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42 宴

「さぁーて! 今日は飲むぞ!」


 メルキアデスが城のバルコニーで、そんなことを叫びながら右手に抱えたビールを口に運ぶ。

 そして、空になったグラスを乾かさないように、近くに侍らせている女性が次々に継ぎ足していく。

 次々に、継ぎ足していく。

 ……我ながらくだらない。


 俺はこの体のため酒をたしなむことはできないため、城壁の近くに腰掛けて、城下町を肴に茶を飲む。

 城下町の様子は窓越しと変わりなく、男女が思い思いに食ってや飲んで騒いでいる。


「どうだ、陽気な奴らだろ。この国の連中は」

「……ああ」

「飲んで騒ぐのが好きな酔狂者が集まったのがこの魔女の国。元の世界は失ったが、今はこの世界で各々楽しんでるんだ」


 メルキアデスがグラス越しに城下町の様子を見て、誇らしそうに微笑む。

 そして、またグラスの中のビールを飲み干したかと思うと、今度は立ち上がって、城壁まで走ってきた。


「おーい、お前ら! 楽しんでるかぁー!?」

「おー!」


 メルキアデスが発した大声に、民衆が片手をあげて答える。

 良き王に、良き民。

 俺からしたら、そういう風にしか見えなかった。


「今日は賢者様がこの国いらした特別な日! 仕事を忘れて楽しむこと、いいな! これは国王の命令だ!」

「はーい!」


 メルキアデスはその返事に満足したのか、歩いて椅子まで戻っていく。

 俺はそんな彼を見ていると、不意俺の手が何者かにとられた。

 そこには、褐色のアリスと同年代位の黒髪の少女が、俺の手を取っていた。


「一緒に踊りませんか、賢者様?」

「え? えっ?」


 俺は突然のことに驚いて返事が出来ずにいたが、構わないといった風にそのまま俺の手を引いてバルコニーの奥にある壇上へと昇っていく。

 そしてそのまま下の民衆と同じように踊り始めたが、最初はなかなか難しい。

 だがそれも最初だけのことで、だんだんと慣れてきて、最終的には合わせずとも自分だけで踊れるようになった。


 そんな俺を見て、満足そうにうなずきながら拍手するメルキアデス。


「やるねぇ、賢者様! 初めてとは思えないくらいだ」

「……ラザレスと呼んでくれないか?」

「じゃあラザレス! そろそろ下に言って、あいつらに呼びかけてやってくれ。そうしたら、あいつらも喜ぶ」

「呼びかけるって、どうやって……?」

「思ったことをそのまま言えばいいんだ! 頼むぜ賢者様、宴をしらけさせてくれるなよ!」


 メルキアデスはそう言ってビールに口をつける。

 ……しらけさせないようにとは、ハードルが高すぎないか?


 俺は緊張しながら城内から城下町へ降りると、兵士に誘導されて高台に上る。

 すると、民衆から俺を見て一瞬だけ静まる。

 だが、彼らの目からは期待が確かに込められていた。


「あー、えっと……」

「ほら、しっかりしてくださいよ賢者様!」


 俺が言うことに迷っていると、後ろの兵士に背中を押される。

 しょうがない、ここはメルキアデスに倣うしかないな。本当は自分で名乗りたくはないのだが……。


「お前ら、俺が国王から紹介に預かった賢者だ!」


 賢者と名乗ると、急に会場がざわつく。

 だが俺は、そのざわつきにも負けないくらいの大声で、民衆に話しかけた。


「今度は賢者である俺が命じる! 今宵は好きなだけ飲んで、楽しめ! この夜だけは、しがらみにとらわれるのは禁止とする!」


 俺の言葉に民衆は、片手と歓声で返事をしてくれる。

 ……よかった。取りあえずはしらけさせずにすんだ。


 俺は胸をなでおろしながら高台から降りると、メルキアデスが拍手しながら俺のことを待っていた。


「お疲れさんだ、ラザレス。どうだった、壇上は?」

「……疲れた。もう寝たいくらいだ」

「おいおい、ラザレスが楽しめって言ったんだぜ? 今日はとことんまで楽しんでもらうからな!」


 メルキアデスがそう言って豪快に笑うと、俺の体をひょいと持ち上げて近くの椅子に座りビールを二杯注文する。

 それと同時に、周りには大衆が集まって俺に対する言葉が投げかけられる。

 だが、メルキアデスはそれを止めることなく、ただ笑っているだけだった。

 だが……。


「……悪い、メルキアデス。ちょっとだけ真面目な話がしたいんだ」

「ん? ああ、わかった」


 メルキアデスは俺の意図を組んで、右手を上げると大衆は俺達から名残惜しそうに離れていく。

 ……この質問の答えによって、俺がどうすればいいかが変わる。


「本当に、この世界に仇なすつもりはないんだな」

「ああ。むしろこの世界に住むことを許可してくれたこの世界の人たちに感謝してる位だ」

「次の質問だ。……俺は、いつまでこの国にいなくてはならないんだ?」

「……そのことなんだが、ラザレス」


「もういっそ、この国で暮らさねえか?」


 ……彼はまじめに、俺の目を見て提案してくれた。

 確かにこの国は楽しいし、魔女である俺も暮らしやすい。

 だえど、俺にはこの国にとどまれない理由がある。


「それはできない。この国は楽しいし、お前のことが嫌いなわけじゃない。だけど、俺には戻る約束があるんだ」

「……そうか」

「でも、まだしばらくはこの国にいさせてもらいたい。調べたいことがあるんだ」

「調べたいこと?」


 ……ダリアとザール。

 そして、シアン。

 彼女らが俺の世界の魔女ならば、一人位知っている人がいてもいいはずだ。

 それに、本当に彼らはこの世界を滅ぼそうとしていないのか、調べる必要がある。


「まあ、好きに調べてくれて構わないぞ。扉を閉めさえしなければな」

「……そういえば、俺が扉を開けろってマニカから言われたんだが?」

「ああ、それはもういいんだ。名乗り出てくれた奴がいる」


 ……名乗り出てくれた奴?


「マニカか?」

「まさか。まだ少女だぞ。多分ラザレスは知らない人だ」


 メルキアデスはそう言って、俺にビールを手渡す。

 ……飲んではいけないこと、こいつもう忘れてんな。


 だが、ここで変に断ってしらけさせるのも良くない。

 俺はグラスを握って、メルキアデスのものと互いに打ち付けた。


 その音は、空に凛凛と煌めく星にも届くほど、爽やかな音だった。

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