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52 慈愛

 しばらく歩いたのち、俺たちは森の中では不自然な石造りの壁を見つけた。

 周りには小川と、動物の鳴き声。

 先ほどとは打って変わって、自然が鳴らす音しかしない。


 俺は一瞬その姿に何と言えばいいかわからず、おずおずとベテンブルグに尋ねる。


「ここが、慈愛の街ですか?」

「そうとも。ここが慈愛の街だが……どうやら、何かあっけにとられたかのような様子だね」

「ええ、街というから……」


 てっきり、森の中にはないと思っていた。

 ここには犯罪者も収容されてると聞く。そんな街をあの城から遠ざけてもいいのだろうか?


「おい、無駄話をしている時間はないぞ。もしここにいる奴らが私たちがここにいることを賢者の法にバラされたら……」

「いや、それは大丈夫だろう。枢機卿に見逃されたのだ。きっと、彼等にとって我々がここにたどり着くことなど想定内なのだろう」

「……これも、奴らの掌の上ということか」


 ザールが苦虫をつぶしたような顔でつぶやく。

 口には出さないが、みんなも同じ思いなのだろう。

 だが、一人だけ眉一つ動かさず冷静な男がいた。


「ということだ、メンティラ。すまないが君は、馬車で待機してもらっていてもかまわないかね?」

「わかったよ、ベテンブルグ。万が一の時、逃げれるようにだね?」

「そうだ。これは罠の可能性もある、危険な賭け。保険なしで飛び込む馬鹿者などいないだろう?」


 ベテンブルグの言葉にうなずいた後、御者台に乗って身を隠すメンティラ。

 その後姿を確認した後、ベテンブルグが促すように街の入り口へ入っていく。

 俺たちもその馬車の位置をはっきりと記憶した後、彼の後姿を追っていった。




 俺たちが街の中に入ると、そこには少し不気味な風景が俺たちの目に飛び込んできた。

 同じなのだ、どの建物も、構造が。

 窓の形も、入り口の向きも、すべてが統一されている。


 この街を警護しているであろう兵士も、淀んだ目で街を歩き続ける。

 そして、彼の眼がこちらに向くも、俺たちを追いかけるそぶりすら見せない。


 だが、そんな雰囲気でも所かまわずはしゃぎだしている子供たちに、ほんの少しだけ昔のこの世界が残っていた。


「……噂には聞いていたが、中々どうして。すさまじい街じゃないか」

「ベテンブルグ?」

「見たまえ、この街並みを。すべての建物が同じ構造をしていて、兵士に守られている。そして、外に出るのは子供たちくらいなもの」

「……確かにおかしいとは思いますが、別段いうほどじゃ……」

「そうではない。君はこの街を見て、何をまず最初に思った?」


 ……何を、と言われても。


「家が、すべて同じ形をしている?」

「そうだ。この街は慈愛の名のもと、貧富の差が出ないようにしている。つまり、こうして黙って家の中からでなくとも、周りから置いて行かれることはない」

「だから、外には大人が誰もいないと?」


 ベテンブルグがうなずく。

 続けて、今度はザールが口を開いた。


「つまりベテンブルグ、お前はここの兵士と城壁こそが神となったラザレスで、この町の人が賢者の法の信徒そのものということか?」

「その通り。彼らは見ての通り平等という名の慈愛を与えられた。だがこれが、万民の目指す幸せなのか、どうしても疑問に思ってしまうのだよ」


 子供たちの笑い声が、俺の耳をかすめる。

 確かに、彼らを見もせずにただ日夜家に閉じこもっているだけの親というものは、人間としてどうかを疑う。


 そんな時、後ろから急に老人の声が耳に入ってきた。


「おお、神父様。この慈愛の街へ、ようこそいらっしゃいました」

「……神父?」


 見ると、頭の禿げた老人は、ザールに深々とお辞儀をしている。


「ザール君、これは一体どういうことかね?」

「……俺はもともと、ダリアに協力していた身。元来の階級が神父だっただけのこと」

「なるほど」


 ……だが、ザールはもうすでに賢者の法へ歯向かった。

 何故、この老人はザールのことを神父と呼び続けているのだ?

 俺の疑問をよそに、急にベテンブルグが高笑いをし始めた。


「……フフフ、フハハハハハ!」

「ど、どうしたんですか、ベテンブルグ!?」

「ようやくわかった、わかったぞ諸君! 我々が彼らにとってどのような存在だったかを!」


「我々はまず、彼らに敵とすら認識されていない! 舐められきっているということだ!」


 ザールが神父と呼ばれたのも、俺が彼らに助けられたのも、きっと偶然ではない。

 つまり、元々彼らに我々への妨害の意思がなかったら、すべてのつじつまが合ってしまう。


「久しぶりだよ、ここまでコケにされたのは!」

「落ち着け、ベテンブルグ。ここでそれを叫んでも無駄だ」

「フフ、私は冷静だとも。逆だ。私は今、ものすごく楽しい」

「楽しい?」

「やっと私に敵う存在が現れたのだ。どうして心が躍らずにいられる!?」


 そう語る彼の顔は、確かに今まで以上に楽しそうだった。

 まるで、新しいおもちゃを買い与えられた少年のような、純粋な瞳。


 それと反対に、突然の豹変についていけずに戸惑っている老人の姿があった。


「……あ、あの」

「いや、すまないね。話を続けてくれたまえ」

「え、ええ。それじゃあ……」


 そうして話をするために口を開いたその瞬間、彼の頭を一本の矢が貫いた。

 飛び散る血しぶきが、俺のほほにかかる。


 矢が飛んできた方向を探していると、そこには仮面とフードに身を隠した、謎の人間が高台からこちらを狙っていた。

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