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81 撤退

 ザールに連れられ、しばらく林を通りつつ南を目指していると、途中に数十人の騎士の集団を見つける。

 俺は一瞬身構えるが、すぐにその鎧がイゼルの者であることに気付き短剣から手を離した。


 ザールが片手をあげながら林から出ると、騎士団がザールに向けて敬礼をする。

 彼はそんな彼等を一瞥した後、中央のテントに向かった。

 俺たちもそんな彼の後を追いかけて、テントをくぐる。

 その中には、女性とも男性ともつかない、どこかリゼットに似た子供が、テントの中にある椅子に座っていた。


「……あ、隊長! よくご無事で!」

「レン。ここの被害は?」

「いえ、特に、は……」


 ……レン?

 その名前には聞き覚えがある。

 確か、以前俺の家にザールとともに来ていた少年だったはずだ。


 レンと呼ばれた少年は、こちらを見たとたん目を丸くする。

 俺は驚いて一歩後ずさると、レンが大声をあげてこちらに走ってきた。


「リゼ!」

「兄さん!」

「……え?」


 俺が素っ頓狂な声を上げたと同時に、後ろにいたリゼットとレンが抱きしめあう。

 ……今、確かに彼女は『兄さん』と呼んだ。


「え、と。レン君? もしかして、君たちって……」

「はい! 双子です!」

「……ああ、道理で」


 確かに見れば見るほど彼らは似ている。

 だが、パートリッジなど、この世界は貴族のみが名字を所有している。

 そんな彼が、何故騎士団をしているのだろうか。


 俺はその疑問を口にしようとすると、ザールが突然近くの椅子に腰かけ、こちらを睨みつける。

 その迫力に圧倒され、何も言い出せずにいると、ザールの方から口を開いた。


「……何をしていた」

「え?」

「何をしていた、と聞いている」


 ザールは静かに、かつ怒りを含んだ口調で俺を問い詰める。

 俺はそんな彼に戸惑いながら、一つ一つ落ち着いて話す。


「……聞いてくれ。賢者の法がついに動き出した。俺も隙を突かれて、彼らに連行された」

「その少女を連れて、か? その割には、ぺスウェンに寄り道する余裕もあったようだが」

「……何を怒っているんだ。確かに、国の一大事に不在だったことは俺が悪い。だけど、俺だけのせいじゃないことはお前にだってわかるだろ?」

「……」


 ザールは目をつむり、静かにため息をこぼす。

 そんな彼の様子からは、俺への失望が混じっている気がした。


「ソフィアは今、一人で民衆を連れてマクトリアに向かっている。この意味が分かるか?」

「……それは」

「彼女は今一人だ。この世界では、マーキュアスが勇者を導くのだろう?」


 彼は息をついた後、少し笑ってテントの外を指さした。


「行け。ここは私たちに任せろ。貴様は騎士団ではないのだろう?」

「……ザール」

「馬を貸す。私たちはここで戦線を維持している。今から急げば間に合うはずだ」


 俺は彼のやさしさに涙腺を抑え、静かに「ありがとう」とだけ彼に告げた。

 彼はそんな俺の背中を押した後、そのままテントから押し出す。


「……おっと、私も行こう。ここで君と離れてしまっては、私は右も左もわからないからな」

「待て。貴様には一つ聞きたいことがある」


「ラザレスが貴様の部下とは、どういうことだ?」


 マリアレットはザールの当然の問いに、肩をすくめやれやれと首を振った。

 そんな彼女の様子に、一瞬だけザールの眉間にしわが寄った。


「ラザレスはぺスウェンにおいて不法入国の罪により服役中だった。だが、彼の身柄は今私が引き取り、部下という形で釈放させたのさ」

「……そうなのか?」

「ああ。彼女の言うことは一切間違ってない」


 残念なことに、と一言心の中でつぶやく。

 だが、不法入国はいくらか仕方がないだろう。監禁されていた森を抜けたら雪国だったのだから。


「では、あの少女も服役していたのだろう? ならば、彼女も貴様の部下のはずだ」

「……ああ。そうなるけれど、私の研究は子供にはあまり見ていてほしいものではないからね。彼女は経歴に傷がつかない形で解雇するとしよう」


