79 協力者
俺はリクを待っていると、そのうち疲れからか眠ってしまっていたらしい。
それはリゼットも同じらしく、彼女も寝息を立てている。
どうやら看守らしき人物も眠っているらしく、今この地下牢で起きているのは俺だけのようだ。
そんな時、誰かが地下牢に降りてくるらしく、足音が俺の耳に届いてくる。
そして、その人物は俺たちの地下牢の前に立ち止まった後、ランタンに明かりをつけた。
「やあやあ、君たちが侵入者かい?」
かわいらしい朗らかな声で話しかけながら俺の顔にランタンの火を近づける。
その時、俺は初めてその人物が女性であることに気付いた。
外見としては、茶色のつなぎにゴーグルをした、俺よりも一回り小さい金髪を後ろでまとめたつり目の少女だった。
「……どちら様ですか」
「この国で兵器開発を任されている者だよ。名前なんてどうでもいいだろう?」
彼女はおどけて俺の質問に答える。
だが、彼女の眼付だけは俺をとらえて離さず、どこか値踏みしているかのような印象を受ける。
「はは、冗談だよ冗談。私は『マリアレット=クレセント』。気軽にマリーと呼んでくれ」
「……気軽にする仲でもないでしょう」
「それは君次第だ」
マリアレットは目を細め、ランタンを足元に置く。
「これから簡単な質問をしよう。その答えによっては、私の部下になるという形で逃してやってもいい」
「……それで、それがあなたの何の得になるんですか?」
「ならないね。これは私の趣味のようなものさ。でも、君にとって悪い話じゃないだろう?」
……確かに、悪い話ではない。
だが、彼女が裏切るという線も考えられなくはない。
そんな俺の不安を知ってか知らずか、彼女は質問を切り出してきた。
「……賢者の法について、どこまで知っている?」
「……ッ!?」
「いいね、その反応。君、結構関係がありそうじゃないか」
「それを知って、どうするつもりですか?」
「ふふん、さあね? 答えてくれたら教えてあげなくもないよ」
彼女は片目をつむり肩をすくめる。
だが、今立場が下なのはこちらだ。ここでむやみに隠し通せるとも思えない。
「……賢者の法は、平等を目指す邪教です」
「ほうほう、それで?」
「以前、ダリアという女が賢者の法を立ち上げ、イゼルを支配しようとしました。ですが、その野望はイゼル国王陛下に打ち破られて以降、影を潜めていました」
「『いました』って言うことは、また勢いを増してきた、ということかな?」
「はい。彼らはもう一度復興しようと打算している様子です」
「なるほど、なるほど……」
マリアレットは興味深そうに何度もうなずく。
「あの、どうしてそんなことを……?」
「興味深いからだ。それじゃいけないかい?」
「……そんなことは」
俺は口まで出かかっていた言葉を途中で飲み込む。
そして、彼女の眼を見つめるようにしてもう一度彼女の問いに答えた。
「いえ、あります。この件は、貴国とは無関係なはずです」
「無関係、無関係ねぇ……」
マリアレットは俺の言葉が気に食わなかったのか、口の中で同じ言葉を何度も繰り返す。
「無関係なら、賢者の法にも伝えてくれないかい? 『ぺスウェンは関係ない』ってね」
「……どういう、ことですか?」
「この国にも来たんだよ。賢者の法を名乗る仮面をつけた人間が、ね」
落ち着き払ってそう告げる彼女とは対照的に、俺はいろんな言葉が頭に浮かび言葉に詰まってしまう。
そんな俺を見て愉快に思ったのか、マリアレットが口を開いた。
「それで、本題だ。イゼルのみに存在する力について詳しく教えてくれないかい? 似ている力を仮面の人間が使っていたものでね」
「……なんのことですか?」
「意外に要領が悪いんだな、君。決まっているだろう?」
「『呪術』だよ。『呪術』」
俺はその言葉を聞いたとたん、息が詰まりそうになる。
呪術のことについての本は異常なほどに少ない。それも、図書館で一冊も見つからないほどだ。
だから、彼女の言葉には心底驚かされた。
「……大切なものを犠牲にして、力を得る方法。それが、呪術です」
「違うなぁ。そんな教科書みたいな答えを期待しているんじゃないんだよ。私は、その力の使い方を教えてほしいと言っているんだ」
「……それは、わかりません」
「……そうかい? そりゃ、残念」
この力は、誰かに教えていいものではない。
少なくとも、彼女のような人間には。
「それじゃあ、それを知るためにイゼルまで同行するとしよう」
「……へ?」
「ほら、何をしている。脱獄の準備をしたまえよ」
彼女は、何を言っているんだ?
呪術のために、わざわざイゼルまで行くというのか?
「どうして、そこまで知りたがるんです!?」
「逆に、どうして知りたがらないと思うんだね?」
「……え?」
「開発において一番必要なものは何だと思う? 技術か、それとも経験か。どれも違う。必要なものはただ一つ」
彼女は鉄格子に思い切り顔を近づけ、狂気的な笑みを浮かべた。
「『好奇心』さ。未知のものに手を伸ばしたくなる危険な存在。それが我々、開発者なのだよ」
「……」
「『好奇心は猫を殺す』? 実に結構! 知ろうとすらしないよりずっといい!」
彼女の態度に驚いていると、彼女は鉄格子から俺の顔に手を伸ばし、頬をさする。
「その点、君は実に優秀だ! 満点をくれてやってもいい! 私の好奇心をくすぐってくれる。私を退屈させないでくれる!」
「何、を……」
「わからないかね? 君の格好を見る限り、同類だと思ったのだが?」
彼女は俺の顔から手を下に向けて這わせ、ちょうど俺の心臓のところを指さす。
「インクの匂いにまみれたコート。君も何かを知りたかったのだろう?」
……否定できない。
俺も、魔核のことについて知りたかった。
そのためだけに、俺は四年間を費やしたのだ。
「やっと気付いたのかね? 自分が何者で、誰と手を組むべきか」
「……」
「ならば行こう。我々はいいコンビになれる」
彼女は俺の胸から手を放し、そのまま握手を求める形にする。
俺はその手を少し迷った挙句、握ってしまった。
「実に結構。満点だ」
「……ありがとう、ございます」
本当に、彼女の手を取ってしまっていいのだろうか?
もし彼女の言動が演技だとしたら、それこそ大した役者だ。
だから、裏切るということは考えにくい。
俺の不安はそこではない。
このまま彼女の趣向に合わせてもいいのだろうか? という漠然とした不安だったのだ。
そんな時、地下牢の中に鳴り響く、一つの声があった。
「マリー! お前、そこで何をやっている!?」
「誰かと思ったら、リクか。私は彼をひどく気に入った。これから彼と一緒にイゼルに向かう」
「……貴様、そんな好き勝手ができるとでも!?」
「できるさ。陛下にはもうすでに許可を得ている」
「……クソッ!」
リクはよほど悔しいらしく、地下牢の壁を思い切り殴りつける。
マリーはそんな彼の様子がおかしいらしく、笑いながら俺たちの牢屋のカギを開けてくれた。
「さて、行くとしようか。ええっと……」
「ラザレスです。ラザレス=マーキュアス」
「……へえ、マーキュアスね」
マリーはその名前がよほど気になるのか、顎に手を当て何か考えるしぐさをしながら、地下牢を上がっていく。
そんな彼女を一瞥し、俺は眠っているリゼットを抱きかかえ、彼女の後姿を追いかけていった。




