53 仮面
俺たちは各々建物の陰に走り、あの仮面の人間から姿を隠す。
突然のことに、先ほどまではしゃいでいた子供たちは、その場に座り込んで泣きわめいたり、必死にドアノブを引っ張る。
だが、ドアノブは開かない。理由など、わかりきったことだ。
「クソッ、早くこっちへ!」
俺は少年に手を伸ばして、物陰から飛び出そうとするが、いつの間にか後ろにいたザールに手をつかまれる。
「何のつもりだ、ザール!」
「落ち着け。これは罠かもしれないんだぞ」
「罠?」
「ああ。あれは囮だ。お前が出てきたところを奴らは狙い撃つつもりだ」
俺は隙間からそいつの様子をうかがうと、彼はいかにもといった風に弓を弾き絞る。
……確かに、彼の言う通りかもしれない。だけど……。
「ごめん、ザール。俺には見捨てられない」
「……ッ、おいッ!」
後ろからザールの怒号が聞こえると同時に、俺は左手で少年を抱えると同時に肩に巻かれている包帯を盾にして、すさまじい音を鳴らしながら飛んでくる矢をはじく。
当然、痛みは想像を絶するものだ。それだけで気を失いかけるが、そのまま足に力を入れて、近くの建物に改めて身を隠した。
「あ、ありがとう、ございます」
「いいよ。けがも大したことないしね」
「え? でも、血が……」
「大したことないよ。でも、今はここに隠れてなきゃだめだよ」
俺の言葉に素直にうなずくと、俺は振り向いてその仮面の人間を睨みつける。
だが、彼の方はすでに二発目を準備していて、飛び出して近づく余裕などない。
その時だった。
「やめなさい。彼らは私の知人。撃つ必要はないわ」
「……シルヴィア、さん」
「お久しぶりね。国家反逆者さん」
シルヴィアは六年前と同じ冷ややかな表情で、俺のいるほうを見つめる。
……どちらだ。彼女は、俺たちの味方なのか?
そんな時、建物から歩いてきたのはベテンブルグだった。
「おや、これは一躍出世したノエル卿ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」
「元ベテンブルグ卿。あなたのその減らず口は、拷問されても治らないのね」
「対して君は、少し老けたように思えるがね?」
シルヴィアは一層冷ややかな目で、口角だけを上げて皮肉に対応する。
……何故、彼女がここにいる?
「さて、ノエル卿。君はここに何をしに来た?」
「この街を滅ぼしに来たの。でも、その様子はなさそうね」
シルヴィアは周りを見渡すそぶりをした後、ため息をつく。
子供たちは外でおびえる中、大人たちは身の保身だけを考え、家に閉じこもる。
「こんな情けない街なんて、あってもなくても変わらないわ。いずれ野党にでも滅ぼされるのがオチね」
「ま、待て!」
シルヴィアの言葉を遮るように、一人の男が噛みつくように吠える。
見ると、先ほどの眼の座った兵士が彼女の首元に槍を突き付けていた。
「この街から、出ていけ!」
「……言われなくても。でも、驚いたわ。あなたのような兵士がまだここにいたなんて」
「どういうつもりだ、この街を侮辱するか!」
「ええ。慈愛だか何だか知らないけど、幸せを押し付けているだけの養豚場じゃない。無様という言葉以外送るものがあって?」
「舐めるな!」
兵士が突き動かされたかのように槍を握っている手に力をこめ、彼女ののどを突き刺そうとするが、それも矢が手にあたり防がれてしまう。
見ると、先ほどの仮面の人間がいつのまにか近づいてきていた。
「はい、おしまい。ふふ、無様なものね」
「ク、ソッ……!」
兵士はけがをした腕を奮い立たせるように地面でもがくが、うまく立てない。
そんな時、俺のほほに小さな石ころが当たった。
「へ、兵士さんをいじめるな!」
石の飛んできた方向を見ると、そこには先ほどの少年と一緒に遊んでいた少女が、涙目で睨みつけていた。
そして、次には家の中から花瓶のようなものが投げつけられるが、足元で割れる。
俺はほほをさすりながら投げた人間を探していると、先ほどまで姿を現さなかった大人が、怒りの表情を浮かべていた。
「そ、そうだ! 出ていけ!」
「私たちの幸せを邪魔しないで!」
「どうして、幸せだったのに……!」
色々な阿鼻叫喚が俺の耳に入ってくる。
その時、窓から体を乗り出していた大人のうちの一人が、どこからか飛んできた矢によって絶命する。
「うるさい」
「ヒッ……!」
シルヴィアの凍てついた言葉に、周りの大人たちが一斉に静かになる。
そして、気が付くと仮面をかぶった人間達が街を包囲していた。
「この子たちはゴーレム。その気になれば何人でも作り出せるわ」
そう語る彼女の眼には、どこか愉悦が宿っていた。
そんな時、俺の足にしがみつく存在があった。
「……やだ、助けてよ、お兄ちゃん!」
「さっきの、子……」
「あら、面白いのがあるじゃない」
シルヴィアは面白いおもちゃを見つけたかのような微笑みを浮かべると、彼の頭に手を伸ばす。
俺はそれを慌てて防ぐが、その時後ろから飛んでくる矢が、少年の体を貫いた。
「おに、ちゃ……」
「え……?」
その言葉の後に、糸が切れたかのように動かなくなる少年。
俺はその姿を見て、膝から崩れ落ちる。
「……なんで、こんなことを……?」
「『なんで』? あなたは馬鹿なの? 完全に根絶やしにしないと、賢者の法は必ず復活するの。だから、全員殺さないと」
「でも、滅ぼさないって……!」
「ええ。そのつもりだったわ。そこの兵士さんが、人間でなければね」
……彼の勇気が、この街を滅ぼしたというのか?
俺の周りには、一言も発する者はいなかった。
耳の中に張り付く断末魔。泣き叫ぶ声。そして、怒りや憎しみを含んだ怒号。
まるで、これでは俺たちが……。
その時、一つの大きな突風が吹き、端にいた仮面の人間を真っ二つにした。
そして、フィアドーラに勝るとも劣らない速さでこちらにかけてくる存在があった。
その存在の名は『ソフィア』。この世界の勇者だった。




