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87 謝礼

 その日の昼、俺はまだ書類整理があるというソフィアや、マクトリア国王と用事があるといっていたマリアレットを残し、ザールと二人で街に出た。

 目的はもちろん、この時間帯だと一つだ。


「ザールは何か食べたいものあるか?」

「パン。それ以外でも構わないが、何か一つ上げるとしたらパンだ」

「ザールって、何でそんなにパンが好きなんだ?」

「……そうか。覚えてないか」


 ザールは寂しそうにつぶやいた後、また視線を俺の眼に戻す。

 ……また、何か俺は彼を傷つけるようなことを言ってしまったのだろうか?


「昔、私が餓死で死にそうだった時に、とある者たちにパンをめぐってもらった。そのパンは決して上等なものでなかったが、今後の私を大いに変えたといっても過言ではない」

「ふうん。そんな理由があったんだな」

「……ああ」


 ザールは自嘲気味にふっと笑うと、また前を向いて歩きだす。

 俺は石畳を照り付ける日光や、鼻腔をくすぐる芳しい食べ物の匂い、そして、賑わいを見せる商店街に、行きかう人々。

 その一つ一つが俺の気をそらすが、対照的に彼は見るそぶりも見せず、町を歩いて行ってしまう。


「ザール。商店街は昼時だってのに、凄いにぎわっているんだな」

「ん? ああ。この街は基本的に昼はこんなものだ。以前、私も陛下にこの街へ同行したときも、混雑していた記憶がある」

「へえ。それで、ザールはどこへ向かってるんだ?」

「一度、この商店街から出て人ごみを避けられる場所を目指す。今ここで仮面の人間に襲われたら、周囲の人も巻き込んでしまうからな」


 ……彼の生真面目すぎる返答に、自然と苦笑がこぼれる。

 もう少し肩の力を抜いて生きてもいいとは思うが、彼なりの生き方があるのだろうから、言及してしまうのは不愉快にさせてしまうかもしれない。

 俺はそんな失礼なのか失礼じゃないのかよくわからないことを考えていると、不意にザールが商店街から少し離れたところにそびえている小さな木陰を指さした。


「丁度いい木陰がある。あそこで食べるとしよう」

「……食べるって、何を?」

「ぬかりはない。安心しろ」


 そう言って彼が紙袋から取り出したのは、バターロールにサンドイッチだった。

 ……なるほど、俺に任せる体を装っていたが、実のところ選択肢はなかったらしい。

 それを証言するかのように、彼の腕にはもう一つの紙袋があった。


「……中々やるな」

「奢りで構わん。無理やり突き合せたわびだ」


 俺はそんな彼に一つ息をついた後、伸ばされた腕にある紙袋をもらい、そのまま中のバターロールにかぶりつく。

 ……うまい。甘いバターロールに、塩が練りこんであって、丁度いい塩分補給にもなる。

 皮はサクサクとしていて、中はもちもちと柔らかい。


「……ソフィアにも食わせてやりたいな」


 そのパンのおいしさに油断していたのか、俺の思っていたことがそのまま口から零れ落ちてしまう。

 それを聞いたザールは、驚いたような、愉快なものを見たかのような顔で、俺の顔を見つめていた。


「……なんだよ。何だその顔」

「……いや、すまない。その言葉と似たようなことを依然聞いたことがあったことを思い出しただけだ」

「え?」

「このパンは、陛下と同行したときに、ソフィアへのお土産に買ったものだ。その時、似たようなことを言っていたな」

「……え?」


 ……ソフィアが、俺のことを?

 いや、友達としてだろう。何を考えているんだ。

 だが、友達としてだとしても、俺のことを気にかけてくれているのは事実だ。そのことはとても嬉しい。


「……そっか、嬉しいな」

「ああ。あいつは気丈にふるまってはいるが、根は友人思いのやさしい人間に他ならない。ラザレス、お前のようにな」

「……ああ」


 俺は彼から手渡された水筒を手に取り、中に入っている冷めた茶を喉に通す。

 その時の茶はとても冷たく、塩の味に染まってしまっていた俺の舌を、きれいさっぱり洗い流してくれた。


 そして、茶を半分ほど飲んだ後、そのままザールに手渡しして返す。

 すると、茶を飲んで冷静になったのか次第に周りの音が聞こえるようになり、遠くから俺たちを呼ぶ声がした。

 ザールはたべかけのパンから目を離し、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる美少女……いや、美少年であるレンを見つめた。


