62 責任
魔女の国へ向かう途中の馬車が雨をもろともせず突き進んでいく。
魔核さえ壊せば、魔女はもう生き返らない。
ダリアだって、ニコライだって殺すことができる。
だけど、マニカはどうなる?
そのことを、メンティラやソフィアは考えているのだろうか?
俺はその疑問を口にしようとすると、馬車はゆっくりと徐行したのちに、近くの木の下で止まってしまう。
見ると、メンティラは御者台から降りて剣を持っていた。
「……やっぱり、簡単には通してくれないよね」
彼の視線の先には、無数の人間がたっている。
彼女が魔女なのか、それとも人間なのかはわからない。
だけど、俺たちにとって友好的な立場でないことは確かだ。
「ここは、私に任せてください」
「……ソフィア? 起きてたの?」
「はい。いつまでも寝ていられませんので」
「い、いや、ソフィアはラザレスたちと行って。僕は、ここに来る彼女を止めなければならないからね」
彼女というのは、きっと……。
俺はメンティラの言葉にうなずいた後、馬車を飛び降りて魔女の国へ向かう森の途中にある開けた広場に目を向ける。
そこには、今まで見たことのないほどの人間が、こちらを見つめていた。
「……なんだ、この数は」
この世界のほとんどの人間が、ここに集められたといっても過言ではないくらいには、密集していた。
「大丈夫だよ。さあ、行って」
「メンティラ……」
「僕は死なないから、安心していっておいで。でも、必ず戻ってくるんだよ?」
「……はい!」
俺たちは彼の笑顔に背中を押されるように、森の中を駆け抜けていく。
そして、しばらくたつと後ろから刃のぶつかり合う音が聞こえてくる。
だが、振り向かない。ここで振り向くことは、彼に……ベテンブルグに怒られる気がした。
魔女の国につくと、中は驚くほど誰もいなかった。
もしかしなくても、メンティラが足止めしてくれているのだろう。
だが、激しい抵抗を予想していた俺たちにとっては、いささか拍子抜けにも感じられた。
その時、俺たちの後ろにいる何かが、急に激しく発光した。
俺たちはその音に驚き、後ろを振り向くと、そこにはメルキアデスが以前とはどこか違う笑みで仁王立ちしていた。
「よお、ラザレス。久しぶりだな!」
「……メルキアデス」
「おいおい、落ち着けよ。そんな目を向けるなって、友達だろ!」
「その友達の世界を、お前は滅ぼそうとしてたんだぞ!」
俺の怒声に賛同するかのように、隣にいる二人が彼を睨みつける。
彼はしばらく表情を崩さなかったが、そんな俺たちの様子がおかしかったのか急に笑い出した。
「ははははは! なんだよ、知っちゃったのかよ!」
「……メルキアデス?」
「そうだな。じゃあ全部教えてやるよ、賢者様?」
「俺たち魔女はな、皆お前のことを憎んでたんだよ」
彼の言葉に、一瞬俺の時が止まった。
……憎まれている? 何故だ?
「……わかんねえのか? つくづくおめでたい奴だな、アンタ」
「なにを、言って……」
「お前が、俺たちの世界を滅ぼした、元凶だってんだよ!」
先ほどのにこやかな様子とは対照的に、苛立ちをぶつけるように近くの家を拳で破壊する。
「あんた、あの戦争の時魔法を使ったよな?」
「……ああ」
「そうだよな? 水を出したり、炎を出したり、雷を出したり……でもあれ、魔法を使った後どうなるか知ってるか?」
「どうなるんだ?」
「魔核が蓄えるんだよ。お前の桁違いの魔力をさぁ!」
……俺の魔力を、魔核が蓄えた?
そういえば、魔法は使ったのちにどこかへと消えていく。
だが、そのことに疑問を持ったことは一度もなかった。
「で、だ。あんたという最高の出来の魔力から作り出された新たな魔力。それを吸い込んで魔核は大きくなり、元々世界にあった木や川などの微量な魔力も吸い込み、世界は滅びた」
「やめろ、ラザレス。耳を化す必要はない」
「なあ、ラザレス」
「世界の責任をとって、ここで死ねよ?」
メルキアデスの言葉が本当なら、俺はここで死ぬべきだ。
俺があの戦争を生き残ったせいで、彼らを追い詰めてしまった。
でも、ここにきて甘ったるいことを言うとは思うが……死にたくない。
体が震える。冷や汗も流れてくる。涙を必死にこらえ、平静を装う。
だけど、それもあいつは見破っているようでニヤニヤとこちらを眺めてくる。
俺は短剣を手に賭けようとするが、手の震えのためかうまく取れない。
その時、ザールが俺の手首を取って目を合わせてきた。
「ラザレス。答えろ」
「……え?」
「お前は誰だ?」
彼の言葉が、一瞬俺の心の氷を溶かしたかのように思えた。
そうだ。俺はもう賢者じゃない。ラザレスだ。
「……チッ。いいとこだったのによ」
「ずいぶんと小汚いな、今の魔女は」
「うるせえよ。てめぇに俺たちの何が分かんだよ」
「……貴様らのことなど、知りたくもない。もっともそれは、こちらに限った話ではないようだが?」
その時、ザールがソフィアを見て、何かを合図した。
彼女はその意図を一瞬わからなかったようだが、すぐに合点がいったようにニヤリと笑う。
「いい加減にしろよ、誰だか知らねぇけどよぉ!」
メルキアデスはザールの煽りに感化されて、拳から雷撃を突き出す。
だが、それをソフィアがかき消した後、ザールはメルキアデスを避けるように炎で道を作る。
「悪いな。貴様と相手取っている時間はない」
ザールの言葉に大声でがなり立てるメルキアデス。
だが、炎の音で聞こえにくく、段々遠くへ行ってしまうため最後には聞こえなくなった。
だが、その時俺たちの足は止まった。
城の入り口。そこには、以前俺たちとともに旅をしたマニカがたっていた。




