6 当主
俺は肩を貫かれ、意識がもうろうとしていた。
確か、男はそんな俺を見て、へらへらと笑っていた気がする。
『ガキが手こずらせやがって』と。
ああ、俺は負けたんだ。
殺意を向けられるのは慣れていたのに。
それでも、本能から恐怖を感じてしまっていた。
そんな自分が情けなかった。
だが、そんな時、一振りの斬撃が男の背中を襲っていた。
男は、背中を襲う激痛に耐え切れず、地面に倒れる。
倒れた先には、スコットが立っていた。
「……ラザレス、ラザレスだよな?」
「……うん」
「良かった。本当に良かった……!」
スコットは涙を流して俺を抱きしめる。
そんな中、俺はある一つのことが気がかりだった。
「母さんは?」
「……シアンは、彼らに殺された」
「……え?」
殺された?
嘘だ。彼女は強い魔術師だった。
背後にいる敵を一瞬で凍らせられるほどには。
だが、そんな彼女が死んだ。
暖かい笑みを持ち、暖かいご飯を作ってくれた彼女が死んだ?
嘘だ。あり得ない。
あってなるものか。
しかし、スコットがそんな嘘をつく男じゃないということは、すでに知っている。
「……嘘、だよね?」
「……すまない」
謝罪の言葉が返ってくる。
分かっていた。分かっていたのだ。
だが、どうしてもその事実だけは受け入れられなかった。
俺は涙をこぼしながら心の中で必死に否定していると、スコットが口を開く。
「……ラザレス。もう、父さんにも時間がないんだ」
「え?」
スコットを見ると、一見服でわからないが、脇腹のあたりに大きな切り傷があり、そこから大量に出血していた。
俺は今までの経験から分かった。
これは、魔法でもないと治すことはできない、と。
「ラザレス。お前はここから東にある、『ベテンブルグ辺境伯領』を目指せ。そこのベテンブルグまでの道のりは、これを見せれば馬車に乗せてくれるはずだ」
「……それは?」
スコットは肌身離さなかったペンダントを俺の首にかけてくれた。
ペンダントについている宝石は、六歳の俺の手では握り切れないほど大きく、赤色に煌めいている。
「通行証みたいなもんだ。父さんの顔はそこならそこそこ利くはずだ」
「でも、父さんはどうするの?」
「……父さんは、なんとかするさ。それよりも、今はラザレスのことだ」
スコットは俺から手を離すと、近くに木にもたれかかり、脇腹を押え苦しそうに『心配ない』と言いたそうな笑みを浮かべている。
「ラザレス。お前は、この世界のどこかにいる『勇者』を探せ」
「……勇者?」
「そう、勇者だ。正しくは、勇者と呼ばれていた一族の末裔を探してくれ。これは、マーキュアス家当主としての、最後の頼みだ」
……勇者。
確かお伽噺で呼んだことがある。
この世界に突然現れた悪魔を打ち倒す、人類の最終兵器。
そんな人がこの世界にいるのだろうか?
「何故ですか? もしや、悪魔がこの世界に……!」
「今は話す余裕はない。ベテンブルグ辺境伯から直接聞いてほしい」
スコットはそれだけ言うと、せき込みながら血を吐いてしまう。
もう彼は長くない。
なんとかする、と言ったが、彼はもうすでに何とかできる状態ではない。
どうして、どうしてこんな時に俺は魔法を使えないんだ。
命令式も分かってる。魔力も足りている。だが、封印術という大きな壁が立ちふさがる。
俺は必死に手を当て、何度も何度も治癒魔法を唱える。
だが、その効果は一切なかった。
「……ラザレス、やっぱりお前は」
「喋らないでください! きっと、きっと治りますから!」
「いや、最後に話しておくことがある」
「お前は……いや、キミは、どこか遠くの世界の存在だったのだろう?」
……スコットはそう言って、いつもと変わらない笑みを浮かべる。
だが俺は、そんな彼に嘘は付けず、黙り込むしかなかった。
「……キミは習ってもいない敬語を使って、どこかこの世界を悟ったかのように振舞っていたから、誰でも気づくさ」
「……なら、何故黙っていたのです? 何故追い出そうとしなかったのですか? 気味悪いでしょう、俺みたいなのは……!」
「お前が、他の誰でもないラザレスだからさ」
「違う、俺はラザレスじゃなくて……」
スコットは俺の言葉を遮るように頭に手を置いてくれた。
そして、苦しいにもかかわらず、ただ微笑み続けていた。
「何が違うんだい? 君が今から進む人生は、ラザレスのものだ。なら同じ道を進む君も、等しくラザレスだ」
「……父、さん」
「きっと、シアンもそう答えるはずだ。だから、忘れないでほしい。君は、他の誰でもない、私たち二人の子供なんだ」
……俺は、その言葉が本当に嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。
だけど、彼は今にも死にそうにしている。
だから、嬉しいのに、涙は枯れることなく流れ続けている。
そんな時、俺の手から、スコット……父の手が、地面に零れ落ちた。
だけど、その時の彼の顔はいつも通りの笑顔で、最後まで俺を気遣ってくれていたのだと思う。
俺は、涙を拭いて立ち上がり、走り続けた。
追手が来ていないとは限らない。だから、もうこれ以上留まることはできない。
でも、おかげでやっとわかった。
俺の名は『ラザレス』。マーキュアス家の当主なのだと。