61 斥候
俺たちはあの後結局、雨が止むまで洞窟で身を隠すことになった。
その間、誰も何もしゃべらない。
……ザールが魔王なら、六年前のあの怒りも納得だ。
だからこそ、喋りにくい。
その時、俺は確かに雨音に交じっている足音が耳に入った。
それは数人なんて規模じゃなく、明らかに桁違いの数だ。
それに、こちらに向かってきている。
「……メンティラさん。大勢がこちらへ押し寄せてきています」
「速度は?」
「多分、牛歩かと」
メンティラが顔をゆがめる。
いまだソフィアの傷は治っていなく、目も覚まさない。それに、ザールも万全とはいえないし、メンティラが魔法を辞めるわけにもいかない。
つまり、戦えるのは俺だけというわけだ。
「……どうしますか?」
「とりあえず、洞窟の中に隠れよう。今ここから下手に動いても、見つかるだけだよ」
「そうはさせませんよ!」
突然、どこからか誰かの声が鳴り響き、洞窟の天井とともに一つの岩が崩れ落ちてきた。
しばらく砂煙で見えなかったが、それは紛れもなくゴーレム……つまり、シャルロットだった。
「やっと見つけましたよ。仮面の者を尾行させて、やっと位置をつかみました」
「……シャルロット」
俺は右腕に包帯を巻いて、硬化させる。
今更記憶のことなど気にしていられない。剣では明らかに太刀打ちできないとなると、こうするしかない。
「ザールは、二人を頼む! 俺は、こいつを抑えているから!」
「任せろ」
ザールがいつも通りの調子で返事してくれるので、ちょっとだけ心が救われる。
だが、ちょっとよそ見しているときに、気が付けばシャルロットの右腕が俺の顔の近くまで来ていた。
俺はそれに一瞬のけぞった後、同じように右腕で対抗する。
「……不意打ちとは、らしくないな」
「しょうがありません。だって、シルヴィアの敵なんですから」
「それに……」とつぶやいた後、今度は左腕が上がる。
俺は瞬時にズボンを硬化させて、その左腕を右足で受け止める。
だが、こちらは硬化しなれていないため、足に衝撃が流れ悶絶するほど痛い。
「私は殺しに来ているんですよ?」
「……それは、こちらも同じだ」
シャルロットの眼のあたりの宝石を睨みつけ、歯を食いしばり笑みを浮かべる。
彼女の表情はわからないが、上機嫌ではないことだけは確かだ。
「ところで、一つ質問いいか?」
「なんですか?」
「……アンタは斥候のはずだ。なら、何か他に狙いがあるんだろ?」
「言うと思いますか?」
言わないということは、何かあると考えたほうがよさそうだ。
ここで「ない」と嘘をつけるのは彼女の性格からしてあり得ないはずだ。
そうなると、早くメンティラたちを退散させたほうがいい。
「そうか。なら、アンタを倒すまでだ」
「笑わせないでください。お荷物のあなたに何ができると?」
「何ができるのか、今から見せてやるよ」
俺は賢者の時のように、彼女の背後まで瞬時に移動した後、そのまま右腕で殴りつける。
だが、そんなのは彼女が対応できないはずがないため、右手首を抑えられる。
でも、この右腕はもともとシャルロットは狙っていない。
俺の右腕は、壊れた天井の隣で、いまにも崩れ落ちそうな岩をとらえていた。
そして、その砂煙が彼女の眼の部分にあたる宝石にかかり、一瞬だけだが目くらましになる。
その瞬間に、俺は左腕で右腕をつかんでいる彼女の腕を、硬化させた剣で無理やり破壊した。
「まずは一本。後三本で、あんたは達磨だ」
「……ふふ、そうですね。達磨ですね」
「……何を、笑っているんだ?」
突然笑い出す不気味なシャルロットに動揺せずにはいられない。
その瞬間、どこからか飛んできた石が俺のほほをかすめた。
「……なんだ!?」
「私の腕を落とせば、機能しなくなるとでも思いましたか? まさか、そんな軟弱な人間でもないのに?」
「……クソッ!」
俺は次々と飛んでくる石を避けながら、地面にある大きめの石を硬化させて盾にする。
だが、複数の石をたった一つの石で受け止められるわけもなく、段々と俺の体を削り取っていく。
「アハハハハハ! どうしたんですか!? ほら、ほらほらぁ!」
狂気的な声を浮かべ、確信的な勝ちに酔いしれるシャルロット。
俺はそんな彼女の姿を見た時、あることに気付いてしまった。
彼女の体より、俺の硬化させた短剣のほうが明らかに硬かった。
ならば、これに賭けるしかない。
俺はできる限り一斉に石が俺に攻撃してくる瞬間を狙って、攻撃を受け続ける。
そして、ほとんどの石が俺にとびかかってきたとき、盾としていた石を彼女の左腕に思い切り投げた。
「なっ……!?」
突然の行動に、彼女は対応できるわけもなくもう片方の腕も落とされる。
そして、その時に彼女の瞳に移ったのは、短剣を持って飛んでくる俺の姿だった。
「これで、終わりだ」
俺は防ぐすべのなくなった彼女の足を切り落とし、そのまま首も切り落とす。
……彼女はゴーレムだ。こんなことで死にはしないが、動きづらくはなったはずだ。
「メンティラさん、逃げましょう! もうすぐ追ってがきます!」
「わかった。行こう、ザール!」
「はい!」
メンティラは倒れているソフィアを抱え、シャルロットの横を通り抜けて馬車に乗り込み大急ぎで森の中をかけていく。
その時、俺はあることに気付いた。
この道は、魔女の国へ向かう道なのだと。




