46 会談
俺たちはソフィアの案内で、白い砂利道を踏みしめ町の中を歩いていた。
町の中はどこか白いレンガ造りの家一色で、魔女の国とは違って静けさに包まれている。
だが、道の途中途中にある二回りほど周りの家よりも大きな建物には、大勢の人間が一列に並んでいた。
俺は一瞬、その光景にのまれる。
以前知らなかったとはいえダリアを助けようとして魔法を放った場所の記憶とは、大きく食い違っていた。
なんというか、もう少し人間が和気あいあいとしていた気持ちのいい街だった気がするが。
「ラザレス、そんなに物珍しいですか?」
「あ? ああ、久しぶりのこちら側の街だからな」
「確かに、六年で大きく町は変わりました。ですが、そのすべてがよい方向へ変わったと、私は信じています」
そう語る彼女の眼は、明らかに笑っていない。
……俺はこの街の様子に、寒気を覚えたのをよく覚えている。
「では、参りましょう。国王陛下がお待ちです」
「ああ。行くぞ、ラザレス」
メルキアデスに無理やり連れてかれるように、俺はその場所を後にする。
その道中、俺は先ほどと同じような大きな建物の中から、歌が聞こえてくるのに気付いた。
「……讃美歌?」
その歌は、まるで教会で信徒たちが歌うような、神秘的な讃美歌。
そして、その歌詞は……俺の世界のものだった。
「……メルキアデス、聞こえたか?」
「ああ、今の歌は……」
「間違いなくこちら側の言葉だった。だが、今の歌は聞いたことがない」
メルキアデスのほうも、異常に気付いたらしい。
だが、ソフィアはそんな俺たちを気にせず、そのまま奥へと進んでいってしまうため、確かめることはできない。
結局、俺は後ろ髪を引かれる化のような思いで城へと向かっていった。
あの後、俺たちは城へ通された後、メルキアデスだけが会談の間に通され、俺は入ってはいけないと言われたため、城内を歩いていた。
……ソフィアに話を聞きたい。ただそれだけの思いで。
だが、城内も町と変わらず白一色に染められていて、気味が悪い。
城内ならばと思い耳を澄ましても、誰も口を開いていないのか、話声一つ聞こえない。
周りには嫌というほど鎧を身にまとった兵士がいるというのに、だ。
そんな時、俺は城内を歩いていたソフィアを見つけた。
「あ、ソフィア!」
俺が声を出すと、一斉に兵士がこちらを向く。
そのことに一瞬怖気づいてしまうが、そのままソフィアへと歩いていくと、彼女は俺のことにやっと気づいたのかこちらへ振り向いた。
「ああ、ラザレス。どうかしましたか?」
「いや、その……よければさ、話をしないか?」
「構いませんよ、私でよければ」
俺との会話をにこやかに受け答えするソフィア。
……やはり、どこか裏があるように感じられて気味が悪い。
「あの、さ。背、伸びたよな?」
「はい。そちらも同様かと」
「あはは、そうかな」
……会話が途切れてしまう。
彼女との会話に気を遣う日がまた来るとは思わなかった。
「そういえばさ、ソフィア。強くなったな、ホント」
「はい。私は、この町の人のために強くならなければならないのですから」
「……そっか」
彼女は誰かのために戦うということを決めたのだ。
……もう、彼女は俺の手の届かないところに行ってしまったのだろう。
「それよりもラザレス。あなたに見せたいものがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「ん? 見せたいものって?」
「……ふふ、きっと驚くと思いますよ」
彼女はそれだけを言って、にこやかに城内を歩き始める。
その時俺は、彼女の首元から、一本のひもが見え隠れしていたのに気を取られていた。
しばらく歩いて、城内にあるひときわ大きな建物に案内される。
内装としては、正面にある白いステンドグラスが印象的で、椅子や敷かれたカーペット。壁や柱など至る所が白に染まっていた。
唯一色があるとすれば、蝋燭についている炎だけだった。
