59 百年間
あれから俺たちはただ歩き続けた。
だが、行けども行けども何もなく、ただ荒れ果てた地が続いている。
一つ違うとすれば、黒色の太陽が顔をのぞかせているということだろうか。
それをみて、俺は独り言ちに呟いた。
「これが、本当に俺が元居た世界……?」
俺の記憶の限りでは、森や草原。山に町など、色々なものが世界を彩っていた。
だが、今のこの世界は違う。一言で表すのなら、『虚無』。
本当に、俺はこの世界で育ったのだろうか?
「……うん。あの太陽のようなものが見えるかい?」
「はい。でも、あれは一体……?」
「あれは『魔核』。魔力を吸い込み、世界を枯らす毒物」
「魔核……?」
あれが、魔核だというのか?
だが、見た限りだとほとんど太陽と同じくらいの大きさだった。
でも、あれは……魔女の国で見たものと、ほぼ一致していた。
「魔女はあれから生まれたんだ。男女が結婚したのちに、あれが子を授ける。人間の形をした魔力をね。だから、彼らは死んでもまたあそこから生まれるだけなんだ」
「……待ってくださいよ。じゃあ、俺もあれから生まれていたとでも言うんですか!?」
「……」
メンティラが目を伏せる。
その態度が、言わずとも俺の質問に答えていた。
「……じゃあ、人間はどこにいるんですか!?」
「いるよ。魔族でもなく、魔女でもない。たった一人の、純粋な人間が」
「それは、誰なんですか!?」
「……そこからは君が考えることだよ。でも、決して遠い存在なんかじゃない」
……遠い存在じゃない?
だが、俺の周りで魔女など……。
いや、一人いる。
俺の味方で、魔法を使いこなす男。
「ザール……?」
「本人に聞きなよ。とりあえず、これからどうする?」
メンティラは一度座り、俺の返答を待つ。
その時、俺は一つのことを思い出した。
「そういえば、メンティラ。俺の傷はどうしたんですか?」
「魔法を使って治した。僕も、一応は勇者だったからね」
「そうなんですか?」
メンティラがうなずく。
俺は自分の体の傷がふさがっていることを確認しながら、どうするべきか考えた。
一つでも記憶を取り戻すのなら、この世界にとどまるべきだ。
だが、今はザールとソフィアがダリアと賢者の前で戦っているのだ。
なら、もう答えは決まっている。
「戻りましょう。ソフィアたちのところへ」
「わかった。でも、いいのかい? きっとこの世界には戻れないよ?」
「……ええ。構いません。おかげで魔核が危ないものということはわかりましたから」
これではっきりわかったことがある。
メルキアデスは、俺のことを助けようとは思っていない。
むしろ、彼はきっと俺のことを……。
どちらにせよ、このことは伝えなくてはならない。
「メンティラ。元の世界に戻ったら、すぐに魔女の国へ行きませんか?」
「……魔核が、あるんだね」
「はい。……あの世界だけは、滅ぼさせません」
俺の言葉を聞いて、頷くメンティラ。
そして、俺の手をつかんだと思うと、一瞬めまいのようなものが俺の頭を襲う。
たまらず目を瞼が覆うが、再び目を開けると、そこには木に傷だらけで横たわっているザールと、同じように床に付しているソフィアがいた。
「ソフィア、ザール!?」
俺は彼らの様子に声を抑えられず、走って駆け寄る。
だが、その時には俺は包囲されていた。
「ごきげんよう。偽の賢者様。今更ご登場ですの?」
「……ダリア」
「ダリアだけじゃないよ?」
「ニコライ、貴様ッ……!」
俺の後ろに立つにやけ顔の男の顔を見て、思わず顔をゆがめてしまう。
だが、その間をふさぐようにメンティラが立ちふさがった。
「……帰ってくれ。彼らを助けたい」
「何故です、ミケル様。彼らの命に、なぜそこまで肩入れするのですか?」
「僕が、人間が好きだからさ」
メンティラはそれだけ言うと、ニコライののど元に剣を突き立てる。
だが、その瞬間に彼は影となって溶けたかと思うと、メンティラは足元に剣を突き立てる。
そして、しばらくすると血が浮き出てきた。
「……君たちじゃ僕に勝てない。百年前と同じ結果に終わるよ」
「それは重畳。いらないのがなくなるのなら、願ったりかなったりですわ」
「本当に、変わってしまったんだね」
「変えたのは、あなたでしてよ?」
そういうと、ダリアのいつもの笑みはどこかへ消え失せ、ゆっくりと何かを呟きながらメンティラへ近づいていく。
耳を澄ますと、そのすべてがメンティラへの狂信的な愛の言葉だった。
そして、一度足を止めて目を見開いてメンティラに尋ねた。
「私のことを、愛していますか?」と。
メンティラは何も答えない。
悲しい目で見つめるメンティラに、恍惚とした目で見つめ返すメンティラ。
百年間ほどの時差が、そこには生じていた。
しかし、メンティラの答えは非情だった。
彼女の腹に剣を突き刺す。ソフィアのものと同じ魔法を使っているのか、靄にはならず血がダラダラと流れ出す。
「あ、は。ミケル様、うれしいです、やっと、ここまできてくれ、た……」
「……ごめん。ごめんよ」
彼女は魔核から生き返る。
だけど、彼女の形をしたものを切るたびに、メンティラの眼から涙がこぼれだす。
そして、ついに動かなくなった彼女を抱きしめ、剣を地面に落として泣き続ける。
……報われない。ダリアは何度も生き返れるが、メンティラはそのたびに彼女を殺さなくてはならない。
どこか彼女のことを恨み切れない自分も、一緒に殺して。
ダリアが死んだのに気付いたのか、近くにいた兵士たちもどこかへと消えていく。
しばらく、その場には一人の男性の泣き声を殺す声が響き続けていた。