 マリアレットはそのことだけ話すと、騎士の一人が連れてきた馬を軽々と乗りこみ、手綱を手に握る。


「さあ、乗りたまえ。ラザレス君」

「……え?」

「ほら、早く。私の前に」


 彼女はポンポンと馬の背中をたたく。

 だが、彼女はソフィアとは反対に、胸が大きい。

 故に、俺は躊躇しているのだが、そのことにマリアレットが気付くそぶりはなかった。


「……ザール。馬って普通、二人乗りの長距離移動はできないんじゃないのか?」

「ああ。私たちの世界なら、な。だが、この世界の馬は大人二人が乗ったところで問題ない」


 俺は助け舟を期待したが、相手が悪かったことにうなだれる。

 俺は観念して彼女の前に乗り込み、二人乗りのために作られたであろう前にある鞍をつかむ。

 そして、できるだけ自身の背中に神経を寄せないようにした後、馬は動き始めた。




 しばらく走り続け、俺は流れるように変わっていく景色を楽しんでいると、急にマリアレットが口を開いた。


「ラザレス。ザールだったよね、君のお友達」

「ああ。それが?」

「彼のあの力、呪術ではないのかい?」

「少し違う。あれは魔法と言って、似て非なるものだ」


 俺は風に阻まれて聞こえなくなるのを防ぐために、少し声を大きくして答える。

 彼女もそんな俺の意図に気付いたのか、大きくして答えてくれる。


「そうか。ならもう一つ質問しよう」

「なんだ?」

「魔法というのは、我々も使えるものなのか?」

「……ん? いや、魔法が使えるのは魔女と勇者だけだ」

「ならば、何故勇者ではないザールは使える?」


 俺はその質問の答えが見つからなかった。

 彼を魔女と言ってしまったら、マリアレットは彼を不必要に警戒させてしまう。


「……あいつは、勇者の分家だったんじゃないか? それも、かなり遠い親戚の」

「そうか。ならば納得だ」


 ……咄嗟に思い付いた嘘だったが、彼女はそれでも信じてくれた。

 正直なところ、嘘をつくのはあまり慣れていないため心が痛い。


 そんな時、イゼル国内で見た人たちが長蛇の列を作っているのが見えた。


「……あれか?」

「きっとそうだろう。それでは、ソフィアという人間を探すとしよう」


 俺は彼女の言葉にうなずき、そのまま長蛇の列の先頭を目指す。

 そんな時、俺は急に背後から殺意のこもった視線を感じ振り向く。


「……どうした?」

「いや、なんでもない。先に進むとしよう」


 ……きっと気のせいだろう。

 長旅で疲れているため、そのせいだ。


 その時、急にめまいに襲われ、頭痛で頭が割れそうになる。

 だが、そんな俺の姿を見ても、マリアレットは何も言わない。

 振り向くと、彼女は前を見つめたまま静止していた。


「……こんにちは、お兄さん」


 俺は馬の上から落ちないようにバランスを取り、その声の持ち主を探し、後ろを振り向く。

 だが、探す必要はないとあざ笑うかのように、一人の黒髪の少年が俺の足元に立っていた。


「……ぐ、ぅ……!」

「喋らなくていいよ。お兄さんは今、命が危険な状態だからね」


 彼はせせら笑うように俺に微笑む。

 だが、彼のほほえみからはどす黒いものが見え隠れしていた。


「僕は『ルーク』。お察しの通り、賢者の法の一人。そして、今お兄さんがいる『ここ』は、夢の世界」

「……ハ、ァッ。夢の、世界……?」

「うん。僕の呪術は、夢を見せるんだ。その代償に、僕は身長を失うけど、また魔核に体を作ってもらえばいいからね」


 ……俺は歯を食いしばり、力を振り絞り彼を睨む。

 しかし、彼は手を組んで目をつむり、俺の様子など気にも留めていなかった。


「……お兄さんには、これから少しの間地獄を見てもらうね。もし、今ここでマリアレットとマクトリアが手を組んだら、僕たちは大変なことになっちゃうから」


 彼はそれだけ言うと、右腕を空に突き上げ指を鳴らす。

 それと同時に、俺の意識は深い闇に誘われた。

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