」
「もし愛してくれていなくとも、それだけでもう充分ですわ」
彼女はそれだけ言うと、後ろからメンティラを抱きしめる。
勿論、彼女に実態はない。だけど、どこか二人の間には、ずっと昔から一緒だったような、温かい雰囲気が流れていた。
「彼女の言っていることは本当だよ。僕は彼女と、ずっと一緒にいたからね」
「……メンティラさん」
「……僕もぺスウェンへ行こう。彼らの協力を得ないと、今の膨大な数の賢者の法は、どうしようもない」
「ダリア、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
メンティラは彼女に手を振ると、小屋の玄関を開け、小屋の隣にある馬小屋から、一匹の馬と馬車を取り出し、俺たちに乗るように手で促す。
今度は、しっかりとしたつくりの、窓が一つある馬車だった。




