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78 寒空

 俺はリゼの頭を俺のコートを枕代わりにして横たわらせた後、家から出て空を見る。

 空は突き抜けるかのような紺色に染まっていて、そこには数羽の鳥が舞っていた。


「……寒いな」


 俺は震えながら息を吐き、周りを見渡す。

 とりあえず、ここが大体どこらへんかは分かった。

 だが、イゼルに簡単に戻れるわけではないのは、この気候が証明してくれていた。

 それに、今イゼルに戻ったら、リクの家を留守にすることになる。

 せっかくの好意で貸してくれた家を、留守にする不義理はしたくない。


「……そういえば、よく見ず知らずの俺たちに貸したよな」


 もしかしたら、俺たちが盗賊なのかもしれないのに、それでもかれは俺たちを家に入れてくれた。

 ……よほどのお人よしなのか、それとも何か理由があるのか。

 どちらにせよ、せっかくの好意なのだ。変に勘繰るのも失礼だというものだろう。


 俺は白い息を吐きながら家に戻ろうとすると、不意に俺の体にコートが掛けられた。

 そのコートにはインクのにおいが染みついていて、俺の者だということがすぐにわかった。

 振り向くと、まだ眠そうなリゼットが目を擦りながら、俺を見上げていた。

 俺はそんな彼女の話を聞くために、ひざを折る。


「おはようございます、お兄さん」

「ああ、おはよう。どうしたんだい?」

「……その、リクさんはどこへ?」

「ああ。彼は仕事に戻ったよ。後で礼を……」


 その時だった。

 俺たちの体の間を、一つの矢がかすめたのだ。


 見ると、リクと同じような服装をした男が、こちらにクロスボウを向けていた。

 そのクロスボウに矢が装填されていないことから、彼がどこへ向けて矢を放ったかは明白だった。


「リゼット、中へ!」

「おっと動くなよ。あんたはすでに囲まれてんだ」

「……その声は」


 その声には、聞き覚えがある。

 先ほど、仕事があるといって家から出て行った男。


「よお、ラザレス。元気してたか?」

「リク、俺たちをだまして……!?」

「だましても何も、お前たちイゼルが俺たちぺスウェンに何したか、知らないわけじゃないよな?」


 俺たちが黙りこくっていると、しばらくしてリクが不愉快そうに鼻を鳴らす。


「なら、教えてやるよ。お前たちイゼルはな、戦争で俺たちぺスウェンから領土を奪い取った」

「それは戦争のせいだろ!? 俺たちは……」

「違う。国力なら俺たちが勝ってた。だけど、一人だけ裏切り者がいたんだよ!」


「お前がよく知ってる、ベテンブルグが俺たちを裏切ったんだよ!」


 そういわれて、俺は言葉も出なかった。

 そういえば、彼は元々イゼルに所属していたわけではないと昔聞いたことがある。

 その国が、ぺスウェンだったとは知らなかったが。


「だから、ここぺスウェンにおいて、お前たちイゼル国民を歓迎する人など一人もいない。貴様らの狡猾さは、よく知っている」

「……ッ」

「ついてこい。貴様らの処遇は本国にて決めさせてもらう」


 リクが首でほかの騎士団員に合図をすると、俺たちの手首に縄がまかれていく。

 勿論抵抗できなくもなかったが、勝てる保証もないうえに、リゼットを危険に晒すことはしたくなかった。


「……なあ、リク。なんでお前は俺たちを助けたんだ?」

「……」

「放っておけばいいのに、どうして命を助けたんだ!?」

「連れていけ」

「おい、リク! 俺の質問に答えろ!」


 リクは目を伏せて、俺の言葉が聞こえないかのようにふるまう。

 俺はその態度が妙に気にかかった。


「……お兄さん」

「大丈夫。必ず助かるから……」


 俺は不安そうに顔を見上げるリゼットに、自分にも言い聞かせるかのような気休めを言うしかない。

 少なくとも、今はそれしかできない。


「来い」


 騎士団員が俺たちを馬車に放り込み、雪道を歩き始める。

 その間、俺たちは無言だった。




 しばらくして、俺たちはぺスウェンの本国と思しき場所に連れてこられた。

