68 再興
俺は気絶しているアリスをベッドに横たわらせ、持っていたナイフを俺の手の届く場所へと置き、近くの燭台の上にある蝋燭に、火打石で火をつけた。
そして、俺は鎮静作用のあるハーブティーを二人分用意して、彼女の眼覚めを待つ。
その間、読書に読みふけっていると、彼女から声が漏れた。
「う……」
「おはようございます。ご気分はどうですか?」
「……何のつもり? てっきり騎士団に突き出すのかと思ってたんだけどね」
「突き出すつもりですよ。ただ、今日くらいはお話ししたいと思ってたんです」
「そのうちに逃げるかもしれないんだよ?」
アリスは腹を抑えて起き上がり、俺に皮肉のこもった笑みを浮かべる。
そして、近くに置いてあるハーブティーを一口すすった。
「豪胆なんですね。毒が入ってるとは考えなかったんですか?」
「入ってるんだったら、もう君は僕のことを殺しているはずだよ。殺すチャンスが目の前にあったんだから」
「もう生殺与奪は関係ありませんよ。俺はただ、あなたと話がしたかったんです」
「話、かい?」
俺の言葉が意外だったのか、目を丸くする。
そんな彼女を横目に本を置いて、椅子をずらして彼女に向かい合った。
「アリスさん。一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「いいよ。いまさら何を隠したって無駄だろうから」
「……子供たちを殺し始めたのは、何年前からですか?」
俺の言葉に息をのむアリス。
彼女の今回の異常な行動、もしかしたらあいつの……ダリアが関係しているかもしれない。
勿論これは憶測だ。だけど、信じたかった。
「四年前、だったかな。急に僕の中で、彼らを殺したいという欲求が高まったんだ」
「……四年前、というと賢者の法が現れた時からでしょうか?」
「多分、そのくらいだったはず」
彼女の返答に、苦虫をかみつぶしたような表情をしてしまう。
今になっても彼女の術が解けていない人がここにいる。それなら、彼女が生きているかもしれないということだ。
魔法というものは、魔力によってなりたっているため、その魔力減がなくなったら消滅してしまう。
いや、それ以前に魔核によって吸収されてしまうだろう。
「……わかりました。明日、ソフィアのところへ来てくれませんか?」
「ベテンブルグ……だったよね? 今は。一体どうしてだい?」
「……確証がないから何とも言えませんが、賢者の法の教皇がまだ生きているかもしれないんです」
「賢者の法の、教皇が……?」
俺は頭を抱えて、昼間見た魔核を思い返す。
もしかしたら、魔女は消えていないかもしれない。魔族というのは魔力と魔力が混ざり合ってできた、不完全な人間。
つまり、魔核は未だに魔力を……魔女を生み出しているということになる。
だけど、今からイゼルに向かったって閉まっていて門前払いされてしまうだろう。
その門番が、真面目なザールが指導しているのならなおさらだ。
俺は今考えたことをノートにまとめ始めていると、急に家の中からノックの音が入り込んできた。
「アリスさん、出てもらえますか?」
「いいけど、僕でいいのかい? 逃げるかもしれないよ?」
「逃げるのなら逃げてもいいですよ。そのハーブティーには睡眠薬が入っていますから」
「えっ、嘘!?」
「嘘ですよ」
俺の言葉に少しだけ不機嫌になるアリス。
ぶつくさ言いながら彼女は扉を開けると、そこには片目を包帯で巻いた隻眼が特徴的な、白髪の大男がアリスを見下していた。
「……お前が、アリスだな? 我らとともに来てもらう」
「騎士団かな? もう通報していただなんて、ラザレスは抜け目ないね」
「違う。我々は騎士団などではない。我々の目的は、賢者の法の再興だ」
俺はその男の言葉に一瞬耳を疑った。
賢者の法の復活? まさか、この男は魔女……?
俺は持っていた短剣を引き抜き、男へととびかかる。
だが、彼は短剣の刃先を素手でつかみ、俺を家の奥へと放り投げた。
「……ガ……ァ……!」
男に投げられたことによる衝撃波はすさまじく、四年前に体験したシャルロットの拳ほどの破壊力が俺の体にたたきつけられる。
「貴様に用はない。我々が立ち上げる賢者の法に貴様の席はない」
「どういう、ことだ……!」
「我々にはすでに賢者が存在している。貴様のような欠陥品ではなく、素晴らしき人望を持ったお方が」
俺は何とか意識をもって立ち上がるが、すでに疲れ果てていたこの体では、それほどまでの衝撃を受け入れられず、膝をついてしまう。
「我々は平等を我らの手で作り出す。賢者様は、そんな我々に知恵を貸してくださる、素晴らしき御方」
抑揚のない声で男はしゃべり続けながら、俺の家へと上がり込んでくる。
だが、俺にそれを拒む体力はない。出来ることなど、これくらいしかなかった。
俺は最期の体力を振り絞り、アリスのナイフを男の方向へ投げつける。
だが、そんなことはお見通しとでも言いたいかのように、鼻で笑われた後避けられてしまう。
だが、それでよかった。
俺は背後にある燭台の蝋燭についていた火を投げた風圧で消して、暗闇の部屋を作り出した。
そして、消えた瞬間俺は出口に向けて走り出し、イゼルへの道を走り抜ける。
そして、日が明けるころには彼らの姿はどこにも見つからなかった。