「大聖堂です。ここで日夜、我々は信じる者のために祈りを捧げます。この世界から戦乱がなくなることを信じて」
「……その、信じるものってのはさっき言ってた町の人々ってこと?」
「ふふ、ついてくればわかります」
……何故だ。俺の本能が引き返せと叫ぶ。
目の前にいる彼女は間違いなくソフィアのはずだ。にも関わらず、何故ここまで恐怖を感じるのだろう。
だが、結局好奇心に負けてステンドグラスの横にある細い通路を進んでいくと、扉に突き当たる。
その扉を開けた瞬間、聞きなれた不愉快な声が耳をつんざいた。
……それは、魔族の鳴き声だった。
魔族たちは白い鉄格子に入れられ、外に出ようと叫びながらもがいている。
ソフィアはそれでも俺から目を離さなかった。
「彼らは我らが『神』のために戦う天使です。魔族の姿でありながら、我々とともに戦う作り出された神兵でもあります」
「……え?」
無機質な白の壁が、俺の吐き気を催す。
俺は必至で吐しゃ物を抑え、ソフィアのほうを睨むが、彼女は相も変わらずニコニコと俺を見つめていた。
「……作り出されたと言ったよな? お前たちは魔族について知らないといったはずだ!」
「言ってませんよ。私はそちら側に魔族に関する書物があるか聞いただけです。邪魔されたらかないませんので」
「それに、嘘は一つもついていません。昔は確かにいたという記録はありませんが、今は我々が作り出しましたから」
……笑顔でそう語るソフィア。
そういえば、今思うと彼女はなぜ魔族に対して調べがついていたというのに、今の今まで滅ぼそうとした動きがなかったのか。
彼女が、この国が、魔族を作り出していたからだ。
「クソっ……!」
俺は痛む腕を抑えながら、懸命に来た道を戻り、メルキアデスを探す。
この町は危険だ。戻らなくてはならない。
そんな時、俺はある男にぶつかった。
その男はこの六年間俺と過ごした魔女の国の国王、メルキアデスに他ならなかった。
だが、彼はこの惨状を見ても眉一つ動かさず、笑いながら俺に語り掛ける。
「よお、ラザレス。どこ行くんだ?」
「……え? どこって、逃げるんだよ! いいから、早く!」
「はあ? 逃げる? 何言ってんだよ。俺たちはまだ目的が残ってるだろうが」
……何を言っている?
目的? こいつらを殺すことか?
「ラザレス。いや、賢者様。あんたにはこれから魔族になってもらい、魔法の力を取り戻した後でこの世界の神となってもらう」
「……意味が、わかんねぇよ」
「魔族ってのは、体に他者の魔力を注入することで、体が自然にそうなるそうなんだ。だから、あんたはその魔力を使えば、また魔法が使えるんだってよ」
「はい。そのために魔力を与えた神兵たちが馳せ判じているのですから」
……そう語る彼らの眼は、いつかの空のように凛々と煌めいている。
嫌だ。魔族になどなりたくない。俺は、人間のままでいたい。
怖い。来るな。怖い。
「安心しろ、ラザレス。理性はなくなるが、俺たちがお前をしっかり支えてやるからよ」
「はい。あなたは圧倒的な力によって、平和を作り出す神となるのです。何を恐れることがあるのですか?」
俺は二人を振り切って扉を開けようとするが、カギがかかっていて動かない。
何故だ、先ほどまでは空いていたというのに。
「何故だ、メルキアデス! お前は、俺の味方じゃないのか!?」
「味方だよ。だからこそ、あなたに賢者としての力を取り戻してほしいんだ」
「そんな勝手なこと……!」
「これは議会で決まったことだ。悪く思うな」
そういうと、彼はどこからか先端のとがった何かを俺に向けてくる。
逃げなければ。だが、体が動かない。
魔族の鳴き声。目の前にいる二人。
怖い。怖い。怖い。怖い。
……そんな時、閃光のような炎をまとった斬撃とともにが、俺をかばうように扉の向こうから、赤い髪の男が飛び出してきた。
彼の顔は、よく知っている。
俺の記憶の限りでは、俺をかばうはずがない男。
ザールが、そこに立っていた。