「騎士団長! ラザレスさん!」

「……レンか。団員の体調管理は終わったか」

「はい! 少し包帯が足りませんが、そこはマクトリアが援助してくださるといっていました!」

「そうか。それと、あそこにいる少女は貴様の妹だろ?」

「え? ……あっ」


 レンは気づいていなかったらしく、途中までついてきた妹であるリゼットが、木の陰に隠れているのに驚愕していた。

 彼女の視線の先にはちらちらとザールが映っていて、その瞳の意味を彼は知っていた。


「レン、あっちで話すぞ。リゼット嬢がこちらに来ない理由は私だ」

「……え?」

「大方私が怖いのだろう」

「そんなことは……」


 レンは否定の言葉を口にしようとするが、さすがに擁護しきれないらしく口をつぐんでしまう。

 確かに、ザールの口調や雰囲気は怖いものがある。

 だが、それは初対面での話で、慣れてしまえば案外何でもないものだ。


 ザールが気を利かせ彼女の前から姿を消すと、おずおずと彼女が木陰から姿を現した。

 だが、まだザールを警戒しているらしく、左右を見てあからさまに警戒している。


「……ザールは悪い人じゃないよ。怖いかもしれないけど、優しい人だよ」

「お兄さん……」

「リゼ、今の態度はザールが悲しいって思うんじゃないかな」

「……ごめんなさい」

「うん。じゃあ今度、ザールに謝ろう。お兄さんも一緒に謝るから、ね」

「……はい」


 ……まあでも、ザールの雰囲気は確かに少女には怖いものがあるのだろう。

 正直、深夜に出会ったら一瞬敵だとみなしてしまうかもしれない。


「それと、今日はどうしたんだい? お兄さんのお仕事の手伝い?」

「いえ、その……お礼を言いたいと思いまして」

「お礼?」

「ここまで連れてきてくれて、本当にありがとうございました!」


 彼女はそういうと、腰を直角まで頭を下げて、大声で俺に感謝の意を述べる。

 その際、周りの人間と目が合って少しだけ恥ずかしかった。

 それに、何かやましいことをしているかのようで、大急ぎで彼女の頭を上げさせようとする。


「大丈夫! 大丈夫だから、ね!」

「……本当に、ありがとうございました」

「うん、うん! いいから、ほら頭を上げて!」


 俺が彼女の肩を持ち、そのままグイと彼女の頭を上げさせた。

 俺はその事実ほっと息を吐いて、落ち着いて彼女に語り掛ける。


「……お礼なら、お兄さんよりもマリアレットの方に行った方がいいと思うよ。彼女がいなければ、きっと厳しかっただろうから」

「それでも、あの時お兄さんがいてくれなかったら、私きっと帰ってこられなかったと思いますから……」

「……そっか」


 俺は彼女の頭をそっとなでると、その時彼女に気を取られ、俺の隣から歩いてくる人物に気が付かなかった。

 そのため、俺はその男の剣先が俺の頬を撫で、切り裂く。

 その瞬間、先ほどまで何ともなかった俺の頬がものすごい熱に襲われた。


「……ッ!」


 俺は彼女の盾として立ち回りその場から飛びのくと、そこには以前俺の家に入り込んできた隻眼の大男がたっていた。

 気が付くと、俺たちの周りには霧が立ち込めていて、今この場にいるのは俺とリゼットだけだ。


「……何の用だ。こちらは見ての通り、食事中だったんだがな」

「貴様らイゼルとマクトリアが手を組もうとしているという情報を得た。故に、その橋となる可能性の高い貴様は抹殺させてもらう」

「……ハッ、抹殺? 今殺せば、間違いなく疑いはあんたら賢者の法……もしくはフォルセに向かう。やめといたほうがいい」

「そうかな?」


 彼はそれだけ言うと、俺の目の前を切り裂き、すさまじい反動が俺たちの体を襲う。

 そして、その反動はかまいたちとなり、俺の体の節々を切り裂いていく。

 幸いなのは、俺の体が盾になったのかリゼットに傷がつかなかったことだ。


「……ふん、これで終わると思ったのだがな」

「舐めるなよ。アンタらが殺そうとしている奴は、四年前は英雄なんて呼ばれてた連中の一人なんだぜ?」

「知っている。だが、そんなものは……」


「我が剣の前には無力」


 彼の言葉とともに、剣が振り下ろされる。

 その時の衝撃は計り知れないもので、近くに立っている木も風圧で揺れていた。

 そして、その衝撃を俺たちに自覚させたのは、すさまじい轟音となった金属音だった。


「……ザール!」

「……すまない。遅くなった」


 彼は自身の大剣で、俺の目の前にいる隻眼の男のもう一回り大きな野太刀を受け止めていた。

 だが、その時の衝撃はザールにもすさまじいものだったらしく、彼も苦痛に顔をゆがめる。


「……貴様は」

「……厄介だな。ここで貴様に私の存在を知られるのは」


「どうしてここがわかった。『フォルセ先代国王』……!」


 彼の言葉に、男……フォルセ先代国王と呼ばれた男の口元は、不気味にゆがんだ。

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