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60 魔王

 俺たちはあの後倒れた二人を担ぎ、近くの洞窟で身を隠していた。

 その間、メンティラが二人に治癒魔法をかけ、俺はその見張りをしている。

 その時に気が付いたのだが、外は小振りの雨が降り始めていた。


「……雨か」


 俺は洞窟の中から空を見上げていた。

 星も、太陽も見えない。

 でも、何故だか目が離せなかった。


「メンティラ。俺たち、勝てるよな?」

「……わからない。でも、勝たなきゃならない。そのために、僕は彼女を殺すよ。たとえ、何度でも」

「……ごめんなさい」

「ううん。君が謝ることじゃないよ。悪いのは、彼女をあそこまで追い詰めてしまった……僕自身だ」

「そんな……!」


 ……否定の言葉が出ない。

 彼は悪くない。でも、全てダリアのせいにできる訳じゃないことを、知ってしまった。

 周りの環境、メンティラとの別れ。

 それらが彼女をゆがめてしまったのは明白だ。


「……そういえば、ずっと気になっていたことがあるんですけど、いいですか?」

「うん? なんだい?」

「その、何故メンティラは御者をやっていたんですか? その、しかも力まで隠して……」

「僕がメンティラだからだよ。ミケルはもう死んだんだ。……そう思って、戦いたくなかった」


「でも、そのせいで僕は友を……ベテンブルグを死なせてしまった」


 ……涙を隠すような声が、洞窟をこだまする。

 俺は彼の顔から眼をそらし、空を見上げる。


「でも、最後にベテンブルグは俺に託しました。彼は、きっとあなたを戦わせまいとして馬車から降りたんだと思いますよ」

「……ありがとう。気休めかもしれないけど、うれしいよ」


 ……そう言って、メンティラは顔を上げる。

 覚悟を決めたかのような、凛々しい顔だ。


 その時、ザールの口から声が漏れた。


「……う、うぅ」

「あ、ザール。おはよう。けがはもう平気かな?」

「メンティラさん……。はい、お陰様で」


 ザールはそれだけ言うと、頭の近くに置いてあった眼鏡をかけて、近くの壁に寄り掛かる。

 その時、俺の頭を疑問がかすめた。


「……ザール、なんでお前はメンティラには敬語なんだ?」

「ん? ……ああ、彼は私の命の恩人だからな。前の世界で、偶然彼に助けてもらったんだ」

「そうなのか? 何があったんだ?」

「……まあ、それは色々とあったんだ」


 目をそらしてはぐらかされる。

 ……色々ってなんだよ。


「メンティラはなぜ俺たちの世界に?」

「……僕も、色々とあったんだよ。うん、人生は色々あるね」


 先ほどの目とは打って変わって遠い目をするメンティラ。

 何か隠している気がするが、こうしてはぐらかしていることを暴くのも野暮というものだろう。


「……へえ。じゃあ、ザール。最後に一つだけいいか?」

「ああ」


「お前、人間なのか?」

「……ッ!?」


 ザールが俺の言葉に明らかに動揺する。

 やはり、彼は俺たちの世界の人間なのだ。


「……ああ。人間だ。だから何だ?」

「じゃあ、お前以外の奴らが人間じゃないというのは本当なのか……?」

「メンティラさん、言っちゃったんですね」


 ザールがレンズ越しにメンティラを睨む。

 しかし、彼もまたザールの眼を見つめ返した。


「……厳密には違う。純粋な人間という意味では俺だけだが、不出来な人間ならほかにもいる」

「そうなのか?」

「ああ。あの世界の魔族こそが、不出来な人間に他ならない」


 ……一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 魔族が、人間? 俺たちが魔力で、あいつらが人間?


「嘘、だよな?」

「本当だ。互いの魔力がまじりあい、肉体を手に入れた不安定な存在。それがギリギリ人間と言える」

「……じゃあ、お前はなんなんだよ!? お前も、魔族だっていうのか!?」


「ああ。私こそが完璧な魔族……つまり魔王と呼ばれていた存在だ」


『魔王』。あまりにも懐かしい単語に、何のことかわからなかった。

 だが、その言葉の指し示す意味は理解している。


「魔王……? 俺に、封印術をかけた……?」

「ああ。それで間違いない」

「何故、生きている……?」

「それは、メンティラさんの治癒魔法だ。封印術は、お前を異世界に転生させて、賢者の法から避難させた。魔法の封印は、お前の存在を隠すためだった」

「何を言っているんだよ!? なんで、魔王であるお前が俺を助けた!?」


「……お前への借りを返すためだ」


 借り? 何を言っているんだ?

 俺は魔王に借りを作った覚えなどない。それに、賢者の法は俺たちの世界にはなかったはずだ。


「……お前は、あの戦争自体がプロパガンダであることに気付いていたか?」

「は? あの戦争そのものが、プロパガンダ?」

「ああ。あれでお前の力の優位性を示し、いかに賢者の法が優れた教えなのか各国に知らしめるための戦争だった。その証拠に、何故誰も生き残っていない?」

「それは、お互いの力が均衡だったからで……」

「なら、それこそ誰かが戦前逃亡したとしてもおかしくない。生き残る可能性が低いのだから」


 ……確かに、お互い俺以外全滅は今考えると異常だ。

 そういえば、俺はあの時疑問を抱いたはずだ。

 何故、彼らのことを理解しようとしなかったのか? と。


 ようやくわかった、あの時何故俺が奴らとの和解をしようとすらしなかったのか。


「まさか、ダリアが……」

「ああ。その頃から奴は、貴様の力を欲しすべてを滅ぼそうとしていた。数多の異世界を滅ぼし、人間に復讐するために」


 ……メンティラから、歯を食いしばる音が聞こえる。

 彼女を、止めなくてはならない。メンティラのためにも、彼女のためにも。


 俺は、自身の短剣をそっと握りしめた。

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