40 国王
馬車は暗くなってきた山を駆け抜け、荒れ果てた山道に出る。
そこはお世辞にも栄えているとはいいがたく、あそこまで自国側に不利な条件を出して国を建てようと考えるのが、不思議に思うほどだった。
警戒を怠らないようにする俺とは対照的に、マニカが心底楽しみといった様子で、馬車から顔をのぞかせる。
「どんな国なんだろう。もしかしたらお母さんとお父さん、来てたりとかするのかな?」
「……さあ? そういえば、何でこの世界に来たんだ?」
「あれ? 言わなかったっけ? あたし達の世界はもう人が住める場所じゃなくなっちゃったの。水も枯渇して、植物も動物も、皆死に絶えちゃったから……」
寂しそうに語るマニカ。
……俺の最後の記憶では、そんな素振りは一切なかったはずだが。
俺が物思いにふけっていると、閉口していたメンティラが振り向いて、確認するように口を開く。
「ごめん、僕が入れるのはここまでだ」
「ありがとうございました。じゃあ、道中お気をつけて」
「うん、君の無事も祈ってるよ」
……そういい終えた彼は、こちらを何度か振り返りながらも、役目を終えたことを確認したのち、去って行ってしまった。
「ここ、かな?」
俺は手元に渡された地図を確認しながら山を歩いていき、高台に上る。
そこに見えたのは、海という天然の城壁に囲まれた小さな島。その中心にある石造りの城と、砂漠の街で見たようなバザーが、中央に立ち並んでいた。
俺はマニカの手を引いて、足場の悪い山道を下りていく。
降りていく途中、雲の隙間から顔を出した太陽を反射する海や立ち並ぶ店の白い屋根のまぶしさに、目を細めてしまう。
だが、俺はそれにも臆さず、山を慎重に下りて行った。
城門につくと、そこには二人の兵士が立ち並んでいた。
俺はその二人の前に立って、軽く頭を下げた後話しかける。
「……この国に今日渡されることになっているラザレス=マーキュアス、賢者です。その道を開けてはもらえないでしょうか?」
俺の言葉を聞いた後、値踏みするかのように俺の体を隅から隅まで見つめた後、低い声で隣のマニカにも前の世界の言語で話かける。
「そちらは?」
「あたしはマニカ。その、魔女です」
「……少し待て」
俺達の話を聞き終えた男たちの片割れが、確認するためにいそいそと街へ戻っていく。
だが、すれ違いざまにあった男に止められた後、そのまま戻ってきた。
その男は紺色の短髪と瞳で、引き締まった肉体から活発な印象を受ける。
そんな彼は俺達のことを一目見た後、笑いながら手を振った。
「ああ、君たちか。賢者様と、マニカちゃんだったよね?」
「はい! あたしがマニカで、こっちがラザレスです。その、あなたは……?」
「俺かい? 俺はこの魔女の国の国王、『メルキアデス』だ。まあ、まだ国名も決まっていない国の国王だから、変にかしこまらないでくれよ」
俺は彼の自己紹介が、少しだけ意外に感じた。
国王というのだから、もう少し背が低くて、歳を食っていて、偏屈そうな男性だとばかり思っていたのだ。
「まあ、立ち話もなんだし中に入ろうぜ! お前たちも疲れただろ?」
「……その前に二人ほど、会いたい人物が」
「ん? 誰だ?」
「ザールとダリアという魔女がいるはずだ。その二人に、俺を殺そうとしたことについてを聞きたい」
「……ダリア? ザール? 誰だそりゃ? それに、賢者様を殺そうとしたって?」
メルキアデスは本当に知らないといった風に首をかしげる。
……何故だ? 奴らは、まぎれもなく魔女だったはずだ。
「まあともかく中に入ってくれよ。あんたらからはこの国のこと、たくさん聞きたいからな!」
メルキアデスはそう言って爽やかな笑顔を浮かべ、俺達の手を強引に引いてバザーを歩き始める。
バザーはまだ準備中らしいが、すれ違う人から声をかけられるため、この国王は随分と人気が高いらしい。
そして、バザーから離れ人が少なくなった時に、メルキアデスのほうから、少し誇らしそうにこちらに語り掛けてきた。
「あいつら、建国する前から俺についてきてくれてよ。正直、あいつらがいなかったら建国なんて無理だっただろうな」
「……そういえば、何故俺を手に入れるためにあれほどの不平等条約を?」
「ああ、それは少し複雑なんだ。まあ、なんだ。後で教えてやるよ」
今ではないのか、と少しだけ疑問に思うが、メルキアデスは何も隠していないかのように立ち振る舞うため、疑うほうが無粋という気がした。
それ以前に、彼の性格は俺の予想と大きく外れていたことが、俺にとっては大きな出来事だった。
「そういやマニカちゃんだったか? 親御さんたち来てるから、ここでいったんお別れしよう」
「え? お母さんたち来てるの!?」
「ああ。いつまでも会えないからと、毎日俺に聞くくらい心配してたぞ? 早く行って安心させてやりな」
マニカは彼に深く頭を下げたあと、走って彼が指し示した指の方向へ走っていく。
彼はそんな彼女の姿をほほえましそうに見送った後、進んでいた方向に向き直ってまた城へと向かっていく。
「……それじゃあ、賢者様」
「ラザレス。そう呼んでくれていい」
「ああ、わかった。そんじゃラザレス。ようこそ、魔女の国へ!」




