73 義兄
俺は町中を駆け抜ける怪しい人物を追って、町の外まで走り抜ける。
だが、人混みが邪魔で思うようには動き回れない。
ようやっと人ごみを抜けたころには、すっかり見失ってしまっていた。
「……チッ」
俺は苦虫をかみつぶしたような顔で、舌打ちしてしまう。
あきらめて帰ろうとすると、聞きなれた声が耳に入ってきた。
「よう、ラザレス。どうしたんだ? そんなに慌てて」
「……アルバさん」
笑いながら手を上げる彼を見て、ホッとしてしまう。
良かった。彼は襲われていなかったんだ。
「あの、先ほどここを通り抜ける人物を見ませんでしたか?」
「んー? いや、とくには見てないぜ? 何かあったのか?」
「何かあったって……」
あの騒ぎに気付いていない?
嘘だ。あそこまで騒がれていたら普通気付くだろう?
なら、何故嘘をつく必要がある?
答えは一つだ。
彼が……。
「もしかして、アルバさん、なんですか……?」
「ああ? 何の話だよ?」
「とぼけないでください。あなたが、イゼルを暗殺したんですよね?」
俺のこの質問は、こじつけもいいところだった。
だから、否定してほしかった。
いつものように、笑い飛ばしてほしかった。
ある意味では、彼は笑った。
だけど、それは俺の求めていた笑顔ではなく、不気味に口元をゆがませたかのような、そんな笑みだった。
「は、はは……ごめんなさい。気分を悪くしてしまい――」
「ご明察。さすがは義兄さんの息子なだけはあるな」
そう言って、彼は懐から剣を抜き、俺に剣先を向ける。
その意味が、俺は一瞬わからなかった。
そのため、俺は飛んでくる斬撃から身をかわすことができずに、俺の右肩を切り裂かれてしまった。
「何、を……!?」
「『何を』か。んなもん、みりゃわかんだろ?」
わからない。わかりたくない。
彼とは、昔から知り合いだったのだ。同じ話ばかりして、アリスに小馬鹿にされて、でも頼りがいがあって……。
俺はそんな彼を、心のどこかでは尊敬していたのだ。
しかし、俺の右肩がそんな幻想を否定する。
痛い。今まで受けた、どの攻撃よりも。
俺は短剣を抜いて、彼に剣先を向ける。
「……これは、警告です。お願いですから、剣を納めてください」
「警告? ハッ、まだ甘いこと言ってんのかよ」
アルバは不愉快そうに口をゆがめると、今度は頭を掻いた後、俺を睨みつける。
「なら、俺がお前に対してどう思っていたか教えてやるよ」
「え……?」
「俺は、初めて会った時からお前のことが嫌いだった。憎かった。義兄さんが死んだのに、のうのうと生きている姿に、虫唾が走ってたんだよ」
そう語る彼の眼は、本気だった。
ダリアの術にかかっている様子もない。彼の心からの言葉。
だからこそ、俺の心に響いて止まなかった。
「でもな、最初は我慢してたんだよ。お前はまだ幼かったからな。でも、ある時俺はお前の正体を聞いた」
「……アルバさん」
「お前は、戦争に勝ったってのに義兄さん一人守れなかったってのかよ! ただビビッて、逃げてきただけかよ!」
……言い返せない。
あの時彼が死んだのは、まぎれもなく俺のせいだ。
「……だからよ、俺はお前を陥れるって決めたんだよ。義兄さんの屈辱、俺が晴らすために」
「どういう、ことですか?」
「わかんねえのか? ヒントをやるよ。俺の呪術はな、人の記憶を切り取り、誰かに移す能力だ」
彼は、ニヤニヤと俺の答えを待っている。
記憶を切り取り、移す……?
俺はあることに気付いてしまった。
俺の記憶を移していた、ある人形のことを。
「……まさか」
「正解。お前の記憶を盗むのは簡単だったぜ? 俺がお前にどんなことを言っても、お前は忘れちまうんだからよ」
「……もういい」
「お前には、いいひとにでも見えてたか? ラザレス」
「もう、喋らないでくれ」
俺は持っていた短剣を、彼の首元で一閃するが、それは彼の華麗な剣捌きによって防がれてしまう。
だが、それでも俺はそのまま滅茶苦茶に彼の首めがけて振り回すが、そんなものは通用しない。
それどころか、攻撃の勢いを利用されて、そのまま肩を貫かれてしまった。
「……ガ、ハッ……!」
「勝てねえよ、お前じゃ。さっさとここで死んで、二度と俺の目の前に現れるんじゃねえ」
「舐めるなッ……!」
俺はもう一度剣を突き付けるが、それも彼からすれば予想できたらしく、今度は剣をいなされて、俺の胸に突き刺されてしまう。
今度は俺の口から形容しがたい声が出てくるが、そんなことは気にしていられない。
……この人は、俺が殺さなくてはならない。
その思いだけが、俺の体を突き動かしていた。
俺はまた出たら目に剣で刺突するが、そんなのは彼には通用しない。
だが、俺はそれをすでに読んでいた。
俺は盾代わりにされている剣を弾き飛ばし、今度は俺が彼の体に剣を突き立てる。
これは俺の剣術じゃない、スコットから教わった剣術だ。
それはアルバも気づいたらしく、より一層俺を睨む目が鋭くなる。
「……調子のんじゃねえぞ、クソガキぃ!」
今度は、俺の体に向けて彼は力任せに一閃してくる。
だが、俺はその件を真正面から受け止めると、激しい剣のぶつかり合いの際に起こる音が、鼓膜を突き破りそうになる。
それほどまでに、彼の剣には力がこもっていたのだ。
だけど、俺はそれを受け止めている途中、わざと力を抜くと、彼はそのまま支えがなくなったため前のめりになり、転んでしまう。
そして、俺は倒れこむ彼のわき腹に短剣を突き立て、そのまま受け止めた。
彼はしばらくうめいていたが、突然ため息をつくと、そのまま腕をだらんとだらしなく垂らした。
「……は、はは。何やってんだろうな、俺」
「……アルバ?」
「スコット義兄さんの息子と、何マジになってやりあってんだよ……」
「なあ、ラザレス。俺を、殺してくれ」
アルバは、絞り出すようにそう言った。
俺はその言葉にうなずき、彼のわき腹から短剣を抜く。
その瞬間、俺のものでは無い斬撃が俺ののどを切り裂いた。
「……へへ、そうやって騙されるのも、兄さんの息子だからこそだよな」
見ると、彼の腕には俺ののどを切り裂いたであろう短剣が握られていた。
薄れゆく意識の中で、俺は血が垂れてきていた右腕を硬化させて、そのまま腕を突き上げ彼の顎を砕く。
だが、俺の体力はそれが限界らしく、重い瞼に逆らえずに深い深淵の中に落ちていく。
その時、「嫌だな……こんな、終わり方」と誰かが呟いた気がした。
それが誰なのかは、俺の意識からはすぐにかき消されてしまった。




