4 外出
俺はあれから六歳になり、ある程度剣術は上達した。
魔法のほうはあれからシアンが本をどこかへやってしまったため新しい魔法は覚えられなかったが、隠れて練習した硬化は、水を鉄くらいに硬くできるようになっていた。
だが、そんな時、俺はあることに気付いてしまい、更にはそれをつぶやいてしまった。
「……外って、どうなってるんだろう」
このつぶやきが両親の耳に入ったのか、今俺たちは屋敷から出たところに広がっている草原を三人で歩いていた。
スコットも今日は鍛錬を休み、シアンも家事から解放されるため上機嫌だ。
「ラザレス、今日はどこ行く? あの木の下とか気持ちいいんじゃないかしら?」
「おい母さん、あそこって……」
「そう。私とあなたが初めて出会った場所。忘れもしない、三年前のあの日……」
「……シアン」
二人の世界に入っている彼らは放っておいて、俺はどこに行こうか。
彼らのことだ、もし山にでも入ったのなら、見つかるまで俺を探すだろう。文字通り、見つかるまで。
だから、あまり遠くには行けない。
俺は地面に座り、突き抜けるかのような青空を眺めた。
「……平和だな」
俺の世界の空とは違う、綺麗な青。
そのことに、心から安堵を感じる。
だが、同時に罪悪感も感じていた。
俺は、あの世界を見捨てて逃げた。
戦争は終わった。だが、俺は戦争が終わった後の平和から逃げたのだ。
あの戦争は、魔族の王がこと切れたことで人間の勝利に終わったのだろう。
だが、俺は……元の体の俺はどうなってしまったのだろう。
この体は、俺のものとは違う。
元の体は黒髪だったが、この体は銀髪で、心なしか以前よりイケメンな気がする。
それに、運動神経もこちらのほうがよく、剣術の上達もあの体より早い。
……いや、これは魔法について考える必要が少なくなったからだろうか?
だが、封印術はそのままだ。
誰かを殺した感触も、いまだにこの腕に残っている。
転生しても、過ちからは逃れることは出来ずにいた。
ソウダ、オマエハニゲラレナイ。ナゼナラ……。
「……ラザレス?」
気が付くと、彼女たちが心配そうにこちらに顔をのぞかせていた。
そのことに少し驚いて飛び起きてしまうが、そんな俺の様子が面白かったのかくすくすと笑い始める。
「なんだラザレス。もしかして、初めて外に出れてうれしいのか?」
「……まあ、そうかも」
「そうなの? じゃあ、言えばいつでも連れてってあげるからね。でも、ちゃんと言わないと駄目よ?」
「わかった」
……子供扱いなのも、六年たって慣れた。
最初はぎこちなかったが、彼らは心から俺を愛してくれて、いつでも温かく迎えてくれた。
今思えば、感謝してたんだと思う。
親という存在に、そして、平和なこの世界に。
いつまでもこんな世界に生きていたい。そう心から思った。
何も言わない俺にふっと笑いかけ、スコットが俺の隣で寝転がる。
それにつられて、シアンも俺を挟むようにして寝転がる。
そんな彼らが、まるで少年みたいで少しだけ面白かった。
「日差しが暖かいね、ラザレス」
「そうだね。本当に、暖かい」
「いつまでもいい子でいてね、ラザレス」
「……うん」
俺は素直に頷くと、シアンは頭をなでて抱き寄せてくれる。
シアンと俺は、血はつながっているだろうが、俺という意識の親ではない。
にも関わらず、俺はこの人を信頼しきっている。
母という存在なだけで、どうしてここまで心を許せるのだろうか。
マエニイチド、ウラギラレタトイウノニ。
「ラザレスは将来、どんな人になりたいの?」
「……誰かを助けられる存在になりたい」
「そっか。お前は本当に優しいいい子だ」
そう言ってスコットも俺の頭をなでてくれる。
優しくなんてないのに。何人も魔法で殺してきたのに。
本当は、打ち明けたかった。
俺がこの世界の存在ではないこと。賢者と呼ばれ、戦争に加担していたこと。
きっと彼らなら受け入れてくれたと思うから。
でも、そうはしなかった。
怖かったんだ。
この幸せな世界を壊すのが。
「父さん、母さん」
「どうしたの、ラザレス」
「……大好きです」
「私も」
「勿論、僕もだよ。ラザレス」
彼らからの愛情は嬉しかった。
俺も、彼らに愛情を感じていた。
でも、俺に……臆病者にこの寵愛を受ける資格はない。
俺は草原から身を起こして立ち上がり、先程の木の下で座る。
そして、彼かが隣に座ってくれた時、俺の口は自然に動いていた。
「母さん。僕はいつか、この家を旅立ちます」
「……そうね」
「でも、覚えていてください。きっと僕がこの家を旅立つ時でも、二人とも大好きだってこと」
「わかった。肝に銘じておくよ」
これは、『ラザレス』の言葉ではない。
俺の言葉であり、本心だ。
だが、彼らにはラザレスとしての言葉としか感じないのだろう。
それが、少しだけ悲しかった。
「さて、戻ろうか。ラザレスも満足しただろ?」
「……うん」
「そうね、もうすぐお昼だし、そろそろご飯の時間にしましょ」
そう言って二人は立ち上がり、家へ戻っていく。
俺は少しだけ遅れながら、彼らについていく。
その時、俺と彼らの間に、一つだけ強い風が通り抜けたのが、強く印象に残っていた。