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36 魔女の国

 俺はあの後風呂から自室まで戻り、濡れた髪をタオルでふいていた。

 この髪は以前のものよりもかなり髪質が良く、触っていて心地よい。

 勿論、シャンプーがよいという理由もあるのだろうが、風呂に入る暇すらない前世から比べたら、かなりマシに思えた。


「……そういえば、あいつらどうしているんだろうな」


 俺は昔、孤児院で暮らし育ってきた。

 だが、俺が戦士となった日からはパタリと彼らと会わなくなってしまったため、どうなったかなど知る由もない。


「……もしかしたら、マニカが知ってるかもな」


 彼女は俺のいた世界の住人だ。

 もしかしたら、一人や二人知った人がいるかもしれない。


 だが、知ったところでどうだというのだ。

 今更手を振って会いに行けるとでも?


「……馬鹿馬鹿しい」


 俺はタオルをかごに入れて、窓からの眺めを見る。

 外は黒に染まっていて、それを天からの星が照らしている。

 星は好きだった。俺が話しかけてもただ黙って静かに見守ってくれる。

 親代わりはいても親がいない俺にとっては彼らこそが俺の親だった。


 俺は首に下げたペンダントを机の上に置いた後、ベッドに横たわる。

 足が重い。俺はその重さに身を任せゆっくりと眠りにつこうとすると、それを遮るかのようにノックの音がその感覚の邪魔をする。


「……えっと、ラザレス。まだ起きてますか?」

「ああ、起きてるよ。どうぞ」


 俺が開けるよう促すと、声の主であるソフィアが俺の部屋に入ってくる。

 俺はベッドの上で座り、彼女には椅子で座るように近くの机から持ってくる。

 だが、彼女はそこには座らずに、隣に座ってきた。

 その行為が何故だか俺の厚意を無碍にされたような気がした。


「大変なことになっちゃいましたね」

「ああ。……魔女の国、ソフィアはどう思う?」

「わかりません。……でも、マニカのような子が奴隷になるのは耐えられません」

「それは同意。奴隷なんて身分、正義という言葉があるのならきっとほぼ対極に位置するはずだよ」


 ……だから、正直迷っていた。

 魔女の国というものが生まれれば、奴隷という立場の醜悪さを国民全員が目の当たりにしなくてはならないだろう。

 それは、きっといいことでも……悪い事でもある。

 下の立場の者は救われるが、それよりはマシという立場の者が、今度は虐げられるなんてことは、容易に想像できるはずだ。


「……だけど、俺はどう転ぼうとソフィアを戦争なんかに参加させない。させるもんか。勇者なんて関係ない。俺がそうしたいんだ」

「……また、一人で背負うつもりですか?」


 そう言われると、何も言えなくなってしまう。

 誰かに頼るなんてこと、一度もしたことがないからだ。

 そう思って黙りこくっていると、今度はソフィアが口を開いた。


「私に、手伝わせてください」

「何を……!?」


 俺はあまりの言葉に一瞬驚いてから、彼女の意見を押しとどめようとすると、急に彼女のほうから手を首の後ろに回された。

 そして、少し強い力で彼女の胸に頭を押し付けられ、何が何だか分からなくなってしまう。

 そんな時、彼女から赤子に言い聞かせるような声で俺にささやいてくれた。


「もう、強くなくていいんです」

「……え?」

「あなたはもう、賢者でなくていいんですよ」


 そう言って、彼女は俺の頭をなで始める。

 大人ぶってはいるが、押し当てられた胸からは、張り裂けそうなほどの心音が耳に入ってくる。

 ……なるほど。こうなってしまったのなら、彼女の言いだしたことを無碍にすることはできない。

 さもなければ、この時間は永遠と続くのだろう、と容易に想像できるからだ。


「嬉しいこと、悲しいこと。そして、辛かったこと。すべて私に分けてください。だって、私達友達なんですよ?」

「……ああ、そうだね」


 ああ、本当に理解できない。

 何故俺に付きまとう?

 この世界の人間は、心から理解できない者たちばかりだった。

 

 こういえば、彼女は満足するのだろう。


「一緒に戦ってくれないか?」

「はい。勿論です」

「……ありがとう」


 勿論、彼女を戦争に参加させることへの抵抗はある。

 だが、それまでだ。

 彼女も、戦渦に巻き込まれ、死ぬ。

 変わらず、俺の知人のように、俺が倒した敵のように。


 だが、何故だかそれは俺にとって嫌なことであるかのようにも感じた。


 しばらくすると、ソフィアは素に戻ったのか耳まで真っ赤にして、「失礼します」と蚊の鳴くような声で部屋から出て行ってしまう。

 一人になった部屋で、息をついた。


「……寝よう」


 俺はカーテンを閉めてランプを消し、真っ暗闇の中眠ろうと努力するが、その妄想が止まらず結局朝まで起きていてしまった。

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