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74 監獄

 夢を、見ていた気がする。

 どこか知らない、淡い緑色の草原。


 ザールがいて、あと二人は、知らない男女。

 その三人が、笑いあっていた。


 男の方は、黒い髪に、やせ細った長身で、どこか遠慮がちに笑っている。

 女の方は、亜麻色の髪に、茶色いフレアスカートが特徴的な、笑顔がよく似合う少女だった。


 俺は、この二人について何か知っている。

 だけど、なにも思い出せない。まるで、そこだけが記憶から外れてしまったかのように、痕跡さえも。


 そんな時、やせ細った男がこちらを向いて、先ほどとは明らかに違った意図の笑みをこちらに向けてきた。

 そして、何かを言いたげな様子で口を動かすが、遠いせいか聞こえない。


 そんな時、俺の意識が急に研ぎ澄まされ、まるで水でもかけられたかのような衝撃に、一瞬目がくらんだ。




 目を覚ますと、俺は椅子に両腕と両足を縛られていた。

 周りは灰色の壁と天井に囲まれ、外と通じる場所は、鉄格子の窓と、目の前にある重苦しい鉄の扉だけ。

 その扉の前に立ちふさがるように、一人の男と、二人の仮面をつけた男たちがこちらを見つめていた。

 ほかの二人は知らない。だけど、一人だけ知っている。


「……ニコライ」

「久しぶりだねぇ。元気してたかい?」


 相変わらず、ニヤニヤと笑いかけるようにこちらに話しかけてくるニコライが、空のバケツを地面に置く。

 俺はそのバケツを見て、自分は水をかけられたのだとようやっと気づいた。


 それと同時に、アルバに切られた俺の首元が、まるで嘘だったかのようにふさがっているのに気付いた。


「……この傷は、お前が治したのか?」

「傷? さあねぇ。もしかしたら、恩を売るために誰かが治したかも、だ」


 あいまいな返事をするニコライに、心の底から怒りが沸き立ってくる。

 だが、四肢が動かせない今、俺には彼をどうすることもできない。


「俺を捕まえて、何をする気だ? まさか、人質にでもするつもりか?」

「いーや、そんな野暮なことするわけないじゃない。俺はね、君に知ってもらいたいんだ。この、新しい賢者の法を」

「新しい、賢者の法……?」


 彼の言葉の意図がよくわからない。

 四年前の賢者の法とは違う、ということか?


