41 真実
俺はあの後、城の中の一室をメルキアデスに案内されて、荷物を一度そこにおいて、ベッドの上に体を預け、疲れからか気を失ってしまう。
しばらくして目が覚めるが、すでに空は黒くなっていたが、城下町はなおも明るく、多くの人々が肩を組みあって笑いあっている。
その真ん中には薄着の女の人が踊っていたり、男たちが演劇をやっているように見える。
見たところ、宴のようだ。
俺はその光景に見とれていると、誰もいないはずの部屋の中から、少し笑っているかのような男の声が聞こえた。
「気に入ってくれたかい?」
「メルキアデス。人の部屋に勝手に入るのは感心しないな」
「ああ、悪いね。この城に客を招くのは始めてだから、ついな」
……『つい』で済ませるなよ。
俺はため息を吐きながら、持っていたメタルマッチで近くのランタンに火をともす。
それを見て、メルキアデスは意外そうに口を開いた。
「魔法は使わないのか?」
「使わないんじゃない、使えないんだ。体は転生したものだが、魔力と封印術は引き継がれてる」
「封印術……? ああ、あの魔族の最終手段か」
メルキアデスは納得がいったようにポンと手を叩く。
俺は火をともしたランタンを机に置いて、ベッドから立ち上がり椅子に腰かける。
「それで、何の用だ?」
「ああ、外は見ての通り宴だからな。一緒にどうだ、と誘いに来たんだ」
「遠慮する。それより、俺をここに連れてきた理由を話せ」
俺が鋭く言い放つと、彼は少し困ったように眉を八の字にした後、真面目な目つきで口を開いた。
「そうだったな。じゃあ来てくれないか」
「……? ここじゃだめなのか?」
「見てもらったほうが早いんだ。それにこれは国家機密だから、誰かに聞かれるとマズい」
どうやら彼の様子から本当にまずいらしく、人差し指を唇に当てて必死に静かにするよう促してくる。
俺がそんな彼にうなずくと、心底ほっとしたようで小さく息が漏れた。
「それじゃ、こっちだ」
俺はあの後メルキアデスに案内されて、城内の端にある階段を下りていく。
城内の内装は、石レンガで壁と天井を作られていて、大理石のような素材で床が敷き詰められている。その上に赤いカーペットが敷かれていて、いかにも王宮と言った様子だ。
だが、それと反対にこの階段は石レンガでできていて、明るかった城内とは打って変わって薄暗い。
俺はそんな階段を手探りでおりていると、一つ大きな扉に突き当たった。
「……入るぞ、賢者様」
メルキアデスは一度こちらを振り返った後、腹を決めたかのように扉をあけ放つと、その部屋の真ん中には巨大な紫色の宝石が、宙に浮かんでいた。
「これは?」
「これは魔核だ。俺達はこの魔核に魔力を込めて、崩壊しないように制御している」
「魔核?」
「……聞いたことがないのか?」
メルキアデスが意外そうに口を開く。
……だが、魔核というものは聞いたこともないし、見たのも初めてだ。
「この石は魔力がないと十年で崩壊してしまう。崩壊すると、水は枯れ、植物は育たなくなり、数年で世界の終焉を迎えてしまう」
「それを、何故お前たちが守ろうとする? この世界では、お前たちの扱いは劣悪なもののはずだ」
「ああ、そうだな。だけど……」
メルキアデスはそっとその石に触れた後に、俺に振り替える。
薄暗くてよくは見えなかったが、蝋燭から見る彼の目は、どこか決意したかのようだった。
「俺は、賢者様がいる世界を守りたいんだ」
「は……?」
「あなたが魔族を倒して人間を救ってくれた時、まだ俺たちは子供だった。でも今は、あなたが子供で俺たちが大人だ」
「だから、今こそあなたへの恩を返したいんだ」
……メルキアデスの言葉には、嘘偽りと言ったものは含まれていないように聞こえた。
彼の目はまっすぐに俺の目だけを捕らえ、一瞬たりとも動かしはしなかった。
「それに、俺達の世界は魔核が崩壊して、人間が住めない状況なんだ。だから、俺達はこの世界にはそうなってほしくない」
「……待てよ、じゃあ俺のことを殺しに来たダリアとザールとかいう魔女はなんなんだよ! あの方って、いったい誰の事なんだよ!?」
「だから、誰のことだ? それに、あの方というのも知らないし、俺達はあなたに死んでほしくなんかない」
……様々な思考がこんがらがって、何を言いたいのかがまとまらなくなってしまう。
ただ一つ、聞きたいことがあるとしたらこれだけだろう。
「それに、何故俺が賢者であることを知っている? もしかしたら、偽物かもしれないんだぞ!?」
「ああ、それは確か……名前は忘れたが、御者の人から聞いたんだ。それに、この世界で君が賢者だと知られているのは限られているんだろう?」
御者? 誰のことだ?
俺のことを知っている御者と言えば、アルバとメンティラの二人だけだ。
だが、そのどちらかが俺のことをばらしたなど、考えたくもない。
「とにかく、賢者様。あなたに戦争を押し付けた罪、俺達に償わせてくれないか?」
「え……?」
正直、彼の言葉は嬉しかったが、同時に複雑でもあった。
ザールの言葉の意味を考えるのなら、まだ結論を出すべきではない。
もし彼がウソをついていたとしても、だからといって何か不都合があるわけでもない。
「……悪い、まだお前たちが信頼に足るかどうかは、少し待ってくれ」
「わかった。じゃあ、宴に向かうとするか! 今日は飲もうぜ、賢者様!」
メルキアデスは先ほどの雰囲気はどこに行ったのか、俺の肩を組んで城の中から飛び出していく。
……正直、そんな彼のことを疑うのは忍びない。だが、ザールの言葉はどこか信用できる、そう心のどこかで考えてしまっていた。




