9 使命
俺は歓迎されるがままに、ココアを啜って彼の話を聞いていた。
なんでも、辺境伯というのは国王から与えられる位の正式名称で、国境と国境の境目を監視する役割なんだそうだ。
だが、現在はこちらの国……『イゼル』と敵対している、『ぺスウェン』という国とはお互いに疲弊しているため、戦争をする余裕はないらしい。
そのため、この国境はどちらのもの、という決まりごとは、明確には決まっていない。
「……まあ、私たちの兵はもうほとんど戦争に駆り出され、捕虜か戦死してしまったからね。抵抗する力もないうえにこんな所を統治しても旨味がないそうだ。だから、ここは実質独立している国ともいえる」
「普通、戦争とは土地の奪い合いでは?」
「そうだね。本来ならここもあちらの国の貴族が統治したらしいが、幸いあちらの国王とも仲は良くてね。軍を回さないかわりに統治を任されたんだ。軍事力をすべて奪われた代わりにね」
「……そんなの、戦争から逃げただけじゃないですか」
「我々にとって重要なのは勝ち負けじゃないよ。死ぬか生き残るかだ。不誠実だとは思うが、私を慕ってくれる民を見殺しにはできない」
「だけど、負けたら処刑される者だっている! そんな人たちは見殺しにしてもいいのですか!?」
「落ち着きたまえ。君は私と戦争について対談しに来たのかい?」
ベテンブルグは今までのことを一切気にしていないといった風に一口ココアをすする。
俺はそれに倣いココアを一口飲むが、熱すぎて結局一口も飲めずにいた。
「熱かったかい? なら、少し置いてから飲むといい」
「……すいません。取り乱しました」
「ああ。だが、驚いたな。キミの先程の取り乱しよう、まるでスコット君の若い頃みたいだったぞ」
「……父さんの」
……確かに、今の話だったらスコットも取り乱しただろう。
だが、今はそんな話をしに来たわけではない。
「さて、本題に入ろう。ラザレス=マーキュアス君」
「……はい」
「マーキュアス家は勇者と呼ばれる存在を導くために作られたと言われている、大昔からの貴族だ。といっても、勇者の存在自体はお伽噺として扱われていたがね」
「そうです。だから、勇者を探しにここまで来ました」
「わかっているとも。だが、ここで一つキミに聞くとしよう。勇者とはなにかね?」
……勇者とは、文字通り勇ましい者ではないのか?
それとも、他に別の意味があるとでも言いたいのだろうか?
「勇者は、勇気ある者。……と一言で片づけたいような顔をしているが、それでは丸はあげられない」
「……じゃあ、何が違うんですか?」
「勇者は、普通の人間には使えない魔法という力を持つ」
……そうなると、俺とシアンが勇者なのか?
マーキュアス家なのに? 俺が勇者?
だが、彼は冗談を言っているつもりはないらしく、至って真面目な顔で俺を見つめている。
「……魔法って、そんなに特別なものなのですか?」
「ああ、特別だとも。勇者以外が使えるとしたら、それは魔女だ」
「魔女……?」
……魔女とは、女性のことではないのか?
そうなると、魔女ではない俺が勇者ということになる。
「ああ。古い言い方で言うと悪魔。魔法が使えるという、異世界から来たと聞いたことがあるんだ」
「……っ」
その言葉を聞き、戦慄した。
だが、目の前にいる彼にも、そのことを悟られるわけにはいかない。
どうにかして、誤魔化さなければ……。
「悪魔には女性しかいなかったのですか?」
「……もしそうなら嬉しいが、そこは言語の違いでね。悪魔というのは本来お伽噺の存在だ。だから、よりリアリティを持たせるために、国際規定により魔女という主流に決まったんだ」
「もしかして、今も……?」
「いるとも。魔女は差別を受けたり、国の奴隷として扱われたりしている。ぺスウェンという国でそうした扱いを受けている者がいるとは聞いたことがないがね」
もしかして、外に出てから誰もシアンについて深く追求しない理由がこれなのだろうか?
魔女だから、誰も関わりたくなかった。
だから、アルバの口からもシアンの名前が出てくるだけで、一切触れようとはしていなかったのだ。
「……母さんは、シアン=マーキュアスは魔女だったのですか?」
「ああ、魔女だとも。今も時々あるんだよ、魔女が突然この世界に現れることが。彼女も同様だ」
……ならば、シアンは……母親は、もともとこの世界の人間ではないということか?
「じゃあ、勇者は母のような人を滅ぼすために……?」
「いや、勇者はもし魔女が戦争を起こしてきたときのための存在だ。こうして何もない平和な世の中ならば、彼女は何もしない」
「……そうなんですか」
俺はほっと胸をなでおろすが、それと同時に一つ嫌な予感が頭をよぎる。
もし、俺が魔女だとバレたなら、マーキュアス家としての使命を果たすことが難しくなるのではないか?
今やっとわかった。彼女が……シアンがこの力を憎んでいた理由が。
彼女は、俺に魔女としての素質があることに気付いてほしくなかった。
そうなってしまうことで、魔女という立場から多くの人たちに……最悪の場合、勇者に差別されてしまう。
「……さて、そろそろお腹が空いただろう。夕飯にするとしようか。もう一人、家族を紹介するとしよう」
「もう一人いるんですか?」
「ああ、いるとも。可愛らしいお嬢さんが」
ベテンブルグはニヤニヤしながらこちらを見る。
俺はその目から、俺がその女の子に対しての反応への期待がうかがえた。
それと、どこか俺を試しているかのような、そんな目が。
俺は彼との会話で感じた違和感の正体を探りながら、ベテンブルグに手を引かれ、食堂へと歩いて行った。