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48 現状

 俺たちはあの後猛スピードで追っ手をまき、森の奥深くの小屋にたどり着いた後、各々休憩をとっていた。

 俺は疲れ果てた体を起こし、身近にいるメンティラに話しかける。


「お久しぶりです、メンティラ。助けてくれてありがとうございました」

「久しぶり。礼なら、こっちじゃなくて彼に言うべきじゃないかな? この作戦の立案者は、まぎれもない彼なんだ」

「彼……?」


 視線の先には、大剣を壁に立てかけ、自身も壁に寄り掛かっているザールの姿があった。


「ザールが、ですか?」

「うん。彼、六年前のことをすごく後悔してたんだ。ダリアの魔法のせいとはいえ、それでも一言謝りたいと」

「……ダリア?」


 確か、彼女の魔法は靄を操り人を拘束するもののはずだ。

 ……それに、何故メンティラがダリアを知っている?


「彼女の魔法は人の心に巣食うどんな感情も、何倍にも膨らませることができるんだ。君も、経験があるはずだよ」

「経験、ですか?」


 ……そういえば、俺はどうしようもない怒りにのまれたことがある。

 それは、はじめてソフィアと街に出た時、知らなかったとはいえダリアをかばったこと。

 その時の俺は、封印術を無理やり解除し、魔法を使ったことを覚えている。


「……それと、実はね、僕の憶測だともうその時に封印術は解かれているんだ」

「え? でも、まだ魔法は使えませんよ?」


 俺は手をかざし、いつぞやの時のように指先で火を起こそうとするが、何も出ない。


「落ち着いて聞いてほしい。君はもう魔法は使えないと思う。それは……君自身が魔法の使い方を忘れてしまった可能性があるんだ」

「……そんな馬鹿な。まだちゃんと覚えています」


 あれだけ考えていた魔法のことだ。しっかりと覚えている。

 だが、それでも魔力がイメージに流れることはなく、何も起こらない。


「やっぱり、君は……」

「そんなわけ、そんな訳ないです! もう一回……!」

「やめたまえ。無駄だと言っているのだよ、彼は」


 俺の態度が癪に障ったのか、ベテンブルグが口を開く。

 その時の言葉は、いつにもまして冷ややかで、重く感じられた。


「ラザレス君。いや、ラザレス。君は呪術という力の代償に、記憶を失うことを選ばされたのだ」

「そんな、そんなのって……!」

「……君の母は、シアン君は止めたはずだろう?」


 ……そういえば、昔怒られたことがある。

 悪い力だからと。魔法ではない、何かの力。


「でも、俺、必死で……。それに、誰も止めてくれなかったじゃないですか! どうして、今になって……」

「止めたら使用を辞めるほど、君は素直なのか?」

「それは……」


 ……肯定はできない。

 それに、あの日この力を使ってから、何度練習のために使ったか覚えていない。


 俺が言葉に詰まっていると、先ほどから黙っていたザールが口を開いた。


「その話はもういいだろう。それより今は、ダリアをどうするかだ」

「ダリアが何か関係しているのか?」

「ああ。今やお前を神とする宗教、『賢者の法(けんじゃのほう)』に誰も彼もが信仰している。おかしいとは思わないか?」

「……まあ、多少は」

「ダリアは人々の『何か』にすがりたいという欲求を増幅させ、ほぼ無理やり信仰させている。今となっては奴は『教皇』の立場につくほどだ」

「……なら、ダリアを倒せば」

「たった四人しかいない現状でか? まず無理だろう」

「他には誰もいないのか?」

「ああ。まずいないと思ってもらってもいい。ここにいる奴らも、この世界にいる全員がダリアの術にかかっている可能性があるということも理解しておけ」


 ……確かに、先ほどまで一緒にいたメルキアデスもあの術にかかっているのならば、俺もかかっていると考えるのが道理だ。

 それに俺は以前感情をコントロールされた。今はかかってないと考えるのはあまりにも都合がよすぎる。


「じゃあ、なぜ俺たちは賢者の法を信仰していないんだ?」

「奴の魔法は、感情を増幅させる魔法。賢者について知っているものや、元々神など信じていない者には効果がない」

「いや、たった一人いるとも。神にすがりたい欲望があっても、ダリアの魔法にかからない存在が」

「……勇者のことか」


 ……そういえば、彼女はザールの魔法をかき消していた。

 確かに、彼女はほかのものと比べると、自我を持っている様子はある。


「そうだ。まず我々がすべきなのは、ソフィア君を味方につけることではないかね?」

「だが、どうやって……」

「このことについては、ラザレスに任せるとしよう」

「俺、ですか?」

「ああ。君が一番長く共にしてきたのだろう?」


 だが、彼女は自身の意思で俺を賢者にしようとしていた。

 そんな彼女に、俺ができることなどない。


 そんな時、近くのテーブルに四人分のコップが置かれる音がした。

 見ると、メンティラがニコニコしながら俺たちにココアを淹れてくれていた。


「まあ、まずは落ち着こうよ。今は仲間内でカリカリしててもしょうがないだろう?」

「そうだな。いったん休憩にするとしよう。ザールもラザレスもそれでいいかな?」

「……申し訳ないです。メンティラさん」

「ありがとうございます」


 俺は彼に礼を言って、ココアに一口つける。

 甘い。ちょうどいい温度で、俺の体が安らいでいくのを感じる。


「……ラザレス。それとは別で、お前と話しておきたいことがある」

「なんだ? もしかして、あの時のことか? ……正直、俺もわがままだと思う。でも、俺はあの選択を後悔しちゃいない」

「そうじゃない。その、六年前のことだ」

「ああ。あの時は……」


「すまなかった」


 ザールはその言葉とともに、深々と頭を下げる。

 俺はその姿を見て、何故か許そうという気になる。

 ……やはり、彼は俺の記憶と大きく関係があるのだろう。


「……わかった。もういいよ。俺もダリアの術にかかってあそこまで連れてかれたし、結局死ななかったしな」

「そうか。ありがとう」


 ……我ながら甘いと思うが、彼を罰する気にはなれない。

 メンティラもその光景を見てホッとしたのか、息をついて椅子に座った。


 だが、俺は彼の心情とは反対に、自身の呪術について一抹の不安を隠せずにいた。

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