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75 老婆

 しばらくの間、森の中を歩き続けた。

 彼女曰く、来た時と道が違っているらしい。

 そのため、森の中をかき分けるように歩いていると、夜が来てしまった。

 外に出た時は太陽が真上にあったのだが、それでも開けた道は見つからない。

 彼女の方も体力が限界らしく、どこかうつらうつらとしながらついてくる。


「……ここらで野営にしようか」

「え? ま、まだいけます!」

「ううん、お兄さんが限界なんだ。あはは、ごめんね?」

「そ、それなら仕方がないですね!」


 俺の言葉に目を輝かせる少女。

 そんな彼女をほほえましく思いつつ、俺の胸ポケットに入っているメタルマッチで、枯葉に火をつける。

 そして、息を送り続けたり、乾いた木を重ね、焚火を安定させた後、俺はその近くに座る。


「君は寝てていいよ。お兄さんが見張ってるから」

「わかりました。それじゃ、お言葉に甘えて……」


 彼女はよほど眠かったらしく、自身の上着を枕代わりにして、すやすやと寝息を立てる。

 俺は上着を脱いだ後、風邪をひかないようにと、コートを布団代わりに彼女の体にかけてあげた。


「……まずは、水の確保だな」


 俺は本で見た通り、近くの木の幹を薄く短剣出切り落とす。

 だが、そんな付け焼刃の知識で水を得られるほど、現実は甘くない。


 俺は肩を落とし、焚火を見つめ今後を考えていると、一人の足音が、こちらに近づいてくる。

 だが、その一人の足音は耳を澄ましていなくても聞こえてくるため、俺たちを追ってきたにしては尾行が雑で、妙に感じた。


「……止まってください。質問に答えれば、手出しはしません」


 念のため声を低くして、剣先を向けながら脅しをかける。

 その時、一人が驚愕したような声を上げた。


「なんだい!? 今のご時世は、こんな老人を襲うほどひどくなっちまったてのかい?」

「いえ、ですから危害は加えないと……」

「はぁ、まったく。うちのバカ息子はなにやってんだか。こんな野党をほっぽりだして、よく騎士になるなんて言えたもんだねぇ……」

「あ、あの……」

「あんたもあんただよ! まったく、山火事かと思って心配して身に来たら、こんなかわいい妹さん連れまわして山賊とは、見下げたもんだよ!」

「は、はぁ……」


 その老婆は堰を切ったかのように話し続け、こちらの主張は一切聞き入れてくれない。

 しばらく説教を聞き続けていると、喧騒に気が付いたのか、少女が目を覚ました。


「……う、うん、お兄さん?」

「ほら、二人ともこっち来な! アンタは死のうが知ったこっちゃないけどね、妹さんは不憫だからねぇ!」

「……妹?」

「あの人、お兄さんたちを兄弟だと勘違いしてるから、合わせてもらっていいかい?」

「は、はあ。わかりました……?」


 なんだか煮え切らない表情の少女。

 そういえば、俺は彼女の名前を知らない。


「そういえば、言い忘れていたね。お兄さんの名前はラザレス。よければ、君の名前を教えてくれないかい?」

「『リゼット=パートリッジ』、です。よければ、リゼと呼んでください」

「わかった。リゼ、あの人が助けてくれるらしいから、彼女について行こうか」

「はい、わかりました!」


 俺がリゼと呼ぶと、彼女は顔を星のように明るくする。

 だが、反対に俺の中では彼女を無事に送り届けられるのか、という不安が胸の中に渦巻いていた。




 案内された場所は、森の中にあるログハウスの一戸建てに、一つだけ煙突がある建物だった。

 内装としては、天井にランタンがつるされていて、玄関は薄暗い。

 だが、少し奥の部屋には暖炉があるため、明るさとしては全く問題がない。


 そんな家をずかずかと入り込んでくる老婆と、おずおずと靴を脱いで上がるリゼット。

 俺はその違いに、少しだけ笑ってしまう。


「何笑ってんだい。ほら、ご飯冷めちゃうから早く食べな!」

「あ、はい! でも、いいんですか……?」

「そこは『いいんですか』じゃなくて、『ありがとうございます』って言う方が、言われた方もうれしいんだけどね!」


 そう言いながら容器に卵焼きと野菜をよそり、近くに丸いパンを置くと、ダイニングとなっている部屋の奥にある扉を開けて、ずかずかと入っていってしまう。

 家の構造的に、あそこは彼女の自室だろうか?


 俺はそんな彼女を見送ると、ダイニングの半分を占拠している机に向かって、ギシギシいう椅子に座り、「いただきます」と一言言った後、卵焼きに口をつける。

 もし、これが毒だとしても、俺が先に食べることでリゼットは守れるはずだ。


「……おいしい」


 思わず口から言葉が漏れる。

 それと同時に、何故だか涙もこぼれ始める。


「お兄さん……?」

「あれ? おかしいな。なんで、涙が……?」


 俺は、この味を知っている。

 でも、いつ食べたのか。なぜこの味を知っているのかが定かじゃない。

 その、定かじゃないということが、とてつもなく悔しく思える。


「おいしいよ。とても、おいしい……」


 泣きながら、その料理を食べ続ける。

 その異常な光景にのまれたリゼットが、おずおずと料理に手を伸ばした。


「おいしいです。でも、どうしてお兄さんは泣いているんですか?」

「わからないよ……! 知っているはずなのに、わかっている、はずなのに……!」


 そういえば、彼女は少し前に、こんなことを言っていた。

 いいんですかと聞かれるよりも、ありがとうと言われたほうが嬉しい。

 以前、誰かに言われた言葉とうり二つだ。


 でも、その誰かが思い出せない。

 呪術の代償だろうか? それとも、俺が単に忘れただけなのか?

 だけど、忘れちゃいけない、何かだったはずなのに……!


「……ごめん」


 俺は席を立って、走って外に出る。

 彼女に心配をかけないためと思っての行動だったが、実のところ何故外に出たのか、俺でもわからない。

 そして、座り込んで子供のように泣きじゃくる俺の背中に、一つのしわくちゃな手が置かれた。


「……実のところアンタを上げたのは、バカ息子に似ているからさ」

「……え?」

「人を傷つけるのが苦手なくせに、騎士になると言って外に出て、虐げられている魔女と結婚したバカ息子。その眼付に、アンタは似ていたんだよ」


 そういう彼女の眼は、どこか優しかった。

 俺はそのバカ息子という人と同じような経歴をしている人を知っている。

 だけど、思い出せない。

 知っていたという事実だけ、覚えている。


 確か、最後に呪術を使ったのは、アルバの時だっただろうか?

 もしかしたら、その時に……その大切な存在を、忘れてしまったのだろうか?


「……やっぱり他人の空似かねぇ。スコット=マーキュアスっていう、名前なんだけど、知らないかねぇ?」

「……ごめんなさい。でも、俺も名字がマーキュアスなので、もしかしたら血縁かもしれません」

「はは、そうかい」


 老婆は俺の言葉を冗談だと思ったのか、鼻で笑った後肩を落とし、家の中へ戻っていく。

 スコットという名前を全く知らないといえば嘘になるが、何故知っているのかは覚えていない。


 そのことが、俺は妙に悔しかった。

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