「俺たちの目指すもの。それは、真に平等なる、争いがない世界。正義だけが生き続ける、正しき世界だ」

「……そんなの、理想論だ」

「果たしてそうかな? 俺たちは、人の心を操れる人がいることを、忘れていないかい?」

「洗脳によって作られた世界が、正しいものか!」

「最初だけさ、そんなのに違和感を感じるのは。直に皆、俺たちが正しいことがわかる。だけど……」


「君みたいなのが、一番邪魔なんだよね」


 ニコライはその言葉と同時に、俺の頬を殴り飛ばす。

 俺はその衝撃を受け止められず、椅子ごと横に倒れてしまった。


「立たせてくれ」


 ニコライの言葉と同時に、横にいた男がうなずき、俺の椅子を立たせる。

 そして、それと同時にもう一度、先ほどよりも強い拳が俺の頬にめり込んだ。


「『理想的すぎる世界は、人間を腐敗させる』? 笑わせないでくれよ。なら、過酷な世界で生きていた君は、立派な人間なのかい?」

「……そう言うことじゃない。誰もが平等な世界が、誰しもに受け入れられるわけじゃない!」

「は! 私たちは人間は家族だ! 家族の中で優劣があってどうする!」


 そう語る彼の眼は、どこか煌めいているようだった。

 自身の理論が、まるで一切間違っていないと信じるかのように。


 そんな時、いつぞやの隻眼の男が部屋に入ってきた。


「ニコライ様。アルバが、息を引き取りました」

「……アルバ、さん」

「そうか。なら、笑うとしよう」

「え?」


 俺の言葉を無視しながら、ニコライは大きく息を吸う。

 そして、この部屋に反響するほどの大声で、彼……いや、俺の周りにいる彼ら全員が笑い始めた。


「ハハ、ハハハハハ!」

「……なにが、おかしい?」

「フハハハハハ!」

「何がおかしい!」

「おかしいのは君だよ、ラザレス君」


 ニコライは笑うのを辞めると同時に、がっしりと俺の頭をつかんでくる。

 その眼は、どこか獲物を睨む蛇のような深い奥底のようなものを感じられた。


「何故、君は笑わない?」

「人が死んだんでしょう!? 笑うのはおかしいはずだ!」

「おかしくないさ。何故なら、俺たちは家族だ。家族なら、笑って送ってやるのが礼儀というものだろう?」


 そういうと、また笑い始めた。

 彼らの笑いは、どちらかというと狂気的で、死んだ人を思って笑っているのではない印象を受ける。

 そして、一通り笑った後、隻眼の男は俺に目もくれず部屋を出て行った。


「さて、君をどうするかは明日決めるとしよう。我々はティータイムと洒落こもうか」

「待て、お前らッ……!」

「そうそう、最後に一つ」


「君の命は、我々がすぐにでも吹き飛ばせることを覚えておけ」


 彼のその声は、節々に殺意がこもっていて、まるで言葉そのものが凶器のような鋭利さを持っていた。

 俺がその言葉に一瞬ひるんだのを見透かすように笑った後、彼らは部屋から出て行ってしまう。

 その時、扉を開けた先の廊下から漂う冷たい風が、妙に俺の頬を撫でてくる感触を感じた。


 そして、この部屋には先ほどとは打って変わって入れ替わるように静寂が訪れた。

 俺は何とかして腕の関節をはずそうともがいていると、急にドアが開き、心臓が止まりそうになる。

 その時入ってきたのは、先ほどの男たちとは違い、まるで子供のように背丈が低かった。


「……何をするつもりだ」


 俺が脅すように低い声で言うと、彼はそのまま俺の後ろへ回り、縄をほどき始める。

 そのことに一瞬戸惑ってしまって、声を出すのを忘れていると、その仮面の人間が仮面をはずし、その綺麗な顔が露わになる。


「……助けに来ました、お兄さん」

「君は、あの夜の……?」


 その少女には、見覚えがある。

 彼女は、以前アリスが殺そうとした少女だった。


 彼女は結び目にてこずるが、ゆるくなったのを見計らって俺は右腕だけ抜いて、懐にあった短剣を取り出し、そのまま足を縛り付けている縄を切り裂く。

 ……短剣がとられていないということは、俺はよほど警戒されていないのだろう。

 または、ニコライの言葉のようにいつでも消せると判断されているのか。


「ありがとう。でも、どうしてこんな危ない真似……」

「お兄さんが、私の命の恩人だから……。だから、恩を返したかったんです」

「……そっか。ありがとう」


 彼女は勇気を出してここまで来てくれた。だから、本当の命の恩人は俺なんかじゃなく、彼女だ。

 それに対して、俺が彼女にできることは、無事に送り返すことだけだ。

 それだけが、彼女に対する返礼になる。


「じゃあ、行こう。歩けるかい?」

「はい!」


 彼女が元気にうなずくのを確認すると、俺は扉を開け放つ。

 そして、開け放ったその先には、深い森が広がっていた。


「……え?」


 俺が先ほど確認したときは、確実にどこか廊下のような場所に通じていた。

 だけど、今はその面影も、ニコライの陰すらない。


「どうかしましたか、お兄さん?」

「あ、いや。なんでもない……」


 もしかしたら、勘違いかもしれない。

 俺は一抹の不安を抱えながら、短剣を構えて歩き出した。

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