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76 殺意

 朝が来た。

 結局、俺はスコットという人物を思い出すことはなかった。

 ……だけど、何故かその人物の名前を聞くと、涙が止まらなくなる。


 しかし、そんなそぶりをリゼに見せるわけにはいかないため、俺は涙をこらえ、布団から起き上がる。

 家の節々から入り込んでくる光がまぶしく、目を細めながらあくびをした。


「……朝か」


 誰にともなくつぶやく。

 俺は右腕を見て、もう血が付いていないことを確認した。


 俺が、アルバを殺したのだ。

 仕方がない。殺さなければ殺されていた。

 だけど、それでも……。


「……ん、う……」


 俺は隣に眠っているリゼに目を向ける。

 ……昨日一番疲れたのは彼女だ。俺じゃない。

 こんなに華奢な体で勇気を振り絞り、俺を助けに来てくれたのだ。

 眠っている彼女の頭に手を置いて、そっとなでる。


 その時、気付いてしまった。

 ……何故、彼女が俺の布団にいるんだ?


「……そうだよな。心細いもんな」


 帰れるかどうかもわからないのに、幼い女の子が一人で寝るのは心細いだろう。

 俺は彼女の肩まで掛布団をかけて、布団から立ち上がる。

 すると、そのタイミングを見計らってたかのように、静寂に支配されたこの家にノックが飛び込んできた。


「はーい!」


 この家の主である老婆の声が続いてこの家の静寂を破る。

 そして、玄関の戸が開いた音とともに、老婆は毒を吐く。


「なんだい、こんな朝早くに。言っとくけどね、この家から出て行けって話だったら、お断りだよ!」

「違います。俺たちはラザレスという青年を探しているんです」


 老婆の声に反論する声は、間違いなくザールの者だった。

 だが、どこか違和感を感じる。


「……ザール?」

「おお、ラザレス! 無事だったんだな!」

「なんだい、知り合いかい」


 俺の姿を見た瞬間、手を振るザール。

 やはりどこか違和感を感じる。それとも、彼があそこまでやるほどに俺は心配をかけてしまったのか?


