72 暗殺
夜が明けて、俺は知らないベッドから顔を出す。
いつの間にか眠ってしまっていたのか、目に朝日が飛び込んできて非常にまぶしい。
俺は体を起こして、目を擦り、そのまま一つあくびをする。
「起きましたか、ラザレス」
「ん、ああ……」
聞こえるはずのない声に、当たり前のように返事してしまう。
そして、その声の正体に気付き、俺は大きく後ずさった。
「え? ソフィア? なんでここに?」
「なんでって……あの後ラザレスは寝てしまって、ここまで背負ってきたんですよ? 覚えてないんですか?」
「じゃ、じゃあここは……」
「私の部屋です。外に放置するのも危険かと思いましたので」
俺はその言葉を聞いて、胸が張り裂けそうになる。
もしかしたら、俺は……大人になってしまったのかもしれない。
いやいや、俺は何をやっているんだ。そんな状況じゃないだろう。
「え、と……ソフィアはどこで寝たの?」
「執務室の椅子ですよ。どうしてそんな質問……」
彼女は何かを言いかけていたが、俺の質問の意図に気付き顔を赤くしていく。
俺はそんな彼女を見て、同じように顔を赤くしてしまう。
「失礼します! 私は支度がありますから!」
「あ、ソフィア!」
俺の言葉を遮るかのように、大きな扉の音が静寂に包まれていた部屋の中を駆け巡る。
……親切で泊めてくれた彼女に、失礼なこと言ってしまったな。
近くのコートに手をかけて、扉を開ける。
そこは執務室につながっていて、俺はそのまま机に目を落とした。
「……賢者の法か」
……正直、もうその言葉は聞きたくなかった。
今回の件は、賢者としての立場すらない俺からしたら、最早関係のないことだ。
だけど、ソフィアを一人で戦わせたくない。
これは、マーキュアス家だからだろうか? それとも、俺が彼女のことを愛しているから?
どちらにせよ、俺はこの戦いから逃げる気はない。
戦って戦って、最後には生き残る。生き残って、死んでいった人たちの分まで生きる。
……慈愛の街で守れなかった少年のためにも、ベテンブルグのためにも。
「……行くか」
俺はぎゅっとこぶしを握り締め、その部屋を後にした。
城を出て、俺はしばらく街を散策していた。
ザールやソフィアは今となっては国の大事な一部だ。今この一大事に邪魔をするわけにはいかない。
俺は石畳を踏みしめ、レンガ造りの家々を眺め、日当たりがいい石段に腰を下ろす。
今日は、いい天気だった。
空も快晴で、鳥もさえずっている。
そんな時、俺はふと視線を落とし、路地裏を見た。
「……なんだ、アレ」
俺は路地裏でうごめく複数人の男たちに、何かしているような動作が気にかかり目を止める。
だが、ここからじゃあまりよく見えない。俺は勇気を出して彼らに話しかけようとすると、急にどこからか大きな鐘の音が聞こえた。
「鐘……?」
俺は思わずつぶやくと、急に国民が中央にある広場に向けて一斉に歩き出す。
その時の人ごみにまぎれたのか、あの男たちは姿を消してしまっていた。
その人ごみについて行くと、そこには玉座に座ったイゼルと、昨日あの謁見の間のような場所にいた重鎮の面々。
そして、その隅らへんにソフィアとザールの姿があった。
「我が親愛なるイゼル国民よ、まずは我が招集に応じてくれたことに感謝を」
イゼルは重苦しい言葉を並べ、軽く頭を下げたのちに、もう一度口を開いた。
「今、我が親愛なるイゼルに、賢者の法なる賊徒どもの陰が伸びてきている。これは非常に嘆かわしいことだ」
彼の言葉に、周囲がざわつき始める。
当然だ。四年前とは言え、まだ記憶には新しい。
それに、まだ国が完全にたてなおったわけではないのだ。
「そこでだ! 我々は、ここから南の国、『マクトリア』との共同戦線を張ることになった。そこで、我らがイゼルの力、賊徒どもに思い知らせようではないか!」
イゼルが強い口調とともに立ち上がり、観衆の注目を引き始める。
演説の迫力はすさまじいもので、彼がイゼル国王なのもうなずけるほどであった。
「良いだろうか? 我々は今まで二度も魔女に勝っている。それでもなお、彼らは我らに歯向かってくる。これを蛮勇と言わずして、何と呼ぼうか!」
次第に国民たちの同調の声が上がってくる。
そんな俺も、彼の演説に心をのまれそうになっていた。
「覚えられぬというのなら、何度でも覚えさせよう! 我らが正義の剣を味を! 我らが甘美なる勝利の歌を!」
そう言い終えると、すでにすっかり大声でイゼルの名を呼び始める国民たちの姿があった。
そんな彼らに手を振っているイゼルが、急に手を止めたと同時に、国民の声が一気に静まり返る。
見ると、そこには心臓の位置に矢が刺さっているイゼルの姿があった。
「イ、イゼル国王陛下!」
周りにいた男たちが、彼の遺体を囲い始める。
俺はそんな彼の姿からは眼を背け、周囲を見渡し、仮面の人間が第二射であろう弓を構えている姿があった。
そして、今度はソフィアの方へ弓を弾き絞り、すさまじい速度で彼女の方へ向かっていく。
俺はそれを見ながら急いでコートを硬化させ、人ごみをかき分け彼女の方へたどり着くと同時に飛び上がり、弓をその腕ではじいた。
「ラザレス!?」
俺はそのまま短剣を取り出し、ザールとともにソフィアの身の回りを固める。
だが、もうすでに彼らの姿はなく、反撃しようにもどこへ行ったか分からない状況になってしまった。
「国王陛下、気を確かに! 国王陛下!」
周囲が突然のイゼルの崩御に、戸惑い始めてしまう。
だが、ほかの者たちもイゼルの周りで泣き続けるばかりで、使い物にはならない。
そんな時、ザールが口を開いた。
「皆の者、落ち着け! 貴公らの安全は、我ら騎士団が保証する!」
ザールは剣を抜き、そのまま空にかざす。
だが、彼の言葉はイゼルほどの効果はなく、完全には静まり返らない。
そんな時、俺は人ごみの中をかけていく、一人の陰を見つけてしまった。




