65 残滓
俺はザールに連れられて、魔核が見つかったといわれる森の奥まで向かった。
森の中は鬱蒼としていて、日の光をほぼ遮断してしまっている。
そのせいか、肌にこびりつく空気が妙に肌寒い。
「レン。ここで見つけた、ということであっているか?」
「はい。悲鳴が聞こえたと思ってここへ来たら、その石が落ちていました」
「……ラザレス。このことについてどう思う?」
「どう思うも何も、魔核と少年たちの失踪を、この状況で無関係と考えるほうが無理というものだろう」
ザールは俺の言葉にうなずいた後、地面をくまなく探していく。
だが、薄暗いためか魔核どころか、石一つだって探すのは困難だろう。
そんな時、ザールが口を開いた。
「……足跡がある。森の奥へ向かってるな」
「大きさは?」
「大人と言い切るには小さすぎるが、かといって子供のものでもない。女性か……?」
ザールの言葉に身構える。
女性というのはもしかしたら……ダリアを示しているかもしれないからだ。
だとしたら、またあの惨劇が繰り返されるかもしれない。
「行くぞ、ラザレス。レンは、俺たちのそばから離れるなよ」
「は、はい!」
「レン君、やばいと思ったら逃げてもかまわないからね」
「大丈夫です。僕だって戦えます」
レンの意気込みに、少しだけ頼りがいを感じる。
だが、本当にやばくなったら逃げてほしいのも事実だ。全滅してしまったら、元も子もない。
俺たちは足元の木々をかき分けながら、足跡が向かって言った方向をまっすぐに進んでいく。
そんな時、奥の木々がガサガサと音を立て、何かがこちらへと動き出した。
そして、突然俺たちにとびかかってくるのを、ザールは軽く一閃する。
「……魔族?」
ザールが言葉をこぼす。
確かに、そこにいたのは四年前と同じ魔族だった。
俺はその死体を見て短剣を構える。
「レン君。……この敵を甘く見ちゃいけないからね」
「え? あ、はい!」
レンは俺の言葉に反応するように、ブロードソードを構える。
だが、構えはお世辞にもきれいなものではなく、ハッキリ言って隙だらけだ。
そして、それよりも問題なのが……。
「……ザール、わかるか?」
「ああ。囲まれているな。だが、数匹程度といったところだろうか?」
「俺は後ろをやるから、ザールは前を頼むぞ」
「良いだろう。レンは逃げる奴がいないか見張っておけ」
「はい!」
俺たちの会話が終わったのを確認したのか、彼らが一斉に襲い掛かってくる。
確かに、四年前の俺なら三、四匹の魔族に勝てるわけがない。
でも、四年前の弱い俺はもういない。
俺はとびかかってくる魔族たちを短剣で一閃する。
勿論、短剣という武器の性質上、三、四匹をまとめて相手することはできないが、二匹程度ならそのまま首を掻っ切れる。
そして、俺はそのまま体を回転させて、後ろからとびかかってくる魔族にも勢いを殺さず体に突き刺す。
そして、撤退しようとしているあと一匹の首に、短剣を投げて命中させるとともに、絶命させた。
「ザール、こっちは終わったよ」
「そうか。こちらもすでに終了している」
ザールは言葉通りすでに終わっているらしく、近くの木にもたれ、こちらを見ていた。
俺はそんな彼を一瞥した後、魔族の首に刺さっている短剣を抜き取り、布で血を拭き取る。
「もし子供たちを誘拐したのがこいつらなら、まだいるかもしれないな」
「ああ。市民をこの街へ近づけさせないよう、ソフィアに事情を話して国王に掛け合ってもらうとしよう。とりあえず、今はひとまず帰るぞ」
ザールはいつの間にか腰を抜かしていたレンの手を引っ張り、元来た道を戻っていく。
俺はその場をひとしきり見渡した後、彼らの後をついて行くことにした。
歩いき続けてしばらくたった後、俺たちはイゼルにたどり着く。
イゼルの街並みは以前よりも茶色や赤のレンガに囲まれ、白に囲まれていたその姿はどこかへと消えていた。
そして、商売文句が昼間の間は飛び交うほどの、活気あふれる街へと変わる。
往来にも人があふれ、この街がいかに大都市だったのかがうかがえた。
俺はそんな街並みを眺めていると、突然ザールが話しかけてくる。
「我々はここで失礼するが、ラザレスはどうする?」
「図書館をまた巡ったのちに、帰宅かな。家を空けておくわけにもいかないしね」
「ソフィア……ベテンブルグには会わないのか? きっと喜ぶはずだ」
「会いたいのはやまやまなんだけどさ、決まった職を持ってない俺が会えるほど、低い身分の存在じゃないことなんてわかりきってることだろ?」
「そうか。食い扶持に困ったらいつでも騎士団に来い。お前ならいつでも大歓迎だ」
そう言うザールに、苦笑しつつ手を振る。
彼には悪いが、騎士団に入る気はない。だが、俺ももう十八歳だ。仕事を見つけなくてはならない。
イゼル国王からの口止め料、もとい褒美の貯蓄はまだ余裕があるが、焦りを感じなくはない。
俺はザール達と反対方向に歩みだし、図書館の方角へと向かっていく。
そこで、俺は油断していたのか一人のフードをかぶった女性にぶつかってしまった。
「……おっと」
「あ、すいません。大丈夫ですか?」
「平気だよ。大丈、ぶ……」
俺がぶつかってしまった女性は何か物珍しい者でも見るかのように俺の顔を覗き見る。
俺はそんな彼女を失礼だと思いつつも、どこかで会った顔だという印象を受ける。
「もしかして、ラザレスかい?」
「え?」
「僕だよ、アリス。ほら、アルバと一緒にいた」
そう言って、フードを脱ぐと、そこには昔とほとんど変わらないアリスの姿があった。