「……ザール、だよな?」

「他に誰に見えるというのだ。心配したぞ」

「ああ、ごめん」


 そういうと、ザールはにっこりと笑う。

 見慣れていないからか、その笑顔に嫌悪感すら覚えた。


「お礼にさ、今度美味いパン屋連れてってやるよ」

「ああ。奢れよ?」

「……ん? 待ってくれ。確かザールはパンが嫌いだったよな?」

「え? あ、ああ! そうだ!」


 俺はその言葉を聞くや否や、短剣を彼の首に突きつける。

 間違いない、こいつは偽物だ。

 いつだったか、慈愛の街にいた時は彼はパンしか食わなかった。

 もし、四年経ってパンが嫌いになっていたとしても、この短剣を溶かすことなど本物の彼なら容易なことだろう。


「誰だ、お前は」

「……フフ、気付かれてしまいましたか。ですが、こいつのフリも嫌だったので、むしろ感謝するところです」

「おばあさん! 中に入ってて!」


 俺は目の前の彼を突き飛ばし、家から遠ざける。

 そして、後ろから扉が閉まるのを確認した後、彼を睨みつける。

 そんな中、彼は自身の首に切り傷を入れた後、そこから川を服のように引きはがす。

 すると、黒い服に身を包んだ、青い髪に、病的なほどに白い肌が特徴的な、藍色の眼をした男が現れた。

 それが呪術なのかは定かではないが、見てて気分のいい者ではないのは確かだった。


「……お初にお目にかかります。私の名は『グレアム』。賢者の法で助祭を務めさせていただいております」

「俺を殺しに来たか?」

「ええ。貴方を殺し、私は司祭になる。そのため、ここまで参ったのです」

「そうか。なら話は早い」


 俺は彼の不意を突くように短剣で刺突を繰り出す。

 だが、彼はそれに一瞬戸惑った後、大きく後ずさりかわされてしまう。


「おっと、不意打ちですか? ずいぶんと情けない」

「ザールを真似て騙そうとするお前の方が情けないとは思うがな」

「……私の前でその名前を容易に出さないほうがいい」


 グレアムは確かにザールという名前が嫌いらしく、顔をゆがめる。

 すると、次の瞬間彼は激情したかのように俺に指を向けた。


「何故、あんな裏切り者よりも私の方が下の階級なんだ! 私は、奴よりも尽くしてきたというのに!」

「……知るか。その愚痴を俺に聞かせに来たのか?」

「黙れ、その口を、今閉ざしてやるゥ!」


 グレアムは懐から棘のついたメイスのようなものを取り出し、そのまま俺の頭上に振り下ろす。

 だが、その動作の一つ一つがどこかゆっくりで、そのメイスのいなし攻撃に転じることなど、たやすいことだった。

 俺は首元で会えて寸止めし、彼の投降を促す。


「……武器を捨てろ、今なら見逃してやる」

「ハッ、甘いことを」


 彼はそのまま首を俺の短剣の上に乗せ、そのまま前に進んでくる。

 当然、首元にめり込んでいくが、構わず直進してくる姿に、狂気すら覚えてしまう。


「この程度で、私の野望を止められると思うなぁ!」

「……ッ!」


 俺は一瞬彼の勢いにのまれ、剣先を別の方向へ向けてしまう。

 そのすきを突かれ、俺の横腹にメイスがめり込んでいく。

 そして、その衝撃のせいか俺の口から言葉にならない声が吐き出されてしまう。


 そして、俺の体が近くの木にたたきつけられ、口からは血が飛び出ていく。

 その時、俺の姿を見てしまったのか、リゼが家から飛び出してきてしまった。


「お兄さん!」

「リゼ、来ちゃだめだ!」


 俺の言葉が届くよりも早く、グレアムはリゼにとびかかり、メイスを振り下ろす。

 そして、重い音がしたと同時に、血が飛び散っていく。


 老婆の、血が。


「……え?」

「……駄目だねぇ。兄貴なら、ちゃんと妹を守ってやりな」

「……おばあ、さん……?」


 一瞬、時が止まったかのように思えた。

 彼のメイスは、確かに彼女の体にめり込んでいる。

 しかも、そのメイスについている棘が、彼女の心臓の場所にめり込んでしまっている。

 きっと、即死だ。


 俺は立ち上がり、自身の手の甲に、一つの切り傷をつける。

 その時に出た血が右手の拳に伝わり始め、俺はそれを硬化させる。


「……グレアム、だったよな?」

「チッ、邪魔くせぇババァだ……!」


 彼に俺の言葉が届かないのを確認すると、そのまま俺は彼のところまでものすごい速さで移動し、彼の右頬に俺の拳を叩き込む。

 その時、彼の顔の骨が折れたであろう音が、乾いた空のもとに鳴り響いた。


「き、貴様! 二度も不意打ちを……!」

「勝負に不意打ちもくそもあるかよ」

「そうか、なら……!」


 グレアムはニヤリと笑い、メイスをリゼの首元に近づける。

 そして、下卑た笑みを浮かべこう言い放った。


「動くなよ? へへ、卑怯なアンタが悪いんだからな!」

「そうか。なら、俺はもう一歩も動くつもりはない」

「へっ、当たり前だ! 動くなよ……!」


 彼はじりじりと俺への歩みを進める。

 だが、途中で彼は歩みを止めてしまう。


「……な、なんだ、コレは。胸が、苦しい……!」

「お前の血を一部硬化させた。短剣がお前の首にめり込んだ時にな」


 硬化させた血が、彼の心臓に達したのだろう。

 そのまま彼は地面に伏して、動かなくなってしまった。


 俺は布で短剣についた血を念入りに拭き取った後、老婆に駆け寄る。


「おばあさん! 今、怪我を治しますから!」


 俺は内ポケットから包帯とガーゼをとりだすが、彼女は俺の手に手を重ね、まるで「やめろ」という風に俺を見る。


「……あたしゃ十分生きたよ。スコット、あんたもこんな老いぼれを気にしないで、好きに生きな」

「……おばあ、ちゃん」

「はは、泣き虫なのは変わらないんだから……。ちゃんと毎日歯磨きをして、夜更かしするんじゃないよ? シアンさんを、大切にしてやりな?」

「……っ」


 俺は彼女の手にすがるように泣き続ける。

 彼女はそんな俺を拒絶することはなく、頭をなでてくれる。


 しばらくして、彼女の腕が俺の頭から零れ落ちる。

 俺は涙を袖で拭った後、立ち上がりリゼの方を向く。


「……行こう。もうここに、用はないよ」

「……はい」


 俺は家の中に彼女の遺体を横たわらせた後、そっと彼女の眼を閉じてあげる。

 立ち上がり、振り向きたくなる感情を殺しつつ、森の中へ歩いていく。

 そして、しばらく歩いていると、日の光と雪の景色が俺たちの眼の中に飛び込んできた。

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