 ぺスウェンは俺の体がすっぽり収まるくらいの石の城壁に、雪から顔を出した石畳。

 そして、ログハウスの家がいくつも立ち並んでいて、奥には真っ白な壁が印象的な城がたっていた。


 だが、今の俺たちは呑気に城を見物している場合じゃない。

 馬車から放り投げられ、赤いじゅうたんが床に敷かれた城の中を歩かせられて、地下牢に放り込まれる。


「ここで処遇が決まるまで大人しくしていろ」


 俺たちを連れてきた騎士団員はそれだけ言うと、コツコツと俺たちが下りてきた石段を登っていく。

 その地下牢は誰もいないせいか、奇妙な静寂が存在していた。


「……お兄さん」


 流石に不安に思ったのか、リゼットが俺のことを呼ぶ。

 彼女は恐怖からか、先ほどから声を上げられずにいたのだろう。


「……大丈夫だよ。きっと」


 呪文のように、それだけを言うことしかできない。

 そんな時、この静寂を崩す足音が、俺たちの牢屋の前まで訪れた。


「……生きてるか、ラザレス」

「何の用だ、リク。てっきりもう会えないものだと思っていたけどな」

「お前に、質問がある」


「ベテンブルグは、愛されていたか?」


 ……一瞬、質問の意味が分からなかった。

 何故、裏切り者であるはずのベテンブルグを気にする必要があるのだ?

 だが、彼の名を口にするリクの表情は、とても彼をののしろうとする者の顔ではなかった。


「……ああ。頼りにされてたよ」

「……そうか」

「だが、なんでそんなことを?」

「……あいつは、戦争を俺たちの負けという形で終わらせた裏切り者だ。だけど、それとは別で俺はあいつに憧れていたんだ」

「憧れてた?」


 リクは自嘲するように笑った後、牢屋の近くに腰を下ろす。


「頭がよくて、いつでも自分の領土の民のことばかり考えていたあいつに、憧れてたんだ。悔しいけど、あいつは俺よりも剣の扱いがうまかったからな」

「……」

「……だから、俺はあいつを許せない。だけど、それとは別にあいつに生きててほしいって思っちまう俺もいる」


 リクはそう言って苦笑したのち、黙り込んでしまう。

 ……しばらくして、リクが口を開いた。


「アンタらを助けた理由は、俺にもわからない。でも、俺はあんたらを殺したくない。確かにそう思ったんだ」

「……それは」

「なんとなく、アンタが前代騎士団長に似てるからかもな」


 乾いた笑いをその言葉に付け足すリク。

 そんな時、俺は好奇心からかその名前を訪ねてしまった。


「その人の名前は?」

「スコット。スコット=マーキュアス。魔女と結婚して、騎士団をクビになったんだがな」

「……マーキュアス」


 また、その名前を聞いた。

 だけど、俺はその名前を知らない。

 知っていたはずなのに。


「……その人のことは知らないけど、俺も姓がマーキュアスなんだ。ラザレス=マーキュアス」

「……ふざけるなよ」

「冗談じゃないんだ。スコットという人のことは知らないけど、間違いなく俺はマーキュアス家だ」

「なら、あのペンダントはどこにある!? お前がマーキュアス家だっていうなら、あれを持っているはずだ!」


 ……あのペンダントは、ソフィアが持っている。

 そのためその問いに答えあぐねていると、リクは何かに気付いたのか、俺の体に指さしてきた。


「……その短剣」

「え?」

「何故、お前がその短剣を持っている!?」


 彼の指さしてきた方向には、確かに俺の短剣が存在していた。

 ……そういえば、俺はいつからこの短剣を持っていたのだろう?


「その短剣は、スコット隊長が俺に頼んで作らせた短剣なんだよ! 何故、それをお前が……!」


 急に声を荒げる彼に、俺は戸惑ってしまう。

 リクはそんな自分の様子に気が付いたのか、深呼吸をした後口を開いた。


「……クソッ、胸糞悪い。夜にまた来る」


 彼は頭を掻きながら、そのままどこかへ行ってしまう。

 俺はそんな彼の後姿を眺めることしかできなかった。

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