8 辺境伯
俺はアルバの馬車に揺れられ、荒野を歩いていた。
彼は物凄い話好きらしく、会話が止まらなかった。
特に、自身とスコットの出会いの部分を何度も何度も聞かされていた。
「そんでよー、義兄さんは当時は盗賊だった俺の剣だけはじいてこう言うんだぜ? 『命は出せないが、僕の元で剣術を習うつもりはないか?』ってな!」
「は、はあ」
「そんでよ、俺は剣術の稽古にあやかって義兄さんを殺そうとしたんだけどよ、あの人強いのなんの! しかも、義兄さんの剣術は俺じゃなくて剣ばっか狙うからまるで勝負になんねえ!」
スコットの剣術は俺が元居た世界とは変わっていて、刃を砕くための剣術。
相手の体を狙うよりも、体を守るために盾とされた刃をあえて狙うため、合理性はある。
だが、この剣術は完全に我流らしく、きっとこれは彼が相手を傷つけないために作られた剣術であることは容易に想像できた。
「それでよ、俺はあの人を超えるため毎日ずっとあの人指南を真面目に聞いて稽古に励んでいたら、ある日俺は義兄さんに勝ったんだ!」
「はい」
「でもよ、あの人は命乞いなんてしないで、手放しで俺の成長を誉めやがった! 最初は狂人かと思ったね、マーキュアス家ってのは」
「はい」
「……お前、ちゃんと聞いているのか?」
「聞いていますよ」
少なくとも、十回目の繰り返しまでは。
いくら暇とはいえ、こう何度も同じ話をされてしまっていては困る。
かといって突き放したら何をされるかわからないし、おとなしくしているしかない。
「そっからよ、俺があの人について本気で考え出したのは」
「例えば?」
「『あの人はどうして俺に優しくするんだ』とか『もしかして、俺が怖いだけなんじゃねえか』とかな」
「なるほど」
「そんでよ、ある日俺は仕事でポカやらかして同業の奴らにぼこぼこにされたわけよ」
「そうなんですか」
「でも、そん時義兄さんが助けに来てくれてな、俺より弱いくせにって思った」
「確かに」
「でもよ、あの人は強かった。なんでも『君を守るためならいくらだって強くなるさ』だってよ」
「そうなんですか」
「そっからよ、俺があの人の弟分として……おっと、もうついていたか」
アルバは話に夢中になっていたせいか気付かなかったが、すでに辺境伯領に差し掛かっていたらしい。
辺境伯領は中央にある大きな宮殿を囲むように、石造りの家がちらほらと見え、高台にあるため景色もいい。
そして俺はやっと彼の昔話から解放されると思ってほっとしていると、彼から耳打ちされた。
「……二つ良いか」
「はい」
「一つは、話が聞きたくなったらすぐに呼べ。それと、あの人のことはベテンブルグ辺境伯なんて呼ぶんじゃねえぞ」
……一つ目はよく聞こえなかったが、二つ目は何故だろうか?
普通辺境伯と呼ぶのが礼儀なはずだ。
そんなことを考えていると馬車のいく道が門番によって止められた。
アルバはそんな彼らを見て目を細め、片手を頭の後ろに置いた。
「さーせん、アルバっすけどー。どうもマーキュアス家からベテンブルグの旦那にお届け物がありましてー」
「……マーキュアス家から? 連絡は着ていないが?」
「おいラザレス。そのペンダント貸せ」
「は、はい」
俺はペンダントを首から外しアルバに渡す。
彼はそれを受け取り、門番たちに見せた。
「さーせん、緊急っすのでこれが通行証ってことで」
「……いいだろう。だが、我々は一切の責任を取らないからな」
「あざーっす。そんじゃ、失礼しまーっす」
アルバは飄々と頭を下げた後、馬車の後ろに載っていた俺にペンダントを返す。
それと同時に、アルバは言葉をつけ足して来た。
「そうそう、お前そのペンダントなくしたら話聞いてもらえねえだろうから、覚悟しとけよ」
「……はい」
‐‐‐
俺たちは馬車を置き、ベテンブルグ宮殿の中を歩いていた。
宮殿の中は俺の家より一回り大きく、床や壁も大理石でできていて、より一層きれいに磨かれていた。
そして、貴族がよく雇っているメイドという存在も、この目で見るのは初めてだった。
別に、嫉妬なんかしていないぞ。
しばらく歩いて廊下の突き当りにある木造の大きな扉をアルバは乱暴にたたき、声をかけた。
「ベテンブルグの旦那ー。お届け人っすよー」
「ああ、今開ける」
扉が重厚な音を立てて開くと、そこにはモノクルを付けた白髪で細身な老人が微笑んでいる姿があった。
アルバはその人に軽く会釈をすると、俺にペンダントを出せと手で合図する。
俺がペンダントを渡そうとすると、老人はそれを軽く手で押しとどめた。
「いいんだ。大体の事情はわかっている。スコット君からペンダントを持った少年が来たら、匿うように言われていてね」
「……そすか。随分と話が早いっすね」
「うむ。まあ天才だからね」
……この人は何を言っているのだろうか。
だが、彼の立ち振る舞いはどこか一般人とはかけ離れている印象を受けた。
なんというか……どこか掴みどころがないというのだろうか?
「やはりスコット君は亡くなってしまったか。惜しい男をなくした」
「……あなたは?」
「……君がラザレス君かな? 私はベテンブルグ。そうだな、べテンブルグと呼び捨てにしてくれて構わないよ」
「辺境伯とお呼びすべきなのでは?」
「その呼び方は嫌いなのだよ。なんというか、『辺境の貴族』のようではないか」
……まあ、確かに。
だが、失礼ではあるが辺境であると呼ばれたら否定はできないはずだ。
「……まあ、その話は私の部屋に入って、社会勉強と共にするとしよう。アルバ君は……」
「あー、俺。ちょっとカワイイ子ひっかけちゃって、明日会う約束してんすよね。だから、あんまりここに長居は出来ないっていうか……」
「なるほど。今度私にも紹介してくれたまえ」
アルバは口には出さないものの、「マジかよ」と言いたそうな顔で扉を閉めた。
そんな彼を見送った後、ベテンブルグは俺に手で椅子とココアを勧め、自身も椅子に体を預け微笑んだ。
「歓迎しよう。ラザレス=マーキュアス君」