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63 犠牲

 マニカは俺たちには手を出さず、城の中へと入っていってしまう。

 俺たちは歩いていく彼女を追いかけるように城の中に入ると、彼女はそのすぐ手前のところにいたようで、「わっ」と驚かせてくる。

 そこで、俺が驚いたのを確認したのちに、くすくすと笑いだす。


「ふふっ、やっぱりラザレスは単純だね」

「……マニカ。今はそんな状況じゃないんだ」

「知ってるよ。魔核を……あたしたちを、殺しに来たんだよね?」


 ただ、なんともないように真実を口にするマニカ。

 その時の笑みは、いつも俺に向けるものと遜色なかった。


「マニカ、お前は俺のことを恨んでいないのか?」

「ううん。あたしも国王に利用されてたから、私と同じ賢者を悪く言えないよ」

「……そっか」


 ……彼女は、俺の敵だ。

 だけど、彼女は俺のことをののしりもせず、いつものように話しかけてくる。

 その時、くるりと彼女は向きを変えて今度はソフィアに向き合い、俺が教えたこの世界の言語で話し出す。


「……ソフィア、だよね?」

「……マニカさん」

「あはは、驚いてる。やっと、話せたね」


 ……どうして、彼女は健気にふるまえるのだろう?

 本当なら殺されてもかまわない立場なのに。許されざる立場だというのに。


「遅くなったけど、あの時あたしをかばってくれてありがとね。ずっと、そう言いたかったんだ」

「……何故、私たちを責めないんですか?」

「責められるのはこっちだよ。あたしたちは、本当はこっちに来ちゃいけない存在なんだから」


 もし、これが俺たちに情を植え付ける演技だというのなら、大した役者だ。

 だけど、そうじゃないから……余計にたちが悪い。


「……メンティラさんにも、よろしく言っといてね」

「わかりました。あなたの言伝、忘れません」

「ありがとう。それじゃ、ラザレス」


 彼女は言葉の続きを遮るように城の中へと入っていく。

 その時、俺たちは彼女の後ろをついて行くように歩いていたため、表情はよくわからない。


「あーあ、残念。あたしの華やかな人生も、これでおしまいかー」

「マニカ……?」

「ラザレス。この道を歩き終わったら、もうあたしは誰とも会えないんだよね」

「ああ。……ごめん」


 俺の謝罪の言葉に、彼女がどこか微笑んだように感じた。

 そして、突然振り向いて俺の顔に指をさす。


「だったら、あたしのこと絶対忘れないでね!」

「……ああ」

「大人になったら、あたしはきっと紅茶の似合う優雅な美人になってたこと。皆に慕われて、幸せな人生を送ったであろうこと。それを知って残念だと思ったこと。全部ぜーんぶ!」

「勿論。忘れないよ」

「……ありがと。じゃあ、最後まで一緒に歩いてあげる。絶対に忘れられない思い出にしてあげるね」


 そう言い切った後、マニカはもう一度くるりと回り俺たちから顔を背けてしまう。

 それが、先ほどと意味合いが違うであろうことなど、容易に想像できた。


「本当、残念だな、ラザレスは! 大人のあたしに会えないんだもん!」

「……そうだな」

「残念。……本当に、残念だよ」


 彼女はそれきり黙り込んでしまう。

 肩で息をして、嗚咽を漏らしながら。


 だけど、俺たちは魔核を……彼女を殺さなくてはならない。

 ベテンブルグのためにも。今もこうしてダリアによって動かされている外の人々ものためにも。

 でも、きっと死んだら俺は地獄というところに行くのだろう。


「それじゃ、あたしはここまでだから。これ以上近付いたら、きっとあたし皆を攻撃しちゃう」

「……そっか」

「魔核を壊したら、あたしたちは一瞬で消えちゃうけど……」


「絶対に、忘れないで」


 最期の言葉は、こちらの言語の言葉だった。

 ソフィアは彼女の言葉に目を見開いた後、目を指でふさぎ大きく深呼吸をする。

 そして、俺たちは彼女を背にして階段を下りていくと、前に見た重々しい扉が目に入ってくる。


 俺はそれを思い切り開け放つと、そこの中央には以前よりもこの地下室と同じようにはるかに大きくなり、今では俺くらいの背丈ほどある魔核が、透明なガラスのようなケースに入れられていた。

 俺はそれを硬化させた包帯を巻いている右腕で思い切り殴りつけると、音を立てて割れてしまう。

 そして、もう一度……今度は、魔核に狙いをつけて思い切り腕を振り下ろすと、何者かに後ろから抑えられてしまった。


「……やっぱり、最後はお前か」

「……」

「なあ、賢者」


 俺はその腕を抑えている男……賢者に皮肉を込めて言葉を贈る。

 だが、彼は何も答えない。ただ虚空を見つめているかのように俺の顔を覗いていた。


「ラザレス、避けろ!」


 俺はとっさにさけんだザールの声に反応するように思い切り右腕を彼から引きはがすと、突然横から炎が襲ってきた。

 それはザールの魔法によるものらしく、彼は大剣を振り終えたかのような態勢になっている。


 だが、その炎は俺たちのところまで到達することなく、魔核が吸収してしまう。

 ……そういえば、魔法はこいつに吸い取られてしまうといっていた。

 だが、俺の呪術は吸収されない。魔力は関係ないからだろうか?


「……賢者。俺にはお前の今の苦しみはわからない」

「……」

「でも、それまでのお前の気持ちは、よく知っている。ほかの誰でもないこの俺が」


「だからこそ、今助けてやる」


 俺はその言葉を言い終えた後、触発されたかのように彼のほほに右腕をめり込ませる。

 そして、彼はその衝撃に耐えきれずに吹き飛び、後ろの壁に体を打ち付ける。

 俺はそんな彼を逃がさないように、そのまま追撃をするが、今度は右腕をつかまれ顔を足蹴にされる。


「……まだだ!」


 俺はそのまま髪を硬化させて、彼の頭に頭突きをする。

 さすがの賢者もこれには堪えたようで、一瞬歯を食いしばる音が聞こえた。

 そんな時、俺と賢者の体の間から急に光が発され、そのままとてつもない威力で俺は後方へ吹き飛ぶ。

 俺はその力を知っていた。


「……魔法か」

「……」


 確かに、この距離なら吸収されないし、避けられない。

 俺の体もシャルロットの時から連戦のため、足が震えて立たない。

 ……その時、後ろから何か、ガラスのようなものが打ち砕かれた音がした。


「……これで、終わりです」


 振り返ると、ソフィアが剣で魔石を真っ二つに切り裂いていた。

 その瞬間、賢者が明らかに動きが鈍くなる。

 俺は何とか動く左手に持った短剣を硬化させて、賢者の体にめり込ませる。


 そして、賢者は絶命した。


 あまりに、あっけなかった。

 本当に終わりなのか、疑うほどに。


 それに、何だというんだ? この違和感は。

 勝ったのに。何も感じない。


「……勝った、勝ったんだな!」


 無邪気に喜ぶザールに、少し微笑むソフィア。

 だけど、俺は対照的にどこか違和感を感じてしまっていた。

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