45 月日
俺たちはあの後ソフィアの馬車に乗り込み、兵士らしき御者に惹かれ城へ向かっていた。
魔族も圧倒的な力を持つものに恐怖を示したのか、一目散に逃げて行った。
そのことに一安心したのか、メルキアデスはほっと息を吐いて、俺が教えたこちらの世界の言語で話しかける。
「えっと、あんたはあちら側の使い、ってことでいいんだよな?」
「はい。ソフィアとお呼びください」
「にしてもあんた、強いんだな。あいつらを一撃で吹き飛ばすなんてな」
「光栄です。ありがとうございます」
ソフィアは数年前とは違いにこやかな笑顔で彼の話に対応する。
……数年前とは違い、彼女自身明るくなったのだろう。まずはその事実に少し安心した。
「ソフィア、久しぶり。ありがとな、さっきは」
「……いえ、構いませんよ。見たところあなた方は不意打ちで襲われたのでしょう? 困ったときはお互い様ですから」
「そっか。強くなってんだな、ソフィア」
俺が笑顔でそう告げると、彼女は眼をそらす。
……確かに、六年もの間会わなかったのだ。気まずいのももっともだろう。
そう思うと、俺もなんだか気まずくなってきて、目をそらしてしまう。
そんな時、メルキアデスが口を開いた。
「ソフィアさん、まるでその対応、魔族に慣れているみたいだったな? もしかして、そちら側では魔族は珍しくないのか?」
「いえ、彼らには決まった習性があるようで、めったに人前には姿を現しません。ですが、今のように少人数で行動すると、まれに襲われることがあるそうです」
「そういうことじゃない。この世界に魔族は存在しているのか? という問いだ」
「今は見た通りですが、昔には出現した記録はありません。我が国のほうも、彼らの正体は未だつかめていません」
彼女の言うとおりだ。俺は八年間この世界で暮らしたが、魔族というワードは一度も目にしたことがない。
……あの、砂漠の街を除いては。
「魔女の国の王よ。そちら側には魔族に関する書物が存在しているといううわさを聞きましたが、どうなのですか?」
「ああ、あるにはあるが……。俺たちもあいつらの正体はつかめずじまいなんだ。少なくとも、俺が物心つく頃にはあいつらは森で集まって生態系を作っていた記憶がある」
……俺も彼の意見に異論はない。
ただ、あるとすれば……元々はあのように理性のない者たちではなかったはずだ。
「では、今回の件は魔女の国とは関係がないと?」
「ない。生命を生み出す魔法なんて、こっちが教えてほしいくらいだ」
「なるほど。ありがとうございました」
ソフィアはそれだけ言うと深々とお礼をする。
……だが、何故だろうか。今の彼女は、以前ほどに生気がない気がする。
いや、違う。なんというか……人間らしくない、というのだろうか?
「……なあ、ソフィア。ベテンブルグたちはどうしてるんだ? 知っての通り、六年ぶりにそっちへ行くんだ。だから……」
俺は彼女の人間離れした雰囲気を崩そうと思って話を変えると、彼女は一瞬だけ、俺をにらみつけたような気がした。
そして、目を閉じて息を吸った後、思いもよらない言葉が飛び出した。
「ベテンブルグは、食料に毒を盛り、国王陛下を謀殺しようとした疑いで、禁固刑となっています」
「……は?」
「ですので、今の貴族はノエル家、イフ家が他の貴族を牛耳っている現状です。アルバ以下の者は、身元不明となっております」
「それは、アリスもか?」
「はい」
……俺は、確かに彼女と約束したはずだ。
ソフィアを頼む、と。
だが、彼女は約束を反故にするような女性ではない。
「……じゃあ、今身元がハッキリしている知り合いは、シルヴィアさんとシャルロットさんだけということか?」
「その認識で間違いありません。彼女たちは今、国の重鎮であらせられます」
……たった六年で、ここまで変わるものなのか?
それに、ベテンブルグが謀殺? 食べ物に毒を盛って?
ありえない。もし彼が本当に国王を殺そうとしても、そんな単純な方法で殺そうとするほど単調ではない。
絶対に自分だと気づかれない、もっと複雑な方法で殺すはずだ。
「……じゃあ、シルヴィアさんに会わせてくれないか? その人から話を聞きたい」
「イゼル国王陛下にお聞きになられたほうがよろしいかと。私には何の権限もありませんので」
そうにこやかに答えるソフィア。
……だが、何故だろう。その笑顔さえも、どこか作られたものに感じる。
何かを隠しているかのような、そんな笑み。
俺はその様子に少し違和感を覚えていると、今度はメルキアデスの口が開いた。
「イゼルってのは、あんたの国の王の名前か?」
「はい。ですが、国王陛下の本当の名前は皇女様しか伝えられておりません。ですので、国の名前をそのまま国王の名前として代替されることが多いのです」
「へえ? 珍しいんだな」
確かに、名前を隠す王というのは珍しい。
そういえば、以前より俺はその名前さえも効いたことがなかった。
「そんで、イゼルという国はどこにあるんだ?」
「……ここより北東、白を基調とした素晴らしい国です」
「あれ? そうだったっけ?」
もう一度記憶をたどるが、そんな情報はない。
何故だ?
白? そんな場所などなかったはずだ。
俺は不可思議な減少に首をかしげながら、イゼルという国へと向かった。




