表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/187

90 邂逅

 あの日、俺がソフィアに会うことはなかった。

 ……いや、今思うと、俺が無意識に彼女を避けていたのかもしれない。

 少なくとも、自身の腕のことは話したくない。

 そのために、俺はマリアレットから手袋をもらい、右腕は完全に隠してある。


 だが、その心配は杞憂に終わりそうだ。


「さあ、行こうか諸君! ぺスウェンが我々を待っている!」


 そう言って、俺の前にいる短い金髪の青年は、胸を張ってぺスウェンの方向をさしている。

 ザールやマリアレットもそれに異論はないようで、黙って付き従っているが、俺の中で一つの疑問が生まれていた。


 いや、誰だよお前。


「……すいません、どちら様ですか?」

「む? 私はベテンブルグの助手であり、親善大使としての命を預かった『クリスト』というものだ。仲良くしていただけるとありがたい」


 ……彼女に助手がいるなど、聞いたことがない。

 一応メアがそうではあるが、彼女はこういった仕事の補佐とは少し違った役割だ。

 だが、ザールが微塵も警戒を示していないということは、危険人物ではないということだろうか?

 俺はその真意を確かめるべく、そっとザールに耳打ちする。


「……なあ、ザール。あいつは」

「……なんだ、気付いていないのか。あいつはソ……」


 彼が何か言いかけようとすると、急にそのクリストという青年がザールの口をふさぐ。


「ちょっと、何言おうとしてるんで……だい? それは秘密だといったばかりじゃないか!」

「……何故、貴様の狂言に私が付き合わなくてはならない? 貴様のことは信用には値するが、貴様自身のことは好いてはいない」

「ザール……!」


 クリストはザールの雰囲気で押し黙らされてしまい、これ以上は何も言えなくなってしまう。

 そんな彼らを見て、マリアレットはなぜか腹を抱えて笑っていた。


「……面白いか、これ」

「ああ、面白いとも。いやはや、実に人間の心というものは面白い!」


 そう言って、愉快そうに馬車に乗り込んでいくマリアレット。

 そんな彼女の後に続いて、クリスト、ザールと馬車に乗り込んでいく。

 彼らの後に続いて、俺もはっきりとしない気持ちを抱いたまま、馬車に乗り込んだ。


 御者の人は、寡黙な人で、一言二言クリストと会話すると、黙々とぺスウェンに向けて馬車を走らせる。

 内装としてもどこかみすぼらしく、歩くたびにギシギシと音が鳴り、所々が朽ちている印象だ。

 光をいれる窓もないため、薄暗く不気味にも感じる。

 外装としても、木箱を無理やり馬車に改造したようなもので、華やかとはお世辞でも言い難い。

 ……これが、親善大使を乗せる馬車だというのか? という疑問も抱いたが、マクトリアの財政難を非難することになるかもしれないので、黙っていることにした。


「さて、ラザレス。君に聞きたいことがある」

「……あれ? 自己紹介しましたっけ?」

「……あー、いや、ベテンブルグ卿からすでに聞いていてね」


 その言葉に、ザールが深いため息をつく。

 クリストはそんな彼を一瞥した後、また俺の眼を見つめる。

 ……この目、どこかで見たことがあるような、そんな気がした。


「君は、現ベテンブルグ卿についてどう思う?」

「どうって? 現ってついてるってことは、先代と比べてってことですか?」


 俺の意見に相違ないようで、彼は賛同するように頷いた。

 ……先代と比べて、か。


「両方、凄い人だと思います。ソフィアも十分凄いけど、先代もそれと同等に凄い人です。彼がいなかったら、俺はもしかしたら本の読み書きすらできませんでしたから」

「……そうですね」

「……でも、ソフィアは少し心配なところがあるんです。無理していないようでいて、実はすごく頑張ってる。良ければ、彼女を支えてやってほしいんです。本当は俺が見ていたいんですけどね」


 俺の言葉に、何故かクリストは黙ってしまう。

 上司が褒められるということは、そんなに気恥しいものなのだろうか?

