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38 手紙

 俺はあの後歩いて洋館に戻り、誰にも会わないように部屋に戻った。

 ザールは、何故俺のことを知っているんだ?

 それに、何故忠告などという立場上にあわないことを?


 ……わからない。

 俺は、あいつのことを知らない。

 だが、知っていたような……そんな気が、あの時の彼の表情からかすかに感じ取れた。


「俺は……」


 首元のペンダントをそっと手ですくいあげる。

 そういえば、いつからか俺はどこかおかしかった。

 今まで鮮明に思い出せた過去が、気付いたら俺の手から音もなく零れ落ちていた。


 俺は思案を巡らせるのに夢中で、いきなり飛び込んできたノックの音に心底驚いてしまう。

 若干裏返りそうな声を抑えつつも、「どうぞ」と入ってもいい由を伝える。

 扉の向こうからは悲しそうな目を伏せながら、メンティラがおずおずと入ってきた。


「やあ、ラザレス君。君のことはベテンブルグから聞いたよ」

「ええ、……さよならですね」

「……いや、もう会えないと決まったわけじゃないんだ。きっとこちらに戻るチャンスはある」


 そう励ましてくれるが、そんなのあるわけがなかった。

 俺がこの国に戻ろうものなら、国家間の約束を反故にするのと同じこと。

 もしわがままを通そうものなら、この世界は……。


「それで、ソフィアちゃんには会ったのかい?」

「いえ、中々話し辛くて……」

「そっか。でも、彼女は君を責めたりはしないと思うよ。それは君もわかっているんだろう?」


 そうではない。

 何と言えばいいかわからないだけだ。

 責められたとしても、知ったことではない。


「……そうですか」


 とりあえず、そう答える。


「ありがとうございます。……それでは、また会えたらうれしいです」

「僕もだよ」


 メンティラはそれだけを言い残すと、寂しそうにこの部屋から去っていく。

 俺はそんな彼の後姿を確認した後、静かにベッドに横たわり、空を見上げた。

 空は雲雲の隙間から青空をのぞかせていて、太陽が白い。

 お世辞にも、いい天気とは言えないだろう。


 俺はそんな空に別れを告げるように背中を向け、メンティラが出て行った扉から外に出て、ソフィアの部屋に向かう。

 その途中に、俺は壁に寄りかかっているアリスと目が合った。


「やあ、ラザレス君。ソフィアちゃんのところに行くのかい?」

「ええ。アリスさんはどうしたんですか?」

「うん、僕も君に何か言いに来たんだけど……どうもこういう場所での言葉は何を言えばいいかわからないんだ」

「俺もです。じゃあ俺からは一つだけいいですか?」


 アリスはこくりと俺の言葉にうなずく。

 この言葉だけは慎重に彼女に届けなくてはならないため、いつも以上に緊張しながら口を開いた。


「ソフィアを、頼みます」

「……わかった。頼まれたよ」


 彼女はまだ幼い。

 これから国は荒れるだろう。そんな時、アリスには彼女を支えてあげてほしい。

 その思いから、俺は彼女に託すことにした。

 アリスは親指をぐっと立て、気恥ずかしいのかそのまま背を向けて部屋に戻ってしまう。

 だが、その時背中越しから彼女の言葉が聞こえた。


「でも、必ず帰ってきてほしいんだ。これだけは約束してほしい」

「……ええ」


 俺は果たせもしないであろう約束を彼女と交わした後、その途中のマニカの部屋にノックする。

 すると、彼女は扉を開けると同時に、俺の顔を見て少したじろいだ。


「……何の用、なの? あ、ですか?」


 俺の正体が賢者であるという事を思い出してなのか、いつも通りの口調をただす。


「いつも通りでいいよ。俺は来週のこの日、魔女の国へ渡されることになった。マニカ、君はどうする?」

「……あたしは、その」

「君が魔女の国で保護されるのもいいし、彼らと共に居続けてもいい。だけど、こっちの世界だと……」


 俺は口から出かかった恐ろしい言葉を、無理やり飲み込む。

 ……奴隷にされるかもだなどと、不穏な発言は控えなくてはならない。


「あたしは、賢者様についていきます。それが、あたしの役割だから……」

「……そうか」


 役割という言葉に少し違和感を感じるが、俺はその言葉を確認したあとに短い別れの言葉を述べ、扉を閉める。


 ……そして、最後に俺は思い切り息を吸って吐いたのち、隣の扉にノックする。

 だが、その扉からは返事はなく、不審に思い扉を開けると、目の前の机には可愛らしい字で手紙が書かれていた。


「中庭にいます」、と。


 この洋館の中庭は遠目からちらりと見ただけだったが、美しい白い花が咲いていた記憶がある。

 あの花は前の世界にはなかったものの、それ故に瞼の裏に焼き付くほどの美しさだったため、すぐに思い出せた。


 俺はその部屋に手紙を置くと、そのまま中庭に向かう。

 だが、その時の足取りはまるで花畑に向かうには似つかわしくないほど重かったことは、鮮明に覚えていた。

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