 それに、先ほどクリストは敢えて触れなかったが、何故か俺に敬語だった。

 それこそ、ソフィアのような。


「……もしかして」

「ん? なんだい? 何か忘れ物?」

「……ごめんなさい、気のせいです。気にしないでください」


 もしかしたら、彼女の口調が移ってしまっただけなのかもしれない。

 それに、自身の上司と間違えられるのは、彼にとっても複雑だろう。

 俺は息をついて壁に寄り掛かると、突然マリアレットが悪戯のような笑みを口に浮かべ、言葉を放った。


「それで、クリスト君だったかな? ラザレスに対する質問はそれで終わりかな?」

「……え?」

「今なら何だって聞き放題なんだよ? それだけじゃあ、あまりに味気ないじゃないか」


 ……彼女が何を言っているのか、いまいちわからなかった。

 助けを求めるようにザールを見ても、彼はそっぽを向いてしまう。


「……じゃ、じゃあ、最後に一つだけ」

「……え?」


 おずおずと指を一本立てて、耳まで赤くして消え入りそうな声で俺に話しかける彼に、一瞬かわいいと思ってしまった。

 だが、俺に男色の趣味はない。多分、ないはずだ。

 そのため、一瞬目の錯覚だと思ったのだ。


「ベテンブルグ卿のこと、す、す―――」


 彼が何かを言おうとした瞬間、馬車が突然止まり、物音が消えた。

 その瞬間、ザールは壁である馬車を焼き尽くすと、周りを覆っていた壁がなくなった。


「ザール!? 何をやってるんだ!?」

「……罠か。ラザレス、戦えそうか?」

「……ああ。硬化させれば、むしろ元より便利だ」


 ザールは自身の大剣を構え、周りを囲んでいる雪をかぶさった木々に警戒を向ける。

 俺はそんな彼の背中を警戒するために、義手を硬化させる。

 もう、俺に短剣は使えない。左手では、振ることさえも敵わないのだ。


「……ラザレス、それはどういう意味なんだ?」

「……すいません、いつか教えます」


 その言葉と同時に、俺はとびかかってくる魔族を空中で殴りつける。

 それをまともに食らったそいつは、形容しがたい端末間を上げて、頭から血を吹き出し木まで吹き飛ばされる。

 俺はそんな彼から目をそらし、他の方向を警戒すると、マリアレットが俺の近くによって顔を向けずに耳打ちしてくる。


「……ラザレス、こいつらは何だ? 私たちの国に、こんな生き物はいなかったはずだが」

「魔族。人間に魔力というものを注入すると、あんな姿に変容してしまうんだ。少なくとも俺たちは、これを何度も見てきた」

「……なるほど、それだけわかればいい。そうすれば、陛下に聞くこともできるからね」


 彼女はそれだけ言うと、俺の体の陰に隠れる。

 その時、俺の視界にクリストが映ったが、彼もなかなか剣の使い方は慣れているらしく、魔族に動揺して戦えないという心配も杞憂に終わった。


 だが、寒さが俺たちの体を蝕んでいるのも事実で、段々と体力がなくなってきてしまう。

 ザールの炎の温度で体温を温めるようにして戦ってはいるが、限界はある。

 その時、木々の間に止まっていた鳥が一斉に飛び立ち、急に周りに静寂が訪れ、彼らの気配が消えた。


 そんな異常な状況に流石に違和感を感じたのか、ザールが口を開いた。


「……なんだ、一体……」


 ザールの言葉と同時に、周りの木々にもう一度警戒を向けると足音が聞こえ、体が緊張していくのが分かる。

 だが、その緊張は森から現れてくる人物の顔を見ると、一気にほぐれた。


「……メンティラ、さん?」

「……久しぶりだね、ザール。それと、みんな」


 そこに立っているメンティラが、少し疲れたかのようにこちらに笑いかけた。

 彼の数年前と変わらない優しい声に、俺はその瞬間、心から安心してしまったことを覚えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